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地獄の花  作者: 千歳命
2/2

地獄の花 ~白夜~

嘆キノ前兆――

ソレハ始マリニシテ、終ワリノ警鈴――。

グルグルグルグル、、、輪廻ハマタ繰リ返ス

 ワタシは、悪魔に魂を売った子供だった――



 ワタシの名前は相田夕菜(あいだゆうな)

 清楚で優しくあれと言う意味を込めて、父が付けてくれた名前だ。

 ワタシの人生はそこから始まった……。

 ワタシには、双子の姉がいた。名前は優華。

 同じく、清楚で優しくあれと言う思いを込めて父が付けてくれた。

 ワタシたちは小さい頃から、とにかく鏡に映したかのようにそっくりだった。ホントにそっくりすぎるくらい、ワタシたちは良く似ていると回りから言われた。一卵性双生児と言うヤツで、身体のつくりや容姿、声やものの考え方。好きになった男の子などなど。それら全てがほとんどと言って良いほど一緒だった。

 ワタシたちはほぼ全てが同じで、だからお互い何を考えているのかも十分過ぎるほど知っていたし分かっていた。知っていて分かっているからこそ、ケンカも人一倍していた。二人の大好きなクマのぬいぐるみを取り合ったり、大好きなお菓子を奪い合ったり、好き嫌いで揉めたり……。

 もちろん、普段はとても仲良しさんだけどね。

 そんなドタバタで騒がしい双子の姉妹だったけれども、ワタシはとても幸せだった。


 ワタシが、五歳になるまでは……

 そう――ワタシが悪魔に魂を売るまでは……。




 ワタシの家である相田家は、古くから由緒ある家柄だった。

時は平安時代の終わり。あの有名な豪族、藤原家一門に仕えていた希代の陰陽師。史実には載っていないが相田家の一代目はすごい法力を持った使い魔だったとか弟子だったとか様々な異聞が相田家には残され、そして今に伝えられて来た。

 それが元だったのかは分からないけれども、ワタシの家は江戸時代まで神社を守る神主だったらしい。らしいと言うのは、今はもうとっくの昔に神社はなくなっていて跡形もないからだ。時代の流れが神社を取り潰してしまったのだ。けれども、それが幸いしてなのか悲しいかな、乏しかったはずの家の財力が一気に潤った。そして、ワタシの一族である相田家は名実ともに由緒ある家柄となった。

 しかしながら、逆にその頃から困ったこともやはり起こってしまった。跡取り息子がぱったりと生まれなくなってしまったことでる。これには一族誰もが困惑した。神社をなくしてしまったばかりに神様の怒りに触れ「呪い」をもらったのだとか、積年の恨みが「怨念」に変わって我々に来たのだとか……。

 婿養子をもらうことで一族の難はどうにか回避出来たが、因果で男の子が生まれないとなるとやはり不安は拭いきれなかった。けれど、時代の波は休みなくやってくる。時代の波に翻弄された一族は仕方なく、その「呪い」を容認せざる得なかった。けれども、「呪い」はそれだけでは終わらなかった……。

 そしてそれから約二〇〇年後、ワタシたち双子は生まれた――。

「呪い」のことや昔ワタシの一族は陰陽師だったなどと露知らず、ワタシたちはすくすくと育っていた。

ある時期まで、それが五歳――。

ワタシが悪魔に魂を売った日だ……。




 何もかも一緒だったけれども、ワタシと姉には一つだけ違うところがあった。

それは素質――。

 つまるところ姉は類希な法力の持ち主だった。法力とは言わば、目には見えない――霊力とか霊視が出来る能力を持った力のこと。

 法力が難しければ、魔法と言ってもかまわない。ある特殊な力と言ってもかまわない。どうせ誰も信じてはくれないのだし、信じてくれたところで意味など持たないのだから……。とかく姉には、現代にあってもなくてもどうでもいい力が先代から受け継がれていた。

 ワタシも、その力は持っていた。しかし、姉ほどではなかった。

 そしてそれが災いしてなのか、父と母は姉ばかりちやほやと甘やかしていた。

 神社がなくなってしまったとは言え、その力が脈々と受け継がれて来ていて、そしてなおかつ類稀な能力を持った子がこの世に生まれて来てくれたのだから、そりゃあ可愛がるのも仕方がないと言えば仕方のないことかもしれない。

 本人たちには、自覚はなかったかもしれないけれども……。

 そしてその時ばかりは、ワタシはのけ者だった。ワタシそっちのけで、姉ばかりを……。

 まただ……

 まただ……

 また、姉ばかり……

 どうして……?

