45.平凡なる超えし者、犯罪の片棒を担ぐ……
お、あぶね。
「よっ」
物陰に潜む隠密に、頭上から「しびれ花」の花粉を散布し――
それに反応し動きかけたところで予定を変更し、上から飛び降りざまに当身を食らわせて意識を奪った。
「もいっぱつ」
もう一人の隠密には肩で押すように体当たりし、したたかに壁にぶつける。打ち所が悪くなるように顎に肩を当てたから一発で意識を刈り取った。
いやはや、やっぱ凄腕揃いだ。さすが王族のボディガードだわ。
少々いじって無味無臭にした「しびれ花」を察知したよ。どうやって感知したんだろう? 体調不良が現れるのはもう少し吸ってからのはずなんだけどなぁ。
もう片方も、反応が早かった。あとコンマ数秒私が遅かったら、抜きざまの刃で斬られていた。
倒れる音が目立つといけないので、なんかのサナギのように壁に繊維で貼り付けておく。ついでに「しびれ花」も吸わせておこう。しばらくおやすみ。
雨が降り出した。
少々の物音は紛れるだろうけど、派手なのはやっぱりまずい。
しとしとと地を打つ雨音以外、何も聞こえない。
周辺にいたはずの隠密の数が減っているので、たぶんカイランも近くに来ていて、同じように見張りを潰していっているはず。
あいつは密偵以上に察知しづらい。やはり気配の絶ち方が野生動物のそれに近いんだろう。本当にわからないわ。すごい体術だなぁ。
「もうちょい行けるかな?」
大きな民家のような、病院にしては小さい建物の周辺は、隠密がびっしり張り込んでいる。
さすがにあそこをステルス行動で突破はできないだろう。
たとえるなら、鎖のように連なって警戒網を張っているのだ。どこから切り込んでも左右の奴には必ずバレる。それが輪になって囲んでいる。
一度に全員を仕留めるくらいの攻撃方法がないと、あそこには触れられない。
強いて死角があるとすれば、屋根の上かなぁ。あそこは隠密が二人しかいないから、カイランと協力すれば占領できそうだ。
まあ、やる意味がないというか、リスクが高いだけか。
どうせ天使2号を確保する以上、どうしても運び出す手間が入るのだ。
そうなれば、どうがんばっても発覚する。
そして逆に言うなら、確保してからなら、ステルス行動は必要ないからね。
逃げながら一人ずつ潰していけばいいし、なんなら全滅させてからゆっくり撤収してもいい。
「待て」
マジか。
「っと。俺だ」
背後を取られた。
自覚するより早く身体が動き、裏拳を放った私だが、簡単に避けられた。
「……びっくりした。脅かすなよ」
というか避けて当然だった。ハイスペック人狼カイランくんだったから。
「俺の方が驚いた。まともに攻撃もできるじゃないか」
あ? ……ああ、そういえばカイランには、大樹を生やした魔法みたいなのしか見せてなかったね。
「荒事は苦手なんだよ」
「苦手な奴の動きじゃなかったぞ。躊躇のなさと速度が」
もー……
「私のことはいいだろー? それよりこれからどうすんだよー」
あんま言うなよ、恥ずかしいわ。ほんとにビビッちゃったんだから。
「これ以上近づくのはまずい。それよりこの辺で待ち伏せした方がよさそうだ」
お、そうかい? もうちょい行けそうだけど……まあカイランがそうしたいならいいか。
「天使が病院から出てくるまで待つんだね?」
「ああ。そして恐らくここを通ってどこかへ行く。敵の配置が道沿いに続いていたからな」
私とは反対側から病院近くまで来たカイランは、隠密の配置からそのルートを見つけたらしい。
なるほど。
万が一民間人と鉢合わせしないように、隠密たちが道を押さえていたわけか。
「天使を見たか?」
「いや、見てないよ」
ここは、闇夜の中でも影になる、非常に暗い細い路地の角だ。
そこから覗けばかろうじて病院が見える場所である。
が、全貌は見えない。
出入り口も見えない。密集している隠密も見えない。
「つーか、たぶん今頃、中にいるよ」
