53.おもいだす
おもいだす?
「小さい頃、一人で遊びに行って、人気のない道で、三界の魔物に出遭った。人から化したばかりの個体。あなたを襲った魔物は、あなたの魔力で、肉体と幽体を吹き飛ばされたの」
ちがうよ。それ、ぼくじゃないよ。
「あなたは何も悪くない。人殺しなんかじゃないのよ。ご覧なさい」
女騎士が、ナイヴィスの肩に手を置き、もう一方の手で、前を指差す。
ナイヴィスは首を横に振り、ぎゅっと目をつぶった。
ちがう。ぼくじゃない。やってないもん。
「思い出してご覧なさい。あなたは王都のみんなを助けたのよ」
ぼく、おおきくなっても、きしになんて、ならないもん。
「今のあなたは、もう大人で【飛翔する燕】の術者よ」
やっぱり、ぼく、きしじゃないんだよね。
喜んで顔を上げる。
女騎士の目は厳しかった。
「あなたは、その強い魔力を活かして、天候を操る学派を修めたの。自然の息吹を感じて、心を静かに落ち着けて、ちゃんと魔力を制御できるようになったの」
ほんと?
「ホントよ。ほら、ちゃんと【飛翔する燕】の徽を持ってるでしょ?」
ナイヴィスの胸元で、銀の首飾りが、確かな重みで存在を示している。手を触れると、ひんやりとして固い。
「ねっ? ホントだったでしょ?」
うん。
小さく頷く。女騎士が頷き返す。
「そして同時に、退魔の魂を振るう魔剣使いでもあるの」
やだ。ぼく、けんなんてつかわないもん。
「怖いの?」
こわいよ。
断言して女騎士を見る。何を当たり前のことを聞くのかと首を傾げた。
「どうして怖いの?」
女騎士が優しい声音で聞く。他に誰も居ない。
だって、ちがいっぱいでたもん……
「あれはもう人間じゃないから、流れてるのは血じゃないのよ。見てご覧なさい」
やだ。
横を向き、目を閉じる。
「怖いと思うのは、結果をちゃんと見届けないからよ」
だって、こわいもん。やだもん……
小さな拳が震える。
問いと答えが堂々巡りする。
女騎士は辛抱強く、幼いナイヴィスに言い聞かせる。
「でも、騎士の私が居るから、今は怖くないでしょ?」
暫しの沈黙。
小さなナイヴィスは、目を逸らしたまま、幽かに頷いた。その目から、涙が零れ落ちる。
「あぁ、よしよし、そんなに怖かったの」
女騎士が、ふわりと抱きしめる。
幼いナイヴィスは、声を上げて泣いた。
「怖かったのね。もう大丈夫、大丈夫よ、もう怖くないのよ」
よしよし、と女騎士がナイヴィスの小さな背を軽く叩いてあやす。
ナイヴィスはその腕の中で、恥も外聞もなく、感情のまま泣いた。
涙を堪えることを思いつきもしない。
どのくらい泣いたのか。
ふと、涙の理由がわからないことに気付いた。
女騎士にしがみつき、しゃくりあげながら、考える。
どうしてこんなに泣いたのか。
どこか痛かったろうか。……違う。
何か悲しかったろうか。……違う。
誰かに叱られたろうか。……それも、違う気がする。
ここには、自分と女騎士しか居ない。誰も怒っていない。
幼子の頭をやさしく撫でながら、女騎士が言う。
「もう大丈夫よ。私がついてるから」
ほんと? ほんとに?
「本当よ。私は、退魔の魂。生きた人間や、真っ当な生き物は斬れないのよ」
女騎士は、ナイヴィスの両肩に手を置き、そっとその身を離す。
「きちんと向き合ってご覧なさい。あなたの破壊の結末を」
ナイヴィスの右手を握り、立ち上がった。そのまま前を見る。
ナイヴィスの前、何もない筈の空間が、王都のあの細道に変わる。
両脇の家は、【巣懸ける懸巣】学派の【防護】の術で守られ、無事だった。
細い石畳の道に、肉片が散らばっている。よく見ると、壁にも貼りついているが、血は一滴も流れていない。
飛び散った肉片は、それぞれが意志を持つ生物のように動いている。
「あれを放っておくとどうなるか、わかる?」
えーっと……けがれやしょうきをたべて、ひともたべて、いぬもねこも、すずめもちょうちょも、おはなも、みんなたべられて……
「そうよ。ちゃんと知ってるのね。偉いわ。あれは、何?」