 どうして……?

 どうして、パパとママは

 ワタシを見てくれないの……?

ほら、ワタシだって

こんなにも力があるのに……

 どうして――?

 ワタシはちやほやされる姉に、嫉妬していた。

 そしてそれが、ワタシが悪魔に魂を売る要因の引き金となった。

 嘆きの前兆――

 それが、五歳の誕生日の時だった。

 忌まわしい、誕生日……。

 ワタシと姉はその日、五歳となる誕生日を祝っていた。

 とても嬉しくて楽しかったはずの誕生日……。

そしてその日、ワタシが悪魔に魂を売った日でもあった……。

十年前の六月十二日……その日が、凍て付くような寒さと悲しみで満ちた夜に覆われてしまうことになろうとは、ワタシを始め誰もがまだ知るよしもなかった――。

 始まりは悪魔の囁き――


 ホウ、これは上質な……。

 ウム、しかして結構な……。

 シカシ、行けぬ……。

 結界によって行けぬゾ……。

 大キイ我らは行けぬ……。

 エエイ、邪魔ダ――。

 ヤツらが守っておるからナ……。

 たやすくはあるマイテ……。

 陰陽師どもカ――。

 つくづく邪魔ヨ――。

 どうスル……?

 ドウスル……?

 どうする――カ。

 デハ、こうしようではないか。

 ……。

 ……。

 オオ、それは良い考えダ。

 フフフッ、面白い。

 フム、ではさっそく――。


 ……。

 ……。

 夜の静けさの中に得体の知れない誰かの声が木霊していた。

 五歳の誕生日祝いをする前日の、床の間の出来事だった。

ちょうどワタシが寝付こうとした時、何処からともなくその声は聞こえて来たのだ。

 夜はこの頃のワタシたち子供にとってはものすごく怖い存在だった。一体何の話なのか分からなかったがワタシはぶるぶるガタガタと震え、隣に寝ていた姉を必死に起こそうとした。けれども、姉はワタシがいくらゆさぶっても起きようとはしなかった。

 ほほほほほほほっ――!

 ケケケケケケケッ……!

 クックックックッ――!

 すると、それを見透かしたように何処からともなくまた声が木霊してくる。ワタシはたまらずに、布団を頭からかぶりそれでも頭の中にキンキンと聞こえてくる声に耳をふさぎつつ頭を抱え込んだ。

 それがどれくらい続いただろうか……。

 長く続いた……と思う。分からないけれども――それがふいに、何事もなかったのごとく忽然と止んだのである。

 突然の静まりに戸惑いつつも、ワタシはほっと安堵を浮かべた。それと同時に、緊張がほぐれてワタシはもよおしたい気持ちになった。

 せっかくの誕生日の日に、おねしょをしてしまった姿は恥ずかしくて情けないと思い、ワタシはイヤイヤながら布団の外にもそもそと這い出した。

 部屋は暗くしんと静まり返っている。

 姉を起こしてトイレに行こうと思ったが、さっき全然起きてくれなかったのでワタシは仕方なく一人で行くことにした。

 前にも言ったが、夜と言うのは子供にとってはものすごく怖い存在だった。ワタシたちも当然、例外ではない。ましてや、霊感のあるワタシたちにはなおさらだ。

 トイレは、ワタシたちの寝ている部屋を出て突き当たりにある。そのトイレの左側には父母の部屋がある。父母に付いて来てもらうには、結局トイレの前を通らなくちゃならない。

