81.平凡なる超えし者、整地作業を開始する……
魔王自らの転送魔法で、私と執事くんは瞬時にどこかへ飛ばされた。
気がつけば薄暗い図書館ではなく、薄暗い屋外……地面の上に立っていた。
「ここが魔王城跡地?」
周囲は、……森だな。ちょうど私と執事くんが立っている場所だけ綺麗に何もないが、周囲は背の高い木々に囲まれている。密度もすごいな。例の古龍に会いに行った時に通った森より碧が密集しているかもしれない。
おまけに、今にも降り出しそうな重い雲のおかげで、早朝にも関わらず夜かってくらい暗い。
「ええ、ここが跡地です。ちなみに今立っている場所は、かつて魔王様を守る堅牢なる城門があった辺りになります」
なるほど、昔はここが出入り口か。そして魔族連中が空間移動する場合も、ここら辺が着地ポイントだったわけだ。
「来たか、鼠」
辺りを観察していると、目の前に霧が現れ人の形を成した。
先日迎えに行った第五魔将軍だ。ちなみに麗しいお顔が拝める軽装バージョンである。
「ジィルが無理を言ってすまない。少し愚痴をこぼしただけで飛んで行ってしまってな……」
あ、やっぱりそういう感じで。
魔王と直接「今後関わるな」って約束した私に、忠実な部下たる第五魔将軍がコンタクトを取ってくるとは考えづらかったからね。
やはり執事くんの独断か。……何しれっと脇に控えてるんだよ。できた使用人みたいに。だいぶ荒いぞ君。
まあ、今回に限りは、ファインプレーではあったかもしれないけど。
「気にしないで。無理を言ったのは私だよ。私から手伝いたいって言ったから」
即バレするとは思うが、依頼人の意向でここでも「私から言い出した」という体を取っておく。
「すまぬ。追いかけようとは思ったのだが、知っての通り我は動けぬのだ」
だよね。うっかり人里とか行ったらみんな死ぬもんね。瘴気を放つ体質も大変だよね。あとなんの間もなくバレたね。バレた前提の発言だよね。完全に。
「あの水晶玉に入った状態では満足に力も使えないからな。恐らく中で何かしようとしたら割れる」
そっか。
値段的にはとても高かったんだけど、魔将軍を抑えるには安い器ってことだね。
「さっきも言ったけど、私から言い出したことだから。手伝わせてよ」
話を持ち込まれた時から興味津々だったし、むしろ依頼が来てよかったとさえ思っている。
おまけにこの森だ。
ちゃんと植物を司る百花鼠の力は作用するようだが、知らない植物ばかりある。ぜひとも色々見て回りたい。
事情を知る経緯が経緯なら、本当に私から言い出していたと思う。
だから本当に気にしないでほしい。
で、だ。
「軽く話は聞いているんだけど、とにかくまずは木々をどうにかしないといけないんだよね?」
「うむ」
第五魔将軍は頷き、より詳しく事情を教えてくれた。
「まず、木だ。根が深く複雑に絡み合っていて、完全除去が難しい」
あ、そうそう。
「なんか根っこが少しでも残ってたらすぐ生えてくるんでしょ?」
「ああ。実はこの辺りから魔王城があった一帯の木々は、一度切り倒している。だが結果は見ての通りだ」
え、マジで?
