しんぷてえ女子。
しぶとい女子
3年6組 真ん中1番後ろ。
そこが俺の席。
一昨日のくじ引きによって決まった、割とお気に入りの席。
本音を言えば窓側が良かったけど、真ん中の一番後ろって意外と居眠りがバレにくい。及第点だろう。それに、前の席の田井中めしあさんは優しくって、居眠り中に俺が当てられたら答えを教えてくれる。
まさに、メシア。俺の救世主。
てなわけで、結果オーライ。
体育後のクラスはにわかにざわめき立ち、にわかに汗臭い。
体育の授業のたびにクラスの結束は強まっているようにみえる。
……ほんの一部を除いては。
だいたい、体育が楽しいだのと思えるのは体育が出来るからであって、体育が出来ない一部にとっては地獄の責め苦以外の何物でもない。
しかも、多くの場合、体育が出来る輩は出来ない奴らにも楽しむことを強要する。
そうじゃないと盛り下がるから……なんて、偽善ぶった自己満を容赦無く投げつける。
運動神経の悪い人たちはその自己満を受け止めきれずに横転し、怪我をし、卑屈になり、やがて授業を放棄する。
……まさに俺のことじゃないか……そんな声が聞こえましたよ。
確かに俺は授業放棄してましたけどね。
それは運動神経が悪いからじゃないんですよ。
単にクラスの連中と仲良くなりたくないからです。
……信じてませんね。
まぁ、いいでしょう。
しないってことは出来ないのと同義だと思うので。
どこぞの誰かみたいに、「結婚しないんじゃなくて結婚出来ないんだ!」なんて至極無駄な言い訳はしません。(ここまで無意味な言い訳は他にないんじゃないか?)
教壇の前からのそんな観察はやめにして、まるで水の様にクラスに溶け込む準備をして自分の席目指して歩き出す。
あのトイプードルの様な巻き毛は、どうやら今回も親睦を深められなかったらしいメシアさん。
さっさか着替えを終わらせて、既に机に突っ伏していた。
辛いならやめちゃえばいいのに。
そんなメシアさんの後ろの席。
見覚えのない、黒髪が、あった。
俺の席に座って、ケータイをいじっていたのは、黒髪ツインテールの見知らぬ女子だった。
…………
……………なしてっ⁈
おそるおそる、近付いてみる。
滝の様に手汗の出る手のひらをポケットにしまった。
ケータイを気だるげに見つめるその瞳は、おおきかった。
猫を彷彿とさせるような、切れ上がった目。
睫毛は、長い。
濡れてるみたいに、しっとり黒々としていた。
「あのぅ…」
俺の声に、彼女は零れ落ちそうな目玉を俺に向けた。
瞳の中に、望月が見えた…気がした。
「なんですか? 」
彼女の声が耳朶に触れた瞬間、脊髄を電撃が走ったような錯覚に襲われた。
……襲われたけれども。
「何ですか?」じゃねーんだよ。
「そこ、俺の席」
「あら? そうなんですか」
ツインテールはそれきり何も言わず、顔をケータイに戻した。
ケータイの操作音だけが、やけに鮮明に耳に響いた……。
って、おい。
「どいてくれませんか」
「どきましょうか」
「お願いします」
「仕方ないですね」
よいしょっと、彼女は立ち上がった。
白い脚が、スラリと差し出された。
細い。
白い。
それに尽きる。
「あれ、じゃあ……私の席ってドコですかね」
「さあ……というか、あなた誰ですか」
俺は改めて彼女を正面から見た。
何か、見た覚えがあった。
いや……顔に見覚えはない。
ない筈なのに、知ってると思った。
デジャヴという感覚に、よく似ている。
着の身着のまま、大宇宙にポーンと放り出された感覚に浸された。
「私ですか? 私はついさっきこの学校に来た、転入生です」
やっぱり知らなかった。
知らない人だ。
なのに、頭の半分は否定している。
「なるほど」
不承不承の理解……という雰囲気たっぷりの、俺の言葉が遠くで聞こえた。
「で、私の席はどこですか」
「知らん」
「知らんって……なんで知らないんですか」
「今来たし」
「さてはトマト君、不良さんですね」
「不良じゃねーよ」
……あれ?
今、俺のこと、何て呼んだ?
「あの……いま」
「空いてる席に座れって、言われたんですけど」
「おい……」
「あとどこが空いてましたかね」
「ちょっと……」
「トマト君、うるさいですよ」
いやいやいや。
「早くどけて下さい」
「つめった! 超絶ブリザードですね……私がこんなにも困っているのに」
そう言うと、彼女は目を伏せた。
白い肌に伸びた睫毛の影が長い。
なんて長い睫毛。
たぶん、俺以外の男がこんな状況下にあったら九割以上の確率で彼女に席を譲るんだろうな。
でも、残念ながら、俺は美人ってのがあんまり好きじゃない。
席を譲られるのは当たり前。
宿題を写すのも当たり前。
それは私が美人だからです。
……つって。
人の労力ばかり吸い取る、寄生虫みたいな女。
そんな女ばかり見てきた。
美人ってのはそんなのばかりだと思ってた。
思ってたのに。
「じゃあ、どうぞ。席、すいませんでした」
俺はいささか拍子抜けしてしまった。
彼女は(割と)あっさり席を離れ、教室をうろうろし始めた。
…………?
なんだか、おかしい。
首を傾げ、クラスを見回した。
それまでざわざわしていたクラスは、おかしな、冷めた空気を生み出していた。
みんな、彼女をちらりちらりと見ている。
彼女がなんだって言うんだ。
美人だから目を引くとか、そういう雰囲気とは違う。
奇妙な、おかしなモノを見る目だ。
転入生だって、そんなに珍しいモンでもないのに。
よっぽど奇抜な自己紹介でもしたのか、この人は。
俺は教壇の辺りをウロウロする、何もわかってなさそうな顔の彼女を少しだけ、気の毒に思ったのかもしれない。
「ちょっと、……あの、そこの」
「私は『ちょっとそこの』なんて名前じゃないんですけど」
俺は彼女に近寄り、自分の席まで引っ張った。
「名前は? 」
「そんなの、勝手に付ければいいんですよ」
「はぁ? 」
「だから私もあなたにお名前をつけて差し上げたんです」
トマト君。
さっき彼女は俺をそう呼んだ!
頭の中でパズルのピースがピッターンと、はまった気分。
この女子はそーいう信念を持ってるんだ。
これはそーとーのワケありと見た。
なら、これ以上名前を聞くのは野暮だろうか。
「あの、……じゃあ、何て呼んでも怒りません? 」
「怒りません」
……。
なるほど。
「ストガさん、俺の隣空いてるんで座ってみませんか」