46.平凡なる超えし者、同じ力の持ち主と出会う……
その一撃はとんでもなく速かった。
気がつけば、カイランとやりあった時より速い踏み込みと、地を割るような重い一撃が、私の腹を抉っていた。
――マジかこの速度。
――私の、弓原結の力と、同じ系統のやつか。
――じゃああの背後の「黒いもや」は……
食らった瞬間そんなことを思いながら、泥を跳ねながら無造作に地面を転がる。
五メートルはぶっ飛ばされた。
ただの掌底に。
いや、震脚か。
いろんな本を読んだけど、いわゆる「拳法」に関する記述や描写がなかったので、この世界には「素手で戦う」という概念がないのかと思っていたが。
震脚とは、強く地面を踏むことで己の体重を瞬間的に重くし、それと同時に繰り出す拳の威力を上げる技である。確かそんなんだったはず。
力学的にとか物理学的とかの理屈はよくわかんないけど、実際拳が重くなるんだよね。あれ。
うーん……本気だねぇ。おじいちゃん。
「立て。そんなに効いとらんじゃろ」
いやいや。
「完全に殺す気で打ったでしょ?」
と、私は服の泥を払いながら立ち上がる。まあ払ったところで全身ぐちゃぐちゃだけどね。
まあそれより、今の一撃だ。
「普通だったら内臓破裂してるよ」
よもやこんなもん初手で食らうとは思わなかったよ。「カイランを追わなければいけないからマジで殺しにはこないだろう」と鷹をくくっていたらこの様ですよ。
「普通じゃないから構わんじゃろ」
はあ、そうですか。
つか、おじいちゃんは私が人間じゃないことを見抜いているっぽいね。
……あ、そんなんどうでもいいわ。
「おじいちゃん」
「なんじゃ」
「もうやめとこ」
「は?」
おっと。
どうやら癪に障ったのか、おじいちゃんの笑みが消えたわ。うわこわっ。さっきまで、攻撃を仕掛けられた時でさえ普通のおじいちゃんにしかみえなかったのに、この真顔はヤバイな。超怖い。別人かと疑うくらい別物だ。完全に冷徹な殺し屋の顔じゃん。
「やめんよ? おまえさんを九割殺すまでやめんよ?」
ああ、はい。別に癪に障ったんじゃなくて、元から超怒ってただけか。それを隠さなくなっただけか。
国にケンカ売っといて無傷で済ますわけねーだろボケ、ってことか。
「まあまあ落ち着いて。――ほら」
未だ苦しんでいる、隠密たちに植えた「千色薔薇」を解除する。
おじいちゃんの右手に蠢いていた茨も、消えた。
私に一撃を加えた際、触れた瞬間に植えたのだ。別に植えるのは手じゃなくてもいいからね。
確実に右腕を蝕み苦痛を与えていたはずなのに、眉一つ動かしていない。動じていない。
なんつーか、死闘慣れしてる感がすごい。
痛みでも精神的圧力でもなんでも、一つ弱味を見せたら漬け込まれることをよくわかっているんだ。
「私に敵意はないよ。降参するから」
「別に構わんよ。一方的に嬲り殺すだけじゃから」
いや、だからさ、わかんないおじいちゃんだな。
「もうなんでもいいわ。とにかくその後ろの引っ込めて」
今ならわかる。
たぶん「アレ」を使用している時は、私も何かを背負っているのだろう。自分で見たことないからわかんないけどさ。
「なんの『代償』払ってるか知らないけどさ、こんな戦いで使うもんじゃないから。もしかして『代償』は寿命じゃないよね? 私との戦いで命を削るとか本当にバカバカしいから今すぐやめて」
この発言に、はじめておじいちゃんが動揺した。
「なぜ知っとる?」
「私も似たような力を持ってるから」
詳しい理屈は私にもわからない。
私も世界を渡り歩いている時に偶然魂に刻んだ力だ。
私のは「偽物の不死」っていうらしい。
この力は、「代償を捧げることで力を増す」っていう、いわゆる等価交換で身体能力を操作するものだ。
簡単に言えば、何かを捧げて肉体を鋼鉄のように硬くしたり、何かを捧げて新幹線より早く走ったりってことができる。
やり方次第では万能と言える。
ただ、絶対に「代償」が必要な力だ。例外はない。「代償」は人によってそれぞれだと思うが、決して軽くはない。
実現したいことが、己の限界をどれだけ超えるかで、捧げる代償も大きくなる。
この世界にない力かと思っていたけど、あるんだね。
だったらいざとなれば私も使えるね。
「本当にバカバカしいんだって。こんなところで『代償』なんて払うもんじゃないよ」
「国の一大事じゃろうが。何がバカバカしいか」
あ、そうか。事情を話せば早いのか。
「私たちの雇い主、王族だよ」