繊維の罠は、「病院の出入り口ドア」に仕掛けてあるから。ドアを開ければ引っかかるようになっていた。
つまり、「天使が病院に入った時に私が察知した」という流れになる。
だから今頃は中にいるはずだ。
「それよりこっからの段取りだけど、どうする?」
「ひっそり連れ去るのは不可能だな。ならば取れる手段は二つ」
「逃げながら戦うか、戦ってから逃げるかだね」
「おまえと一緒なら後者が楽だし早いな」
そうだねー。
カイラン一人でもやれるだろうけど、二人ならもっと早いだろうねー。
でも、第三の手段を私は推したいけどね。
「私が連中の相手するから、カイランはさっさと天使を連れてってよ」
「なんだと?」
「私の逃げ足はカイランより速いから。適当に足止めして撒いたら、魔法学校の方に行くからさ」
「…………」
なんだよー。じっと見んなよー。照れるだろー。
「言っとくけど君のためじゃないからなー。これが一番穏便に済むからだからなー」
なんせ私は、この身体そのものが存在しないからね。どれだけ罪を重ねても捕まらない自信がある。
逃げるにしたって同じことだ。この人の身体を変えられるのだから、いくらでも逃亡手段は考えられる。
その点だけ取ってもカイランはまずいからね。
ただでさえ指名手配されてるのに、更に罪状がかさむと、国際的な指名手配にランクアップしかねない。報奨金を掛けられたりもするかもしれない。
別に庇い立てする気はないけどね。
本当に、これが一番穏便に済む方法ってだけだ。
天使2号が王族で、もし連れ去られそうになれば、隠密たちは死に物狂いで阻止しようとするだろうから。
カイランがやられる可能性も充分考えられる。命がけの敵ってのは本当に危険だからね。
その点、私はそう簡単に死ぬような存在でもないからね。
「ま、晩ご飯のお礼ってことで」
「高い飯代になったな」
「そう思うならこれっきりにしてよね。面倒事は面倒なんだよ」
今回は私と無関係じゃないかも、私も気になるってことで参加したけどさー。犯罪のお手伝いなんて基本しないんだからなー。
「あと二回だな」
こいつ……渡した空耳草の種、きっちり使い切る気か。
身を隠し、息を潜め、降りつける雨など気にせずただひたすら待つ。待ち伏せはこの時間がもったいないんだよなぁ。
時間にして20分くらいだろうか。
雨が少し強くなってきた頃、病院方面で動きがあった。
「来たな」
隠密が動き出した。
「ここまずくない?」
私が倒して壁に貼り付けた仲間と連携を取るために、もうすぐここに来る。このままだとおもいっきりかち合うことになる。
「構わん。発覚と同時に仕掛ける」
お、ついにか。
そうだね、私らがいることがバレる前に奇襲を掛けたいよね。むしろそのための待ち伏せだもんね。
「俺が先行し天使を確保する」
「じゃあ私は後に続くね」
カイランの突撃を後ろから援護し。
天使を確保した後にカイランが離脱したあとは壁になると。
「ねえカイランくん。こんな時に言うのもアレだけどさ」
「なんだ」
「私たぶんカイランくんより十歳くらい年下なんだけど、くん付けだと嫌だったりする?」
「……なんでこんなタイミングで……今更なんだ」
いや、なんかカイランがちょっと緊張してるみたいだったから。ほぐしてやろうかと思っただけだ。
でもよくよく考えたら、適度な緊張感はむしろ必要なのかな。
私は半端な気持ちで付き合ってるけど、カイランはプロだからね。失敗は許されないんだし、気合の入りも違うんだろうね。
カイランが私の肩に触れ、前に出た。
「――好きに呼べ。おまえが生意気なのは最初からわかってることだ」
おっと。
緊張しているかと思えば、そうでもなかったのかな。
目が合ったのは一瞬で、金の瞳はすぐ前を向いた。
気合に満ちた横顔で笑みを残し、カイランは闇夜に躍り出た。
おーやべー。今のはイケメン度高かったなー。ちょっとドキッとしちゃった。
――よし、私も行こうかな。
飛び出すスピードも走るスピードも桁違いである。
