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卒業制作を抱きしめて  作者: テオ
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解答編03「事件解決」

火サスのように最後犯人に襲われるのは様式美です

二人は階段で上がる。

当然、寿美麻が前で

未留がその後ろに続くという形だ。

殺人者を後ろに歩くことなどできるはずがない。

3階の吹き抜けまで移動したところで、

寿美麻は足を止めた。

転落防止の柵に寄りかかりながら彼女は口を開く。


「警察に自白します。ですからボイスレコーダーを渡してもらえませんか? それがなくともあの場にいた生徒の証言があるから問題ないでしょう?」


距離を置いて立っていた未留は、

躊躇なくボイスレコーダーを寿美麻に放り投げる。

けれど彼女は受け取らずに、

体を横に動かして投げられたそれを避けた。

放物線を描いて飛んでいたボイスレコーダーは、

呆気なく柵の隙間から1階へと落ちていった。


カシャン……


小さな破損音が、静かな校舎に響き渡る。

その音を聞き終えてから


「何故、私が浮気先輩を殺したか聞かないんですね」


はっきりと自分が殺したと口にした。


「別に、私には関係がないから」


何の感情もこめずに答えると、

寿美麻は鼻を鳴らした。


「本当、私はあなたって人が大嫌いです。澄ました顔をして、いつもいつも人を見下したように。そんなに他人が嫌いなんですか?」


「見下してもいないし、嫌いだなんて一言も言っていない。好きではないだけ」


「くっ……! そんなんだから、先輩の気持ちにだって気付けないんです!」


彼女は拳を握り締め、

一言一言に力を込めて叫ぶ。


「先輩はあなたばかり見ていた。どうしてあなたみたいな冷血女ばかり見るの? どうして、私には見向きもしないの? いつもそう思っていた!」


拳を柵に叩きつけ、俯く。


「先輩が1人で学校に来ると知って、私はチャンスだと思いました。今日こそ、ちゃんと気持ちを伝えようって。けれど、やっぱりあなたという存在が、私の邪魔をするんです」


「……」

「本当、生きていてこんなに嫌な偶然って初めてでした。まさか先輩も今日という日に決意を固めていたなんて!」


未留は何も言わなかった。

いや、何も言う事が出来なかった。


「先輩の卒業制作は劇の台本。それはもう、楽しそうに中を語ってくれました。断られてもいいんだそうですよ、自己満足でもいいからあなたに見せたかったですって!」


顔を上げた寿美麻は

自分のしたことに後悔するように泣いていた。


「気がつけば先輩は倒れていました。血が出なかったんで、初めは気絶しているだけだと思ったんですけどそうじゃなかった。死んでいたんです。そう、私が殺してしまった!」


そして、涙を流しながらも、

憤怒の表情で未留を睨んでいた。


「卒業制作は破いてトイレに流しました。あれには先輩の気持ちが込められていた。けれど分かるんです、どうせ無駄だということを。そうでしょう、珈琲未留会長。あなたはどうせ受け取りもしなかったでしょうからね!」


