ア イ シ テ
「──なにを、やっている」
俺はそう言い、アンベラトの方へ近づこうとした。
しかし、
「っっ」
周りにはアンベラトと同じ甲冑を着た兵士たちが何人も現れていて、その中の一人に捕まえられてしまう。
彼は俺をに壁際まで連れていき、身動きができないように押さえつける。
やっと天井が完全に崩壊されたのが見え、奴らが出てきたところが分かった。
まさか──待ち伏せでもしていたというのか。
「どうやら、うまくいったようだね」
喉にコルク栓が嵌められたような気持ちわるい声が、そう言う。
頭だけ回して見ると、ドアの方に小太りの男がいた。
刃刺の本部で汚いことを抜かしていた奴だ。
彼はアンベラトの方へ歩いてきていた。
妙なのは、彼の瞳のあたりが燐光みたいな光を纏っているということだ。
それは魔術の効果に間違いなさそうで、萌葱色の蛍光を放つ。
つまり、ルィーゼを拘束したリングを呼び出したのは──
「縄師ジェイ・ケインヴィルの真価ってもんだよ。どうだ? 一度かかると、泥鬼だって何の抵抗もできないんだよ? すごいと思わない?」
誇らしげに小太りの男が言う。
アンベラトはうざったそうに、
「分かったから、術、解けないように気をつけな。これ解かされたらここにいる奴ら全滅だからよ」
奴は左手でルィーゼの頭を抑えている。
何も力加減がなく、全力でそうしているのが分かる。
彼女の細かな頭はそれだけでも潰されそうに見えてしまう。
しかし、どうやらルィーゼが動けない主な原因はアンベラトの力の他にいるようだ。
──やっぱりあのケインヴィルと言っていた男の術のせいのようである。
そのリングに嵌められたときから、彼女は毒で麻痺された人のように、すこし痙攣を起こすばかりで、リングに当たっていない足や首の方も全く動けなくなっているのだ。
顔は生気が抜けて呆然となり、さっきまで感情を露わにしていたルィーゼの姿とは大違いである。
「……でも、あのマジメ君なら大丈夫そうじゃない?」
ケインヴィルの奴が俺の方をちらっと見る。
「この泥鬼ちゃんはあの少年のことを本気で想っているみたいだし。お前、さっきのドラマチックなセリフの数々、聞いた? 僕はもう少しで涙でるとこだったよ。ゲフフフッ」
相変わらずの変な笑い声をこぼすのである。
アンベラトは、
「へっ、だから言ったろ? あいつは怪物を引き寄せる引力があるって。人間爆弾ちゃんの後は人喰いの泥の化け物からの寵愛か。はっ! きもちわりーな」
俺は奴らを睨視ながら、
「……お前ら、どこから現れたんだ」
「まさかあんなに証拠が集まっているのに、お前を野放しするとでも思ったのか? 頭が固すぎるんだな、このマジメ君はよ」
嫌みの湛えた笑みとともにアンベラトは話を継ぐ。
「どうもお前のことがあやしくてな、ずっとお前の行先を綿密に追っていたんだぜ。お前のアパートのところから、ここの学園まで。あ、ちなみにここの学園長からの承認も得ているし、ファインもこのことは知っているから、刃刺の独断だとは思わないでくれよな」
……それを聞いた俺は腹からこみ上げる凄まじい気持ち悪さに苛まれた。
俺が監視されていたことよりも、ファインオルド先生がそれを容認したということだった。
彼女だって、やっぱり俺のことを信じてなかったのだ。
「さてと。お喋りはこのへんにして。──」
アンベラトは右手を空中に上げる。
すると──
甲冑の手の甲の部分から、燃え上がる藍白色の大きな刃が出てきた。
──あれはただの刃物ではない。
目撃した途端、俺はそれを直感した。
きっと、あたる全てを一刀両断できるような、恐ろしく、美しい、魔の刃なのだ。
そして今、それが斬ろうとするものは──
いうまでもない。
奴らが拘束している、床に伏せられたあの怪物。
無垢の少女の形をしているが、正体は恐ろしい化け物。
泥鬼、ルィーゼ・プロチェラだ。
*
「──や、やめ──ろ!! ちょっと待てよ!!」
俺は必死になり身じろぎをした。
のたうつように何度も束縛から離れようとした。
が、無理だった。
俺を掴んでいる甲冑の力は人間の範疇を遥かに超えている。
胸元を圧倒的な力でねじ伏せるので、俺としてはそれを払いのけない。
俺にできることなら、ただ両手と両足をジタバタすることくらいだ。
それでも俺は抵抗をやめない。
俺の惨めな抗いにちょっと目をやったアンベラトは、
「……待てれば、何ができるのだ? 何が変わるってんだよ?」