覚悟を決めて、そろりそろりとトイレの場所へと向かう。

そろり そろり そろり

 途中、左手に玄関があるがワタシは目をつぶってなんとか無事通り過ぎることが出来た。それと言うのも、時々「唐傘お化け」が妙に物悲しく立っていたりするからである。晴れ間が続くと傘は使われない。そのために悲しくて出て来るらしいのだが、彼が現れると決まって傘が一本消えてしまう。もちろん、あとで見つかるが……。

 有害ではないらしいので、両親もそのままにしているみたい。

 そろり そろり そろり

 途中、右手に台所が見えるがワタシはぷいっとそっぽを向きなんとか無事に通り過ぎることが出来た。ここには、「小豆洗い」がいる。弱い妖怪のため夜誰もいない時には、台所に立ちジャッジャッと小豆を洗っているらしい。

 これも有害な妖怪ではないため、両親は何もしていない。

うん、もう大丈夫……!

 とりあえず二つの難関を乗り越えて、ワタシはほっと安堵した。

 ところがその瞬間、

「こんばんは♪」

 と、いきなり声を掛けられてワタシは飛び上がらんばかりに驚いた――。

 それはもう、心臓が飛び出さんばかりに。

「……っ!」

 バッと慌てて後ろを振り返り、ワタシはまた驚いてしまった。ワタシに声をかけて来たのは、見ず知らずの女の子だったからだ。しかも、その女の子は――。

 驚きあふれているワタシを見て、女の子はほくそえむ。

「……」

 黙っているワタシを見かねて、女の子がもう一度挨拶をしてきた。

「あははは♪ こんばんは」

「……こんばんは」

 額に冷や汗がフツフツと浮かび上がってくる。ワタシはトイレに行くのを忘れて堅くなりながら、慎重になりながら挨拶を返した。

「ふふ~ん♪ 緊張しているの? それはそうか、私ヒトじゃないもんね♪」

「……」

 そう言うと女の子は、クスッと笑って見せくるりと踊るように一回転して見せた。

 ふわりと、女の子は舞う――。

 スカートがふわりと、女の子に合わせ――。

「私はヤミ子って言うの♪」

 その女の子はそう名前を言ってワタシを見て来る。不思議な女の子だった。

 自分を自らヒトではないと言う女の子。確かにその子は、ヒトではなかった。

 いわゆるこの世に在らざるモノ――。

 その子が、ワタシに声をかけて来たのだ。トイレに行きたかったのを忘れてしまったのも当然のことだった。

「ふふ♪ 緊張しなくても、取って食いはしないわよ」

「――」

 ワタシがそのままだんまりを決め込んでいると、それを見たヤミ子と言う子はなんとにんまりと不適な表情を浮かべ、ワタシに向かってすっと手を伸ばして来た。

 それはまるで、一緒に遊ぼうと誘っているかのごとく……。

「――」

 ヤミ子の瞳を見た瞬間、ワタシは彼女の差し伸べられた手に伸ばしかけていた。無意識のうちに、真っ直ぐに差し伸べれたその手に……。

スカッ――

ヤミ子と名乗る女の子の手に手を添えようとした瞬間、ふいに手を引っ込められてワタシの手は空ぶった。上目遣いにヤミ子を見てみると、ヤミ子はワタシを見てニタニタと不気味に笑っていた。

「……」

もはやワタシは、ヤミ子の瞳に釘付けになっていた。つまり、目が離せないのだ。どんなに目をそらそうと思ってみても必ず見つめてしまう。魔性を帯びたその瞳に、ワタシはすっかり取り付かれてしまっていた……。

「きゃははは♪ きゃははは♪ きゃはははは♪」

そう言いながら、ふいにヤミ子がワタシの家の奥へトタトタ走って行ってしまった。それにワタシは唖然としてしまった。

「待って――っ!」

 ワタシは彼女の後を追って行った。後を追いたくはなかった。はっきり言って、薄気味が悪いのでワタシは彼女の後を追いたくはなかった。だがしかし、彼女に魅入られてしまっているのだろう。ワタシの身体が勝手に彼女の後を追って行くのである。

