51.幼いあの日
薄青い空に蝶が舞っている。
石畳の道に沿って、ひらひら、ひらひら。
黄色い蝶は、丁度ナイヴィスの目の高さを飛んでいた。
ナイヴィスは蝶を追いかけた。
どこかの庭で花が咲いているのだろう。
王都の家々には前庭がない。
中庭を囲んで□型に建っているので、外からでは何の花があるのかわからない。
黄色い蝶は、誘うようにゆっくり、ひらひら、ひらひら。
石畳の大通りから、家と家の間を通る細い道に入った。
ナイヴィスは夢中で追いかける。
人通りのない道をしばらく飛んで、蝶は高く舞いあがった。家の屋根を越え、中庭へ舞い降りる。
知らない道だ。蝶を追って、随分、遠くへ来ていた。
急に日が翳り、心細くなる。
誰も居ない細道を戻る。
人にぶつかって転ぶ。
「坊や、大丈夫かい?」
大人は、大きい。
顔はずっと上。声が高い所から降って来る。
立ち上がっても、届かない。
小さい自分が可笑しくて、ナイヴィスは笑いだした。
くすくす笑いながら、大通りへ向かう。
歩いても歩いても広い道に出られない。
家と家の隙間には、落ち葉や埃が溜まっている。雑妖が漂い、何か話し掛けて来る。
こわい。
気が付くと、ナイヴィスは一人だった。ぶつかった大人も居ない。
日の射さない隙間は、猫の子一匹通らない。鼠が居るような居ないような、よくわからない気配。怖くて振り向けない。
「坊や、かわいいねぇ」
知らない大人の声で顔を上げる。
そのおじさんは、胸から上は、普通のおじさんだった。その下は薄っぺらで、ひらひら風にそよいでいる。
狭い道いっぱいに、肉色のひらひらが広がって、通れない。
「坊や、迷子なんだ。かわいいねぇ」
おじさんはニヤニヤ笑いながら、ナイヴィスに手を伸ばす。指が大きくなり、捻じれながら迫る。巨大な爪には、垢が真っ黒に詰まっている。
「いやぁああぁあぁあッ!」
叫びと同時に目の前が真っ白になる。
目を開けているのか閉じているのか。
何もわからない。




