40.平凡なる超えし者、ひがみ根性が暴れる……
しばし動きを止め息を潜め耳に集中し室内の物音を探る。
いきなり見かけたアルカに軽く警戒心を抱くが、やはり感づかれた様子はない。
代わりに、室内での男女の会話が聞こえてきた。
頭の花に視覚を与え、向こうから見られないよう慎重に中を覗く。
「――」
「――」
やはりここがフェンリー・フォンの研究室のようだ。
周囲は実験器具や散乱したりホルマリン漬けのような物が並んでいたり本が山積みになったりと雑多な環境だが、その中央。
小さなテーブルを挟んでアルカと向き合う、青の混じった黒髪に縁なしメガネの少年がいた。
……あれ? あれあれ?
角度的に横顔がちらちら見えるくらいだが、フェンリーくん、私の好みの線が細いタイプの男子じゃね?
ゲームでは、ややふけ……いや、お兄さんタイプの大人びた顔立ちに見えたが、リアルではそうでもないな。背がそんなに高くないせいかもしれない。170前後くらいだろう。攻略キャラは年下キャラ以外はみんな背が高いからね。
フェンリー・フォン。
アルカと同い年で、同じ学年の錬金術師。
気を使っていない感のあるややぼさっとした青の混じる黒髪は、無造作に散らした長めのショートカット。
あれ絶対セットしてんだろ。そこまで綺麗に無造作気取れる寝癖とかないぞ。
あるいはイケメン補正だろうか。イケメンは寝癖もイケてるってことだろうか。
しかし目つきは鋭い。
黒い瞳にはありありと知能の高さを感じる。そして無機質なメガネと合わさり、それはそれは冷たい印象を漂わせている。
まあ実際厳しい発言も多いS気質のキャラなので、お似合いと言えばお似合いなのか。
目元の印象が強いせいで、やはり全身的に、こう、人を寄せ付けない雰囲気がある。
顔が整いすぎているのも一要因だろうか。
男にしてはだいぶ肌とか綺麗で細いから。
それにあの子、女装で美少女に化けるイベントがあるんだよね。その設定も加味するべきなのだろうか。あとどうでもいいけど少女コミックとか乙女ゲーって女装イベント多い気がするんだけど気のせいかな?
で、だ。
そんなフェンリーとアルカが差し向かいで何を話しているかと言えば、世間話である。
本当に、なんの変哲もない、大したことのない世間話である。
フェンリーって自分の研究第一、自分の時間第一で考える研究者や学者っぽいマイペース型だったはずだ。
こういう生産性のない無為な時間の過ごし方はあまり好きではない、ってゲームで本人が言ってたんだけどなぁ。イヤミったらしく。
いや、待てよ?
アルカとの好感度が高いから受け入れている、と考えると、しっくりくるのか……?
いくら学者みたいなマイペース型でも、好きな女になら少しは時間を割くだろう。デートだってしたいし話もしたいだろう。
アルカは地味だけどかわいいし、こう、「こいつくらいならイケんじゃね?」っていう、ハリウッド女優は絶対無理だけど地下アイドルになれるかなれないかーって絶妙なポイントを突いてる感じの美少女っぽいし。なんかこいつなら落とせそうだしがんばってみようかなーと男が思うレベルというか。男ってああいう手が届きそうな女が好きなんでしょ? 男ってそうだよね。男ってそういう生き物だもんね。
……まあ、男の性格の分析はいいか。若干私の中のモテないひがみ根性が騒ぎ出したし、これくらいにしとこう。
話の内容としては、やれ「この前冒険でー」とか「こんな素材がー」とか「こんな物を作ってみたんだがー」とか、真剣に聞く類のものではない、本当に世間話だ。
盗み聞きしてるのがバカバカしくなるくらい、気になるワードが一向に出てこない。
まあ、早々都合よく私が欲しい情報を話しているわけもないか。
普通はそうだろう。
お兄ちゃんたちの場合は、むしろ普段から気になる話しかしてない感じがするし。大事な話を小分けにして話し合ってるって感じで。
しばらく話を聞いてみるが、ドラゴンのドの字も出てこない。
「ドラゴンの心臓」を欲しがるイベントはまだ起こっていないのか。
フェンリー自身も、まだ欲する理由がないのか。
どんな流れで「ドラゴンの心臓」を手に入れる理由が発生するのか。
フェンリーのシナリオはどうだったのか思い出せれば、もう少しなんかできることもありそうだが……
全っ然思い出せないんだよね。
お兄ちゃんはゲームをやり込んでいたけど、私はさらっとプレイしただけだからなぁ……もっとちゃんとおさらいしてくればよかったな。
「――そういえば、風の噂で聞いたのですが」
「――噂?」
「――君、あの女と和解したのですか?」
あの女。
気になるフレーズではあるが……うーん。
「あの女」と聞くと、どうしてもアクロディリアのことを想像してしまう。
まだ張り込んで30分ほどだよ?