 どんどんと、どんどんと、ワタシの身体はヤミ子を追って行く……。

 それに対し追われるヤミ子は、まるで笑いながら逃げている……。

 そしてワタシは、闇の中に吸い込まれてしまった――。




 ふと意識が戻った時、ワタシは真っ暗な闇の中にいた。

 目を開けているのか、それとも閉じているのか。立っているのか、仰向けに寝ているのか。それさえももはや分からない。

感覚が、麻痺してしまっているのである……。

 そう思ってしまうほど、ワタシは真っ暗な暗闇の中にいた。

 足元も真っ暗闇……。そのために、一歩も足を動かすことが出来なかった。もしかしたら、一歩先には落とし穴があるかもしれない。その考えが、常に付きまとってしまっていてワタシの足をすくみ上がらせる。

 ふいに、あの聞き覚えのある得体の知れない声がまた聞こえて来た。しかし以前とは違って、その声は近くから聞こえていた。


『ほっほっほっほっ、可愛らしい娘だコト』

『ウム、腹減った……』

『バカッ、食うんじゃないぞ?』

『そうだよ、この娘が怯えているじゃないカ』

『ムゥ~……』


 まるで、すぐ真後ろにいるかのような声の近さ。ワタシはその言葉に唇をきゅっと噛み締める。緊張のためか、手に汗が浮き出てくる。ワタシはその手で、ぎゅっと服を握り締めゆっくりと身構えた。


『しかし、ヤミ子は良くやったワねぇ』

『ああ、何セ厳重だったからな……』

『腹減ったぁ~……』


 どう意味なのか分からず怯えるワタシに、甲高い女性のような声が答える。


『あららっ、この娘わけが分からないって顔をしているワ』

『可哀相だから教えてアゲル♪』

『あの子――ヤミ子はね、』

『ワタシたちが魔界から送り込んだ子なの。つまりワタシたちは魔界の住人ってわけ』


「――っ!」

 その言葉を聞いた瞬間、ワタシは背筋が凍り付くような感覚に襲われた。

 ――いいや、声の主たちはワタシの真後ろに立ちワタシをまるで舐めまわすかのごとく観察していたのだ。

 緊張が走る。直感的に危険だと身体が信号を送っていた。


『何故ヤミ子がやって来たのか。それはお主の姉を我々が食べるためさ』

『知っておるだろ? お主の姉は類稀なる法力の持ち主だということを。そして我々は、その力を欲しておる』

『ところが――お主のバカ親が。それに気付き慌ててお主の姉に結界を施しおった』

『しぃかぁもぉ、お姉ちゃんを守るため我々が行き来してた魔界の入り口をも塞ぎおったのだよ!』

『腐ってもいても元神主ってわけネ』

『アイツ食べていい?』

『バカッ!』

『コホンッ……それが、五年前よ。それから今まで、我々は迂回路を探してはどうにかして外に出ようと模索した』

『そして――ヤミ子がようやく外に出た。しかしだな、根源であるお主のバカ親も結界によって守られ、我々には手が出せない』

『そこで、お主が選ばれたのだ――』


 そう言うと、しばしの沈黙が続いた……。

 妙な沈黙……。

 ホントに、不気味すぎる沈黙が長く続いた。

 心の底に、じわじわと闇がはびこんで来るような不安……。

 嫌な、沈黙だった。

 ふあさぁ――、ふいに誰かがワタシの髪を撫で付けて来た。

 髪を撫で付けた尖った爪が、ワタシの瞳に映る。

 怖いくらいの鋭さに、ワタシは怯えていた……。


『ホホホッ怯えなくっても良くてよ? 何も心配は要らないんだから』

『ソウダ、目が覚めればもう何もかも終わっている』

『ソウ、全て終わっているんだ。全て――な』

『ソウ、全て――』

 スベテ――

 そしてそのまま、ワタシは意識がまた遠退いて行った……。



 消える……

 消える……

 小さな 命が――


 消える……

 消える……

 儚い 命のともし火が――


 何が起こったのかさえ

 何をしてしまったのかさえ

 今となっては もう

 取り返しがつかない……



 気が付けば、ワタシは黒い血だまりの中にいた――

 


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