75.部屋飼い猫
夏の日は長いとは言え、流石に傾いてきた。
鴉が塒へ帰り、泉の上を通過する。鳴く虫の種類も変わった。
日が沈んでから二人を起こすように言われたが、ナイヴィスは、このまま日が沈まなければいいのに、と赤く染まりつつある空を見上げた。
「日がある内は、魔物も弱っている。肩の力を抜いて待て」
「は、はいッ」
緊張でガチガチになったまま答える。
〈あなたって、ずっと部屋の中で飼われてた猫みたいね〉
……どう言う意味ですか?
〈そう言う猫を外に放すとね、あなたみたいにガチガチに固まって、一歩も動けなくなったり、飼い主の服の中に逃げ込んで、爪立ててしがみついたりするの〉
女騎士の声は、やけに楽しそうで、笑いを含んでいる。
ナイヴィスは面白くなかった。
〈耳を伏せてガタガタ震えて、何をそんなに怖がるんだと思う?〉
……知りませんよ。私は猫じゃありませんから。
〈屋根がないことが、怖いのよ〉
思わず、天を仰いだ。
泉の周辺は草地で、頭上には枝葉がない。茜色に染まる空から、明るさが失われつつある。
〈でもね、肉球に脂汗をかいていた猫でも、怖がりながら周囲を探検して、その内に慣れて、遊び始めるのよ〉
ナイヴィスは、どう反応していいかわからず、視線を下げた。王女の【空の守り謳】の効果で、薄暗い森の中にも雑妖の姿はない。
〈あなただって、さっきこんな所でグースカ寝てたじゃない〉
……疲れてたんですよ。
〈そうかしら? あなたって、結構、順応性高いみたいよ?〉
ソール隊長が、今夜と明日の天気を聞いた。
ナイヴィスは泉の水を使って天気を読んだ。両日晴れ。夕立もない。
「うむ。ありがとう。ならば、ここはそのまま野営地として使えるな」
「上手い具合にここへ来てくれると、戦いやすくていいんですけどね」
ムグラーが森の奥を見詰めて言った。【索敵】の眼でも、まだ、魔獣の姿を捉えられないらしい。
隊長が、来なくていいと念じているナイヴィスに、穏やかな声で言う。
「ナイヴィスは無理せず、落ち着いて【盾】を展開し、まずは生き残ることを優先しろ」
「は、はい。勿論です」
……でも、リーザ様が攻撃を強行しちゃうのは、如何ともし難く……
〈何よ、私が悪いって言うの?〉
……いえ、決してそのような……
〈あなたはまだ、攻撃すべき時と、防禦に徹すべき時の見極めができないから、私が判断してあげてるの。逆らったら死ぬわよ?〉
女騎士の命令に逆らえないことは、カボチャ畑でも先日の林でも、よくわかった。