「そんなに成長が早いの?」
竹か。雨後の竹か。普通の木々にしか見えないのに。
「元々この地には強い瘴気が宿っている。今も強い瘴気を放っている。かつては生き物は寄らず植物もなく、ただの荒れ果てた大地が広がる大陸だったのだが……」
ああ、なるほど。
「長い年月が、この大地に順応する植物を生み出したんだね」
魔素というエネルギーで育つ植物もあるくらいだ。私がよく武器として使う「千色薔薇」がそれだね。
だから、瘴気を養分として吸い上げる植物があっても不思議はない。
ちなみに瘴気の定義だが、この世界では、「淀みのある魔素」とか「人体に悪い魔素」とか、そういう感じになるみたいだ。
なんつーか、毒ガスみたいなものと考えたら早いかもしれない。大気に含まれる謎のエネルギーが淀んでいるから、なんて説明の方が謎だし。
「逆に考えると、瘴気こそが木々の栄養になっているのか。だったら常に膨大な栄養をすぐに調達できるこの環境は、むしろ育ってあたりまえなのかもね」
水だの肥料だのの物理的な養分では、木々も吸収できる量は限られる。水とか与えすぎたらダメになる植物もあるからね。
でも、魔素や瘴気といった、いわゆる不可視にして物量を持たないものをエネルギーとするなら、「常に必要な分だけ」調達ができる。
たとえば、傷を負えばそれを修復するためにエネルギーを求めたり。
根っこが少しでも残っていれば――要するに生きていれば、必要な分だけエネルギーを吸収してとっとと自己修復できてしまう環境なのだろう。
まあ、まとめると、アレだ。
「資源には困らない森ってすごくない?」
瘴気をふんだんに吸い込んで成長しているだけに、果たして建材や資材として使えるのかはわからないが。
でもきっと、瘴気に強い人種なら、如何様にも使い道があるだろう。
なんなら瘴気を抜く方法もあるかもしれないし。
もしそれができれば、金鉱山よりも価値が出てきそうなものだ。
出るかどうかわからないものを掘るより、目の前に見えているものを採取する方が心情的に楽だと思うし。
「限度があるだろう」
ああ、まあね。それは確かにね。
「どれ」
私は手近な木に歩み寄り、触れて見た。
「小さくなーれー」
などと適当なことを言いながら念じると、木はしゅるしゅると縮み、小さな種となった。野球の軟式ボールくらいの、やたら毒々しい黒いまだら模様の種だ。
手に持ってみると……うーん。濃度はそれほどでもないけど、瘴気の塊って感じだわ。
ほい、と手元を覗き込んでいた第五魔将軍に種を渡した。
「さすがだな。これほど手早く処理できるとは」
うんまあ、これは完全に百花鼠の力だけどね。私にさすがっていうのもちょっと変だけどね。
「あとは地面を均せばいいんじゃない?」
地面に広がっていた根がなくなってしまったようなものなので、だいぶ地面がゆるくなっているはずだ。
きちんと踏み固めておかないと天然の落とし穴みたいになってしまう。
「そうだな。しかしそれは後でもよかろう。今は――」
おっと。
かすかに木々が揺れたと思えば、森の奥……というか私の目の前から、犬歯も鋭い黒毛のサーベルタイガーが静かに飛び出してきて。
私が反応する前に、首が飛んでいた。
びしゃっと私に血しぶきが掛かり、左右に分かれて虎だったものの頭と胴体が通り過ぎて行った。
「意外」
この百花鼠が、動物に襲われたのは初めてだ。
無自覚だった鳥に丸呑みにされたのとは事情が違う。今の奴は確実にわかった上で襲いに来ていたと思う。
そうか……この辺の動物は、これまた瘴気の影響を受けないか、影響を受けて変質しているか、どうあれこの環境に順応した生物か。
それにしてもでっかい虎だなぁ。熊くらいあるりそうだ。だってガステンより大きいし。
でも黒い毛皮も美しいし、肉もたぶん食べられるだろう。これはかなり高値で売れるんじゃなかろうか。
まあ、例に漏れず瘴気まみれだから、人里には持っていけないけど。
気性が荒いというか、外敵に厳しく獲物に選り好みをしないのかもしれない。
「大丈夫か?」
「うん。髪の毛一本さえ触れてないから」
それに、第五魔将軍の反応の速さにも、ちょっと驚いている。私より若干早かったよね。飛び掛かって来る相手に、ほぼノータイムで首を跳ねに行ったもんね。
一瞬だけ「変化」し、かぶった血を消す。
「今度からは自分で相手するから、あんまり気を遣わなくていいよ」
「そうか。荒事は苦手そうだが」
「好きじゃないだけだよ。でもちょうどいい肩慣らしになりそうだから」
ここでは、百花鼠の力で戦わず、弓原結として戦おうと思う。
少しでもネズミの経験になるように。
基本的な戦い方を記憶させておきたい。
「じゃあ始めようか。とりあえず片っ端から木をなんとかするから、執事くんは種の回収をお願い。きっとすぐ芽吹くから漏れなく拾ってね。
将軍は私の進行方向や行動範囲の指示をお願いね。あと資材に使う分だけ確保しておくといいよ。あって困るものじゃないから」
この時より数日を掛けて、まったく原型を残していない魔王城跡地の整地作業が続けられるのだった。
――大変革まで、あと4日。




