54.深淵の雲雀
三界の魔物。
ナイヴィスの脳裡に、魔剣ポリリーザ・リンデニーから与えられた知識が、鮮明に展開された。
あの日以来、何度も繰り返し受けた説明が、分厚い本のページをめくるように繰り返される。
並行して、カボチャ泥棒の判決文も見えた。
カボチャを盗んだ老人は、終身刑と決定した。
強制労働はないが、一生を終えるまで特別房で魔力を奪われる。吸収した魔力は、水晶やサファイアに蓄積され、結界の維持など、正しい目的に使われる。
判決文には、簡潔に理由を記してあった。
老人は秘かに【深淵の雲雀】学派の情報を集めていた。
今では禁じられた魔法生物の製法を編み出した学派だ。
その魔道書は、各地で焚書され、【深淵の雲雀】の術は、細々と口伝されるようになった。
時折、遺跡などから生成直後で休眠状態の魔法生物が、発見されることがある。
現存する魔法生物の使用は、禁忌を守って創られた固体に限り、禁じられていない。
数千年前に生みだされた一体の軍用魔法生物。
人の手を離れ、際限なく増殖、成長した暴走の結果が、三界の魔物だった。
三界の魔物による大破壊で、鯨大洋を隔てたもうひとつの大陸アルトン・ガザでは、魔力が失われたと言う。
千年に亘る戦いの末、増殖した三界の魔物を倒し、最後の一体をこのムルティフローラの地に封じた。
封印の年を「封印歴紀元元年」として、新たな時代が始まった。
最強最大の「最初の一体」は、存在の核があまりにも巨大で、そのままでは倒せない。
やむを得ず封印し、肉体と幽体の再生を止めた。二千年以上経た現在も、少しずつ核を削って消滅させている。
休眠状態でも、瘴気を撒き散らす。厄介な存在だ。
魔法生物は、三界の魔物となり得る能力の付与を禁じた上で、細々と製法が伝えられていた。
新しい時代になってからも、【深淵の雲雀】の伝承者は、各地で迫害を受けていた。
その数は次第に減り、五百年程前に、最後の伝承者の一族が絶えたと言う噂だった。
老人はムルティフローラなど、湖北地方を中心として、ラキュス湖周辺の各国を巡り、僅かな伝承を掻き集め、製法を復元させていた。
現存する魔法生物を使っていいなら、無害なものを新しく創り出すことも、許されるべきだ、と言うのが、老人の主張だった。
多くの人は、三界の魔物の恐ろしさを知っている。
何をしているか、人に知られる度に、工房を引越した。
正直に理由を説明して、素材を譲ってもらえるとも思えない。
未熟な実では、食用と偽ることも出来ない。だから、魔獣に盗ませた。
老人に戦う力はなく、騎士に逆らう気力もなかった。
「悲劇と惨禍を繰り返さぬ為に、二度と創ってはならないのよ」
完全に禁じると、逆に地下へ潜って伝えられてしまう。その為、時の権力者たちは、自然に忘れ去られるよう、緩やかな規制に留めたのだった。
失われた現在は、世界各国で全面的に禁じられている。
〈サフィール・ジュバル・カランテ・ディスコロール〉
「はい」
大人の声で応じる。ナイヴィスも、騎士の鎧を纏っていた。
〈強い魔力のサファイアの光。あなたと私で、三界の魔物を倒すの〉
ナイヴィスは右手に力を籠めた。
隣に女騎士ポリリーザ・リンデニーの姿はなく、その手には輝く刃の魔剣が握られていた。
先程と同じ、右手を握られた感覚のまま、剣を振るう。
刃が触れた瞬間、道を塞ぐ肉塊が消えた。