その表情に、哀れのようなものが垣間見えたのは、俺の気のせいだったのか。
「こいつは駆逐すべき害虫なんだ。今ちょっと延命させたって、結局は殺されるようになっている」
しかし、俺はもう彼の語りに耳を傾いていない。
俺の注意を完全に攫っていたのは──ルィーゼの口だった。
「──」
ろくな動きができず、ただ引き攣りみたいなびくつきが今の彼女ができるすべてだった。
その微力をもって、ルィーゼの口は今、何かを発せようとしていたのだ。
俺はその模様を見て彼女が伝えようとすることを推測するだけだ。
わずかに見取ることができた音節は──
『ア』
『イ』
『シ』
『テ────』
「──違いといえば、こいつ以外の人命がもう何十人犠牲になるということだけだろ。……だから」
アンベラトは右手をさらに上げた。
「──今すぐ、排除する」
そして、刃を下ろした。
❖ ❖ ❖
しかし、
「────」
その場に居た全ての人がピタッと動作を止めてしまう。
想像もしなかったところから轟音が聞こえ、皆の注意を万遍なく引きつけてしまったからだ。
その音は、銃声。
その根源は、俺の右手。
「……はあ、はあ」
震える手先で、俺はどうにか鉄の塊を握っていた。
その先から、火薬からの微かな煙があがっている。
──俺は『放出機』を以て『特撹弾』を撃ったのだ。
その狙う先は、アンベラトではなかった。
『縄師』ジェイ・ケインヴィルである。
「……えっ、え、え……」
小太りの男は状況が飲み込めなく、自分の脇腹のあたりに手を当てた。
そこから血が流れ出ていて、止まらない。
しかし、それだけではない。
俺の可能力特性『反転』の撹拌された発現が続く。
「こ、これ、なんだ────ッッッッッ」
元から変な声色が、更におかしくなる。
機械でひどく変調された音声みたいになり、鋭い金属系の音と化す。
それとともに明滅が起こった。
ああ、その時点で、俺は確信した。
あの汚い男の死亡は確定されている。
だから、彼の術も効力を失ってしまうはずだ。
俺の手から力が抜けて、放出機を逃してしまった。
木製の床に重たい金属が落ちて、うるさい騒音を鳴らす。
アンベラトの視線は明滅するケインヴィルに釘付けになり、
「お、おい、どうなってんだ、これは──」
そう呟こうとした。
だが、
「──アアアッッ!!!」
情けない声を上げて、空中へ飛んでしまう。
一瞬、なにが起こったのか分からなかった。
しかし、飛び上がったアンベラトが壁の方へ墜落し、壁を壊した時、
「──」
床から起き上がった者の姿を見て、全てを理解した。
──ルィーゼ・プロチェラが、怒りの形相を浮かべて立っている。
汚れた白のワンピースの裾とピンク色の髪はなお窓からの光風にさらさらとなっているが、それが描く情趣はのどかさとは程遠い。
その全貌に纏う、周りの空気に漂う臭いは──破壊の前触れにひどく似ていた。
彼女の足元には既に死に至ったケインヴィルが横たわっている。
彼女の後ろの壁際には一撃に意識不明になったアンベラトが倒れている。
そして、残りの兵士たちも二人と似た羽目になることは明白に見えた。
「────」
周りを睨むルィーゼは何も喋らない。
しかし、言わなくても伝わることはあるものだ。
そのエメラルドの瞳がメッセージを語っている。
いちいち細かな単語を引き出してそれをはっきりと成文することなど、無意味だ。
俺はただ曖昧にその意志の方向性を感じるだけだ。
その場の全員は似たような感覚を受け、確かな脅威を感じたと思う。
俺の胸元を抑えていた兵士が震えていることが伝わってきた。
彼の右手を見ると、さっきアンベラトが生やしていたのと同じ光る刃を手の甲に装着している。
そして、
「ち、ちくしょ────!!!」
そんな言葉とともに、彼は俺を粗雑に壁際に投げ捨てる。
「──」
俺は背中に大きな衝撃を受けた。
混乱した状態だからはっきり言うことなどできないが、頭の方にも鈍重な打撃を感じたと思う。
すると、最後まで全てを目撃したいと思う俺の意志とは真逆に、
「っ、はあ────」
だらけた音を口から吐いた。
そして、急激に意識が遠のくことを感じた。
「ロゴス────」
*
……完全に昏倒状態に陥るまえ、最後に見たのは、
あのか細い少女の方へ近づける大きな甲冑の背中。
それには全く構わず、ただ倒れるこっちだけを見つめているルィーゼのエメラルドの双眸。
そして、その後は──
全ては真っ黒となった。




