いだわしいのとウザいの。
大切なのとウザイの
「は? 」
「だからね、俺はこんなおじいちゃん知らないの」
どこか苛立ちを隠せない様子でパソコンの電源を切って、良川は椅子から立ち上がった。
「そういえば、授業始まったんじゃない? 」
「あー……いや、今日の1時間目は体育だんで、遅刻してきたことにすーから。それより……」
「あ、そう。お茶っこ飲む? 」
「もらうー……って、んじゃなくて! 」
「なによ」
「お前、あんなに引っ張っといてそれ? 」
「うん。ほら、引きが欲しいかと思って」
「お前まで作者の顔色窺う必要ねーよ」
「え、この小説ってそういう風潮の元に成り立ってんじゃないの? 」
「いーから! 俺の専売特許がなくなっちまうじゃねえか」
「専売特許ねぇ……はい、ミルク紅茶」
俺は紅茶の入ったコーヒーカップを受け取りながら、なんだかなぁと思った。
ミルク紅茶って。
良川はこういうところがダメだと思う。
「だから結婚できねぇんだっつって」
「は? 何急に」
ちゃんとした紹介がまだだったので、今からしてやろうと思う。
暇つぶしにはなるだろう。
良川五月。
身長183cm、体重69kg。
5月5日生まれの双子座。
着痩せするタイプだが、筋肉はガッツリ付いている。本人曰く、筋肉があった方が生きていくのに困らないんだそうだ。
血液型は大雑把なO型。ただし、自分の興味のある事柄には尋常じゃない執念を見せる。こいつの場合、筋トレとか。
髪の色、瞳の色は共に艶の少ない黒。しかも、目つきが悪い。ちゃんと人並みに7時間睡眠をとっていれば、クマも改善されてまぁ…いわゆるイケメンになるのだが。普段は顔のマズさをごまかすためにダテ眼鏡をかけている。
そんな良川五月の今日のファッション。
春らしい淡いピンクの七分袖のワイシャツに、主張しすぎない掠れたオレンジのタンクトップ。パンツは白。
どれも誕生日に俺がプレゼントしたものだ。
あ、そろそろ俺と良川の関係が気になってくる頃だと思うが、それは単純明快。
無関係だ。
「ちょっと待てーい! さっきから聞いてりゃヒドイよ⁈ 忘れたの? 俺と過ごした13年間を! 」
「忘いだじゃん」
「ヒドーーーーイ! はぁ……あの頃の美玲は、めんこがったなぁ……。俺のこと『にぃにぃ』なんて呼んでくれたのに……」
「時の流れってなぁ、そんなモンだ」
「諦観やめよ⁈ 」
「だいたい、お前それ俺が3歳とかのときの話だろ?俺ももう15になってんだから、そろそろお前がウザったく感じでくーべよ」
「『べよ』じゃないよ! 被害者に同意を求めないで! 」
…まぁ、無関係ってのは冗談らしいんだけど。
らしいっていうのも、実は、俺には10歳までの記憶が無い。
あるにはあるのだけど、誰か別の人の記憶と混ざっているみたいでハッキリしない。自分の記憶だという確信が持てない。
だから、俺の人生は10歳から始まったという事になろう。そして、そんな俺の人生には、この奇妙な男と少しの友達と津軽弁がオプションで付いていた。
「人生って、なんだろ」
「なになに、俺に人生について教えを請いたいって? 」
「やだよ、馬鹿」
「馬鹿と天才は紙一重だよ? 美玲くん」
「うっぜ」
しかし、天才ってのは否定できない。
それは良川の妄想などではなく、実際にコイツは天才なのだ。故にウザい。
聞きかじった話によれば、こいつは飛び級でアメリカの超弩級の理学系大学に特待生として入学して、首席で卒業。
その後はあちこちの研究所から引っ張りダコ。
そんな引く手数多の良川が選んだのは、「日本の中学校の先生」だった。
いや、「は? 」って感じだよね。
どの研究所も、どの企業も「は? 」ってなったよね。
肩透かしもいいとこだよ。
でも、良川は自分の夢を諦めず、こんな要塞を造ってしまった。
この学校にシェルターがあるって噂は、間違いなく良川の異例すぎる経歴に基づく。
そして現在、校長を別に雇って良川自身もこの学校で理科の教師として働いている。
月収はいったい幾らなのか……。
先月の給料日前は餓死しそうになっていたのを、俺が発見した。
少なくとも、ちゃんとした研究所で働いていた方が稼げたと思われる。
良川(馬鹿=天才)は忙しなく赤ペンを動かしている。
たぶん、こないだのテストの採点をしてるんだ。
ちなみに、俺は毎回、国語と英語以外の答案は読まずに食べることにしてる。
「美玲、ヤギってホントに腹減ってないと紙なんか食わないよ」
「お前、俺の思考回路に勝手にアクセスすんの、やめでくんない?不快なんだけども」
「これは10年間以上付き合ってると考えてることがなんとなく分かっちゃう現象だよね。熟年夫婦的な」
「いー加減にしねーと口結ぶぞコラァ」
「すいませんでした」
誰と誰が熟年夫婦だって?
男同士……ましてや良川とそんな関係って、虫唾が走るんだけど。
「美玲ー、これはさ、君」
「なによ」
「作者的に授業行くべきじゃないの? 」
「だから、お前まで気にすんなって」
「だって、話進まないよ? 俺はほぼデスクワークだし。今8時52分……そろそろ2時間目だしさ。授業に参加した方がいいと思うんだよね。それに、俺の予想が正しかったら、教室に戻ったときに何かしらのイベントがあると思うんだよね」
良川(馬鹿以下略)がマトモな事言ってるよ。
こりゃあ明日は雪降るよ。
豪雪だよ。
俺はカバンからスマホを取り出し、クラスのグルチャで今日の授業を確認した。
2時間目は数学だった。クソ数学。
「数学か」
「じゃあ受けな?幸子ちゃん悲しむぞ〜」
良川の言う"幸子ちゃん"とは、校内でにわかに噂になっている美人数学教師だ。
正式名称は成田幸子。
名前とは裏腹に、いつもチワワのように幸薄そうに震えている。
その上、色素の薄い瞳はいつも潤んでいる。
一部の年上女性好き男子からは絶大な人気を集めているらしい。
かく言う俺も、幸子ちゃんには弱い。
なんというか、あーいうタイプは面倒だ。
そんな幸子ちゃんの解説も含めて、授業に参加しようと思う。
「じゃあ行ってくーわ」
「検討を祈るよ、理科テスト9点の小山内美玲くん」
ウ ザ イ 。