そんな都合よく、私が気になる話をしたりしないだろう。
「――アクロディリア様のこと?」
おい。聞き流せない名前が出てきたぞ。都合よく。
いや、アクロディリアとアルカの関係を考えれば、意外と話題に上る頻度は高いのかもしれない。
なんというか、対極に位置するライバル的存在だからね。……完全なやられ役だけど。
「――和解というか……そうだね。和解と言っていいんだろうね。今となっては」
「――なぜだろう? あの女が君に心を開くとは思えないのだが」
答え、中身が違うからだよ。
「――詳しいことは私にも。ただ」
アルカは言葉を濁してごまかすと、こう続けた。
「――とても一口で言えるような簡単な仲ではなくなったよ。私はあの人に命を救われたことがあるし、私も救ったことがあるから。あの人は私に感謝したし、私もあの人に感謝した。
――なぜか、とか、どうして、とか、事実だけを見るなら、もう事情は関係なくなっちゃったんだよ」
……ふうん。
過程はどうあれ今はこうだ、って話だね。
アルカいい奴だな。
もし中身が違うことを知らなければ「これまでのアクロディリアの嫌がらせなんかを許した」ってことになる。
逆なら「アクロディリアの弱味を握ったのに報復を考えていない」ってことになる。
どっちであろうと、アルカはいい奴ってことになるわけだ。
ごめんね。
こいつくらいのレベルならイケそうって思える美少女とか思っちゃって。がんばれば口説けそうな女とか思っちゃって。
あれ?
なんか面白くないな?
女が見てもかわいいと思える美少女な上に性格もいいからかな?
クローナくらい美少女レベルが高ければ対抗意識なんて湧かないのに、アルカには湧いてるのかな?
モテてーなー。
いろんな経験してきたけど、恋愛だけはさっぱりだもんなー。
イケメンとの出会いもかなり多かったけど、イケメンたちはみんな狙い澄ましたかのように私の横を通り過ぎていったよ。掠めることもなく。華麗に。
ま、私は物語の主人公にはなれない「中庸の星」だから、そんなもんだろうけどね。
気になる話はそれくらいだけで、あとはまたどうでもいい世間話である。
このまま話を聞いていてもなーと思い始めた頃、アルカが席を立った。
「――荷物、ありがとうございました」
「――いえいえ。こっちもお茶菓子ありがとう。またね」
どうやらアルカは何かの届け物に来て、そのついでにお邪魔して話し込んでいたようだ。
アルカが研究室から出て行くと、早速という感じでフェンリーはその辺に置いていた荷物を手に取り、開け始めた。
「――おお……これはなかなか……」
荷物の中にあった布包みをほどき、中の何かを手に取り掲げて、メガネの奥で目を細めて笑う。おー嬉しそうだねぇ。貴重な素材なんだろうね。
傍目には高麗人参っぽい木の根に見えるけど。なんだろう? 本では見たことないな。……あ、だから貴重なのか。貴重っつーか、それなりに希少なんだろうね。
「――早速練成するか」
ありゃ。
さっきまでそこに好きな女がいた、という余韻もないようで、フェンリーはいそいそと作業を開始してしまった。
うーん……どうやら収穫できる情報は、もうなさそうだ。
一旦窓から離れ、屋上へ行く。……おっと、校舎の屋上は生徒が立ち入りできるのか。
ここじゃ見つかりそうだから、下の樹木で落ち着くとしよう。
狙いをつけてダイブし、無事木の枝に着地。ここなら生徒にも見つかるまい。
……さて。
とりあえずやるべきことははっきりしたな。
フェンリーを見る限り、絶対にドラゴン退治は無理。
キルフェコルト張りの肉体があれば、というか、あれくらいの肉体がないと勝機がないと思っていい。
ひょろひょろの錬金術師では絶対に勝てないだろう。瞬殺されるのがオチだ。
で、まだフェンリーは「ドラゴンの心臓」を欲していない。
あるいは、計画自体はあるけどまだ動かす気はないとか、とにかく今すぐ動き出すってことはないだろう。
となると、今探りを入れたところで、肝心の情報……なぜ「ドラゴンの心臓」が必要なのか、代用品はないのか、他の方法はないのかと、逐一つっこみを入れて代替案を模索するのは難しい。
ならば、接触する対象を移せばいい。
少なくとも、もう片方は確実に存在するだろうから。
ドラゴンに会いに行こう。
なんなら退治して、「ドラゴンの心臓」を手に入れてしまおう。
これでフェンリーがドラゴンと戦って死ぬ可能性は潰せるからね。……ドラゴン以外にやられる可能性は知らないけど。




