47.平凡なる超えし者、事の成り行きを見守る……
城下町と魔法学校を隔てる壁を越えるおじいちゃんを、ネズミになった私も追いかけるように突破した。
おじいちゃんの足は早い。
「代償」のせいでかなり疲弊しているはずだ。歩くのもしんどいはずだが……まあ、それだけ大事なことなんだろう。
「――師匠」
草むらなどに隠れながらおじいちゃんを追っていると、暗闇の中から誰かがやってきた。あれ? あいつ見たことあるな。
「――おう、ジンか」
ジン? ……あ、あいつジングルだ。先日の会食にいただらっとした奴だな。そうかそうか、やっぱり密偵とか隠密とか、そういう類の奴だったか。
「――今殿下んところに……顔色悪いぜ? 大丈夫か?」
「――いらん心配をするな。早う報告せい」
「――お、おう。……今殿下のところに、ウルフィテリア王子が来てるんだ。細かい事情はわからねえが、こうして師匠も出張ってきたんだ。何か起こってるんだよな?」
ウルフィテリア、って……ああ、覚えてる覚えてる。キルフェコルトの弟で、私好みの美少年の第二王子だよね?そいつは会食が始まる前に擦れ違ったよね。
…………
あ、そうか。ってことはつまり、天使2号はウルフィテリアだったってことか。はーなるほどねー。
「――天使じゃよ」
「――は?」
「――先日、王都に現れた天使の正体。ウルフィテリア王子じゃ」
おじいちゃんはためらうことなく、そう答えた。おいおい、勝手に末端に教えてよかったの?
「――ちょっと待てよ。じゃあこんな時間にウルフィテリア王子が来たってことは……」
「――今夜の仕事中に賊に連れ去られた。わしはそいつを追ってきた。賊の黒幕はキルフェコルト王子。そして今わしとおまえはここにおる、と」
「――はあ? ……概要だけ言われても色々わかんねーよ」
賊側で当事者なだけに、私はわかるけど。
結局ジングルがどこまで内部事情を知っているかで、どこまで通じるのかって話だよね。末端の隠密なら、そりゃ全部はわからないだろう。
「――詳しい話は後日してやる。……して、ウルフィテリア王子は間違いなくキルフェコルト殿下と一緒におるんじゃな?」
「――ああ。学校中の隠密が寮の周りに張ってるから、問題も起こってないはずだ。この時間に第二王子が来るなんて、さすがにトラブルが起こったとしか思えねえだろ。実際トラブルがあったみたいだしよ。……なあ、第二王子がさらわれて来たの?」
「――そうじゃ。負けたのよ。わしも、わしが育てた子供たちも。わしらがおって連れ去られたわ。まったく不甲斐ない」
いやいや。
さすがに相手が悪すぎたんだと思うよ。
カイランだけの犯行なら、おじいちゃんが仕留めてたと思うし。
それに、もし私が生身の人間なら、それもまた結果がわからなかったと思う。この百花鼠の身体はチートすぎるんだよ。
「――師匠が負けたの? 信じらんねえんだけど」
「――負けたとかいう次元ではないの。勝負にならんかった。おまけに相手に気遣いまでされたわ」
気遣いっつーか、命を燃やす覚悟で戦おうとしてたから止めただけだよ。
私相手にそんな覚悟して臨んじゃダメだよ。この身体を駆使している以上、さすがに本気すぎる人は相手できないよ。命を掛けるほど本気の人を阻むような真似はしたくないし。
「――なんかよくわかんねえことが多いけど……でも、一つ腑に落ちないんだよな」
「――何ぞ気になるのか?」
「――ウルフィテリア王子が、本当に天使だったのか? あの人はキルフェコルト殿下のような行動派じゃないだろ? 熟考に熟考を重ねて、適材適所をも考えて人を使うタイプだ。慎重で堅実な人だろ?」
私は第二王子の人柄や性格を知らないからわからないが、ジングルからすると性格に沿わない意外な行動だったらしい。
そんな疑問に、おじいちゃんは深く頷いた。
「――先のことを決めたのよ。だからわしだけに相談し、天使の活動をやり始めたのじゃ。わしはあの方のご意向を認めたから、こっそり手伝うことにしたのよ」
「――先のことって……あ、もしかして、時期国王の!?」
時期国王って、確か、次の国王にキルフェコルトがなるかウルフィテリアがなるかまだ決まっていない、って話だったっけ? クローナから聞いた気がする。
「――ああ。あの方は決めた。色々と上手く回り始めたら公表したはずじゃったよ。今夜のような失態がなければな」
へえ。決めたんだ。
……あれ?