心から溢れる呪詛を叫び続ける。

そうすることで自分の精神を保つために。


「まだ、事件は終わっていませんよ。被害者は1人だけじゃないんですから」


そして新たな犯行を宣言した。

彼女はポケットから折りたたみ式のナイフを取り出す。

ほとんど使われていないらしく、

まるで新品のような光沢を持つナイフは

人を殺すくらい簡単に出来ると一目でわかった。


「こんな時まで余裕の表情だなんて……どこまでも嫌な女」


未留は一歩後ろに下がる。

背を向けることはできなかった。


「あなたさえいなければ、全部、全部うまくいっていたのに!」


ナイフを両手で構え、突き刺そうと迫る。


「望華!」


足元にいた望華は言われるまでもなく、

走ってくる寿美麻に対して駆け出していた。

素早く跳躍し、彼女の顔面を鋭い爪で引っかく。


「っ! 私の邪魔をするなぁぁ!」


勢い良く振り払うが、

望華は空中でバランスを取って難なく着地した。

その隙に未留は距離を稼いでいた。


「逃げるなぁぁ!」


叫びながら血走った目で寿美麻は追いかける。


未留が凶器を前にして

余裕なのには理由があった。

そもそも二人で話したいからといって

わざわざ一対一になる義理などないのだから。


「未留、どけ!」


ステップするように体を横にどけると、

後ろから走ってきた一人の女子生徒が横をすれ違う。

それは階段に隠れていた江戸だった。


突然のことに驚いた寿美麻は対応できず


「せりゃぁぁぁ!」


江戸の持っていた1メートルを越える

モップの柄で胸を突かれ、崩れ落ちた。

二人は向かいあって全力で走っていたのだ。

その勢いでモップに激突した寿美麻は無事では済まず、

床で激しくむせながら胸を押さえていた。

江戸は寿美麻に見えない角度で

ナイフを踏む手首を踏みつける。

力が入らない寿美麻の手からあっさりとナイフが離れ、

吹き抜けへとそれを蹴り落とした。


「ありがとう、江戸。助かった」


「助かったじゃねーっての! 一歩間違えれば死んでたんだぞ!? あーったく。鼓動がまだ収まらない」


いつも変わらぬ様子で礼を言う未留に、

彼女は心臓の部分を押さえながら愚痴を言う。


「ところで……なんでボイスレコーダーをあっさり渡したんだよ。証拠の一つがなくなっちまっただろ」


寿美麻を足で押さえながら、

横目で吹き抜けを見ていた。

その言葉に


「一つじゃないから」


あっさりと言い放ち懐からもう一つ、

先程と全く同じ形のボイスレコーダーを取り出した。

録音中の表示に江戸は溜め息をつく。


「ホント、最後までお前らしくて私は泣けてきたっつーの」


未留の足元に戻ってきた望華も同じ様に溜め息をつく。

遠くからパトカーのサイレンの音が近づいてきていた。





「おいーっす」


江戸が執務室に来たのは事件から3日後だった。

部屋に入るといつも通りスーツ姿の久浪が

椅子に座り書類を睨んでいる。

何故スーツ姿なのかいつも気になるのだが、

彼が自治会に入ってから3年、今更聞くに聞けなかった。


「おはようございます、江戸さん」


「おはよう、久浪。あれ、未留はいないのか?」


部屋を見回すと、

いるのは2年の役員である夏目(なつめ)(なつめ)だけだった。


「いえ、会長室にいます。会長に用が?」


「ああ、ちょっと書類にあいつのサインがいるから。しっかし、あの時もそうだったけどさ、なんで会長室の扉を閉めてんだ? いつもは開けっ放しだろ。ヤニでも吸ってんのか」