そう、これを言ってしまえば早かったのだ。さっさと言えばよかったよ。
「――解散」
しばし雨音と沈黙に支配されたあと、おじいちゃんは指示した。
周りで事の成り行きを見ていた隠密たちは、はっと息を呑むと、瞬く間に消えてしまった。
「……いやはや。そろそろ本当に隠居したいもんじゃ」
重い溜息をついたおじいちゃんは……普通どころか、疲れきった老人の顔をしていた。完全に気が抜けた状態だなぁ。
「おまえさん、何者じゃ? 誰の指示で動いとる?」
「あ、私は手伝いだからさ。さすがに勝手に個人名は出せないのよ。でも、私に勝手に付いてくる分には関係ないかな。あー撒けないなー。おじいちゃんの尾行を振り切れないよー
「ふむ。では付いていくとしようかの」
そうしてくださいよ。……あ。
「結局何を『代償』にしてたの?」
例の「黒いもや」はすっかり消え失せている。
「体力じゃ。たった一撃でこの有様じゃよ。さすがに老体には堪える」
あ、そう……見た目通り、疲れきってるのね。
「おじいちゃん、暗くて足元が危ないよ。手を繋いであげるよ」
「やかましい。おまえさんの疑惑はまだ解けておらんからな」
疲れた老人に睨まれてしまった。
眼光は鋭いな。この状態でもかなり強そうだ。
「道中、おまえさんの『暗き神の薬指』を教えてくれ」
「え? アバ?」
「あの力のことじゃ。わしのも教えるよ。と言っても、教えられるほど知っているわけでもないがの」
ああ、そうなんだ。
「私もよく知らないんだよね。ちなみに私の力は『偽物の不死』、不死になる飲み物の偽物って意味だよ」
「ほう。不死になる……わしのは暗き神ドゥルブという古神の呪いじゃよ」
「呪い?」
「うむ。使わずにはいられない便利な力じゃろ? そして使えば『代償』を支払う。暗き神は捧げられた『代償』を食らう。そういう成り立ちだそうじゃ」
……なるほど。そう言われれば、確かに呪いっぽいな。
「おじいちゃんさ、『代償』の払い方が下手なんだよ」
「あ? なんじゃと?」
「私は無理のない貯蓄型にしてるから。今かなり貯まってるよ」
「……なんじゃそれ?」
「日常的に『代償』を先払いしてるってこと。たとえば歩く速度の十分の一を『代償』に捧げる。常に。
まあそんな小さな『代償』でできることなんて知れてるよね?
でも、一日くらいでさっきおじいちゃんが払った『代償』と同じくらいになるんだよ」
「お……おお?」
「あとはわかるよね? そうやって常日頃から貯めて貯めて貯めて、貯まったところで車とか家とかの大きな買い物……いや、大きな力の使い方をすると。いざという時のための貯蓄って大事なんだから」
「なるほどな。面白い発想じゃのう。そうか、確かに金のやり取りに似とるなぁ」
でしょ? 意外と向こうさん、小さな『代償』も受け取ってくれるからね。一円からでも貯金の受け付けしてくれるというか。
こんなところで、そしてこんな形で、同じ力を持つ者と出会えるなんて思わなかった。
この手の話は、自分の切り札の話になる。
誰にでも話せることじゃない、誰にも相談できないことだ。
だからこそ、積年の想いが言葉になり、話に夢中になる。
相手は間違いなく、自分の苦労と悩みとちょっとした自慢を、理解してくれる存在だから。
私だってこんな相手は初めてだ。
さっきまでやりあっていたのが嘘のように、道中の会話は尽きることがなかった。
話したりないほどのいろんなことを話しながら、雨の中を語り合う私たちは、ついに魔法学校に到着してしまった。
「そうか。おまえさんの雇い主はキルフェコルト殿下か」
そうかそうか、とおじいちゃんは何度も頷く。深く納得したようだ。まあ正確には違うんだけどね。
「今頃は一緒にいると思うよ」
一応、念のために、カイランが天使を連れ去る時に、奴の服にGPS代わりになる種を付着させておいた。
カイランが天使をさらってどこかへ消えたら本当にシャレにならないので、念のための保険である。私は天使の味方だからね。
その発信機は、魔法学校の中にある。
「……? おまえさんは?」
「私はここまでだよ。ただの手伝いだからね」
この格好のままでは帰れないんだよ。帰る時はネズミじゃないと。
「じゃあねー」
ひらひらと手を振って、私はとっとと路地裏に駆け込んだ。
よし、思いがけずおじいちゃんと力トーークしちゃったりしたけど、もう今夜はいいだろう。がんばりすぎだ。
早くネズミに戻って天使2号の正体を拝んで、寝よう。