カイランは隠密たちが認識し、警戒するまでの間に、天使を囲んでいるだろう集団の目の前に接近していた。
「――」
無言の気合声を発し、カイランの拳と蹴りで、隠密数人が一瞬にして宙を舞った。よっ、ボスキャラっ。
「はいごめんなさいね」
数人をぶっ飛ばして、さすがに臨戦態勢に入った隠密たちの中に、第二陣である私が突っ込む。
剣を持つ手、短剣を握る手、槍を構える手。
「ぐっ…!」
「いてっ」
触れると同時に「千色薔薇」の種を植え、瞬時に少しだけ成長させる。
対象の魔力で成長し、身体に巻きつく茨が自由を奪う薔薇だ。
ごめんねー。茨も痛いだろうけど、伸びる茨が体内をえぐるように植えたから超痛いっしょー。事が済んだらすぐ解除するからねー。
「千色薔薇」を植えた隠密は、あまりの痛みに身動きが取れなくなる。
でもそれでも、カイランの殴る蹴るよりは穏便で安全だと思うよ。
さて、肝心のカイランは……お、もう確保してるわ。
天使らしき人物を見つけたのか、用意していた麻袋を頭からかぶせ、今肩に担いだところだ。
「あとは任せる」
小さく言い残し、目の前の隠密数人をまたぶっ飛ばし、集団の中を突っ切っていった。
「あいよー」
私は動かない。
追いかけようとする隠密に「千色薔薇」の種を飛ばして植え付け行動不能にする。
「追いかけないの? 行っちゃうよ?」
隠密たちは動けなくなっていた。
だって背を向けたら、私が種を飛ばすから。
というかこの暗がりでは、私が何かを指弾のように飛ばしているのはわかるだろうけど、何を飛ばしているかまではわからないかもしれない。
「何者だ」
無事な十人くらいが、きっちり構えて私を囲む。
追いかけるのは別働隊に任せたのかな? それとも私を捕まえればカイランまで辿り着けると判断したかな?
もしくは、本当に動けないと思っちゃったかな?
連携はいい。
各自の腕も確かだ。
この状況で誰一人騒ぎ立てないプロ根性も大したもんだ。特に「千色薔薇」を植えられて転がる連中は、叫びたいほど痛いはずなんだけどなぁ。
でも、仲が良すぎるのも考え物だね。
誰か一人を盾にして、私の対角線上を死角にすれば、今すぐにでも追いかけられるのに。
でも、数秒で充分なんだよね。足止めは。
数秒だけカイランを先行させれば、もういいのだ。あの速度に追いつける者などそういないからね。
別働も先に潰してあるから、動いている隠密はここにいる奴らだけだ。
だから実質、これで天使2号の確保は完了している。
あとは私が逃げて魔法学校で落ち合うだけ。
……だったんだけどなぁ。
「おまえさん、不思議な技を使うのう」
いやあ……カイランほど強い奴なんてそうはいないだろうと思ってたんだけどなぁ。
「魔法ともちと違う気がするが、わからんなぁ」
輪の中に入ってきて、私の前に立ったのは、小柄なおじいちゃんだ。
隠密たちはみんな黒に近い格好で闇に紛れるようにしているが、このおじいちゃんは、普通の格好をしている。
ただの町人、ただの年寄りにしか見えない。
隙だらけで、倒すとか倒さないとかそういう対象で見ることもないという人物に見える。
いや、ヤバイね、このおじいちゃん。
背後にでっかい「何か」が憑いてるわ。
黒くて大きなもやっとした霧のようなものが、この暗い夜よりもっと暗い「何か」がいる。
「悪魔と契約でもしてるの?」
「いんや? ただの闘気じゃよ?」
えー?
「嘘だぁ」
「ほっほっ。まあ嘘じゃけどの」
あ、ほんとに嘘なのかよ。まあそりゃそうだよね。闘気と呼ぶには穏やかすぎるから。なんなんだろうなぁあれ。魔法かな?
「まあアレじゃな。何であれ、どうであれ、どんな事情があろうと、おまえさんは逃がさんよ。何があってもな」
おじいちゃんは穏やかに笑いながら、しかし見えないプレッシャーは増していく。
「――わかっとるよな? この国に喧嘩を売ったということは」
この国、ね。
もしかしてこのおじいちゃん、隠密のトップかな?