あ、もしかしておじいちゃん、もうキルフェコルトの部屋には行かないつもり? なんかずっと立ち話してるもんね。このまま会わずに帰っちゃう感じ?
じゃあまあ、お先に失礼しまーす。機会があったらまた力トーークしようねー。
貴族用男子寮の周りには、なるほどこれまた厳重な監視網が敷かれていた。ジングルが言っていた通りだ。
でもまあ、病院の時ほど密集はしていないので、小さなネズミ一匹くらいならどうとでもなりそうだ。
体毛を黒く変色させ、完全に闇夜に溶け込むカモフラ処理を施して壁を登る。おまけに雨のせいで視界も悪いので、よほど近くで見ないと絶対にわからないだろう。
いつも通り、少し空いている窓からクローナの部屋に入……ろうかと思ったが、ふと思い立ってキルフェコルトの部屋を覗いてみた。
――あ、いた。
部屋には四人いた。
テーブルには二人の男が差し向かいで座っていて、その中の片方は間違いなくウルフィテリアだ。
なんか似合わない上下黒衣装という、いかにもステルス行動中って格好である。似合わないぞー。
もう片方一人は、言わずもがなの部屋の主・キルフェコルトだ。
あとの二人は、クローナとカイランだ。
並んで立っていて、王子同士の会話を見守っている。
よし。姿は確認したので、クローナの部屋から盗み聞きしてみよう。もう結構話しちゃってるかな?
するっと窓の隙間から侵入し、隣室に繋がるドアに張り付く。
「――そう、か……考えたな、ウルフィ」
あ、やっぱり色々話したあとのようで、キルフェコルトの声はどこか沈んでいて感慨深い印象がある。
「――ああ。しかしいくら考えても、予想のできない不確定要素とは恐ろしいな」
ウルフィテリアの方は、あの会食前に接した時と同じ印象だ。どこか冷たく一本調子である。
「――カイランか? そりゃそうだろ。うちの連中のほとんどが知らないから、こいつに頼んだんだ。じいさんを含めて密偵どもの動きが妙に活発だから、何かがあるとは思っていたしな」
ほう。つまりキルフェコルトは、隠密たちをも若干疑っていたのか。
いや、疑っていたのではなく、「何かしているのが気になった」のか。王族として全てを把握しておきたいって気持ちなのかもね。
「――ただ、まさかおまえが釣れるとはなぁ。さすがに予想してなかったぜ」
「――私もだよ。兄上が放った賊に捕まるなんて思いもよらなかった」
二人が玉座を争っているなら完全に皮肉の応酬だが、声は非常に穏やかだ。
「――しかしわかんねえ。おまえの光魔法の素質はかなり低く、病気の治療ができるほどではなかったはずだ。だからこそ最初から天使である可能性を除外していたが……」
「――口止めされているから詳細は言えないが、力を貸してくれた人がいた」
「――力を貸してくれた?」
「――文字通りの意味だよ。文字通り、力を、魔力の塊のようなものを、私に貸してくれたんだ」
「――……マジックアイテムか?」
「――詳しくは私にもわからない。ただ、その力を使用すれば、私も人並み以上に光魔法が使える。だから私は天使となった」
さすがにわからないなぁ。
力とかなんとか。
ただ、何かしらお兄ちゃんが関わっている気がするのは、なんとなーく感じる気がする。
お兄ちゃん。まさかこの世界にない力を使ったりしてないよね?
「――そして今後も天使でありたいと思っている。私はきっと、今後は国王より忙しくなる。この国以外の人も助けたいから」
あ、続けるんだ。天使。捕まったから懲りたとか、そういうのはないみたいだね。
「――だから兄上。私はもう国王には相応しくない。国益とこの国のことだけを考えられないから」
…………
「――もう一度言う。兄上が、キルフェコルト・タットファウスが、父上の椅子を継いでくれ。私は全力で貴方を支える。天使は余暇でやる。どちらも手は抜かない。
――引き受けてくれるだろうか?」