「……人に見られると困る書類でもあるのかもしれませんね。江戸さんでしたら中へ入っても大丈夫ですよ」


久浪の表情がいつもより硬いように感じる。

一応は3年の付き合いだ、

彼の穏やかな表情に少し翳りがあることに気付いた。


「えー、江戸先輩は良くて私はダメなんですかー?」


夏目が不平そうに声を上げる。

そんな彼女に久浪は肩をすくめるだけだった。

江戸は首を傾げながら扉を開けた。


部屋に入ると、

最初に目に入ったのが正面の大きな椅子に

座りながら何か分厚い紙束を読んでいる未留。

次に机の上に座る黒猫の姿だった。

黒猫が前足でくいくいっと扉を指す。


「ああ、閉めろってことか」


後ろ手で扉を閉めてから、


「これでいいんだろ、望華」


黒猫に話しかけた。


「うん、ありがとう」


その言葉に黒猫は頷いた。

未留が入学当初から連れている黒猫のことを、

江戸も実は詳しくは知らない。

知っているのは未留と同じ珈琲の姓を持ち、

望華と名乗るということ。

それと妙に賢いということだけだった。

初めて猫に話しかけられた時は流石に目を疑ったが、

今では良い友人(猫?)だと思うようにしている。

望華が喋ることを知っているのは

江戸の他には久浪だけだ。

……言っては何だが、

未留よりもよっぽど人間味があって付き合いやすい。


「で、何で扉を閉めてるんだ?」


疑問に思っていたことを尋ねると、

望華は机の隅にあった一枚の書類を引っ張ってきた。


「ん? これを見ろってか……って、おい……これは」


軽く目を通しただけで、大体の内容が分かった。


「文芸学部の予算……どこでこんなモノを!?」


この書類は学生の自治体の予算ではなく、

学部に回されている予算とその使用用途の明細だった。

簡単に手に入るものではないし、

学生が持っていいものではない。

確かにこんなものがあれば

重要職である久浪や江戸以外に

見せることはできないだろう。

学校側にバレたら退学モノだ。


ふと唐突に思い出した。


『会長は扉の向こうですからね』


事件の時、未留のアリバイを

証明する時に久浪が言ったことだ。

そこで江戸は気付いてしまった。

何故、今と同じように扉が閉められていたかを。


「右腕である久浪に未留が隠し事なんて滅多にしない……ということは、まさか」


「そういうことだよ。他の人間にあたかも未留が会長室にずっといると思わせるためだったんだ。まさか久浪が嘘をついているだなんて誰も思わなかっただろうね」


一見関係なさそうだったピースが

ゆっくりと繋がっていく。

どうして未留は殺人事件なんて一大事に

『警察は呼べない』なんて言ったか……

今なら明白だ。


「文芸祭とかは全くの建前で、未留自身の都合で呼ぶことができなかったのかよ……」


人が死んだのだ、

この部屋も調べられる可能性が高い。

その時にこの書類が万が一にでも見つかれば、

恐らく事務室に忍び込んだであろう未留の立場も危うい。


知りたくもない事実に、頭を抱えていた。


「偶然が重なっちまったのか……。でもよ、どうしてこの書類が必要だったんだ?」


「元々、ここが作家や芸術家を輩出するために作られた学部なのは知っているよね? けれど創設されてから5年、未だに目に見えた大きな成果はない」


「まあ……確かにそうだよな」


「緑ヶ丘という総合大学へ行くよりも、違う専門学校や芸術大学に行った方が結果を出せる……そう思われても仕方がないよね。けれど大学としては当然として生徒はたくさん来て欲しい。このままだといつかは学部の規模の見直しにもなりかねない」


江戸には未留が書類を盗んだことと

全く話が繋がらなかった。

それは望華も自覚しているのだろう、

気にせずに続けていく。


「未留もね、この学部の自治会長として色々と打開策を考えてきた。そのうちの一つに文芸祭の成功……今までよりもっと派手にアピールできるくらいにね。だからここ最近はそのことで手を尽くしてたんだけど……」


「それは知ってるっての。一緒にやってきたんだから。早く問題部分を言えよ」


「結論はこう。偶然、不明瞭な金の流れに気付いてしまった。こんな厳しい情勢下だと言うのに、どうも誰かが、あるいは学部ぐるみで資金をピンはねしてる可能性が高い。この推測が正しいかどうか、確かめるために未留は動き始めた」


「……全く、面倒ごとが好きな奴だな」


「未留は、自治会長だから……」


江戸はやれやれと未留に視線を向ける。

先程の話が聞こえていなかったはずはないのだが、

どうも手元の書類を見つめる彼女は

心ここにあらずといった感じだった。

いつも完全なポーカーフェイスの彼女にしては珍しい様子に、

江戸は声をかけようとするが


「江戸。今は、そっとしておいてあげて」


望華に止められた。


「少し、外に行ってくる」


未留は立ち上がり、

ゆっくりと歩いて書類を持ったまま部屋から出ていった。


「あいつ……どうしたんだ?」


浮気が死んだ時も平然としていたというのに、

何が彼女を悩ませているのだろう。


「未留が持っていたのはね、浮気の卒業制作だよ。事件の日、警察が来る前に浮気の荷物に残っていたUSBメモリーからデーターを久浪がコピーしてたんだ」


「……寿美麻が最後に言ってた台本か。望華は読んだのか?」


尋ねると、黒猫は少しの間、黙っていた。

やがて言葉を選ぶようにゆっくりと話す。


「ある青年が魔女に恋した。魔女は美しく、気高く、いつも凛としていて……そして孤独だった。そんな彼女の横顔に青年はどうしようもなく惹かれていく……そんな話だよ」


「……その陳腐な物語のラストは、どうなっているんだ?」


「未完だよ。きっと事件の日に未留に渡して、そして描くつもりだったんだ」


望華はため息をついた。


「未留はね、自分が誰かに好意を寄せられていたなんて、思いもしなかったんだ。自分はいつだって嫌われ者、そう思い込んできた。だから、浮気の気持ちに戸惑っている」


江戸は我知らずに舌打ちをしていた。


「あいつ……不器用な奴だとは知っていたが、そこまで馬鹿だとは知らなかったぞ」


彼女が出て行った扉を見つめながら、呟く。


「私がいるだろうが。それに望華だって、久浪だっているんだぞ? 他の自治会のメンバーだってお前だからここにいるんだよ。そのくらい分かれっての」


その言葉に望華は笑った。


「それを未留に教えてあげて。きっと驚くよ」


彼女の相棒である黒猫も扉に視線を向け、

彼女のことを想う。



「きっと今頃、卒業制作を抱きしめて、途方にくれているだろうからさ」



卒業制作を抱きしめて~完~



主人公が警察を呼ばなかった理由に関して

「余計だったんじゃない?」とか

「強引だなぁ」とよくよく言われますが……

私も自覚しています!

この当時は、ネタが思い浮かばなかったのです……


割とオーソドックスな推理小説でしたが、

少しは楽しめたでしょうか?


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