美玲やけど美玲やない。
美玲だけど美玲じゃない。
良川の家はいわゆる溜まり場で、だからここには各々のコップやタオルなんかが常備されている。
この家でのお茶当番はもっぱら俺で、だから今も人数分の飲み物を用意している。
良川と俺はコーヒー好きだけど、雅は舌がおこちゃまだから、飲むのは大体ココア。
花冷えする今の時期は、皆ホット。
男三人寄ってたかって、冷え性。
「おまちどおー」
お盆の上で形も色もそれぞれのカップが湯気を立ているのが、どうしょうもなく滑稽。
お茶菓子は棚から失敬した。
立派な部屋だが、ここにはテーブルはない。
ソファもない。テレビもない。
キッチンと、いつもたむろするこの部屋を隔てるドアはないからダイニングなのかもしれないが、家具がないから、何の部屋なのかは分からない。
この家は持ち物の少ない良川(28歳独身)が一人で暮らすには、あまりに広すぎるのだ。
埃ひとつ落ちていない、間接照明の無駄に洒落た広いスペース。
大体、俺らはここでたむろする。
床暖房で足元はぬくぬく心地よい。
テーブルが無いので、盆は直置き。
それぞれが勝手にお菓子をつまんだりする。
個包装のプチマドレーヌを口に運びながら、雅は器用にもほとんど零さずに話し始めた。
「昨日あの動画みてん」
あの動画……とは、もう明記するまでもなく、あの動画なのである。
いかがわしい動画ではない。
俺は思わず、良川をチラリと見やった。
しかし良川は、のんきにコーヒーカップに入ったコーヒーを堪能しているようだった。
雅は長い睫毛に縁取られた瞳に、悲しみか遠慮かを溶け込ませ、口を開いた。
「美玲とかくれんぼした後から、本当の美玲はおらんよね?
お前は、美玲やけど美玲やないよね? 」
タイトルネタ切れかよって?
よく分かりましたね。
あなたにシャーロック・ホームズの称号を与えましょう。