⑨充実という世界
私に彼氏がいたことを知っても、変わらなかった。特にオジサンの態度は、変わらなかった。
オジサンは、私のことが好きではないのだ。今まで、誰も好きになったことがないのだ。
それなら私が、誰とどうしていようと関係ない。そういうことだ。
私は、未知らしい。私みたいに、積極的に寄ってくる女子は、今までにいなかった。そう、オジサンは言っていた。
だから、まだ可能性はある。もう、可能性しかない。未知には、恋が落ちているかもしれない。
リビングの、安く買った柔らかめのソファに沈む。そこで、紅茶を前のガラステーブルに置き、スマホを弄った。
オジサンの職業を、私は知らない。だから、元カレとの関係も分からない。
マグカップを、持つ手が進む。ちびちびと、琥珀色を口に流し込んでいた。
男性も女性も、同じ対応と気持ちで行ける。それが、オジサンの特徴だ。
他の人との会話を、お店で見たことがある。私の同僚なのだが。それは、全く私と同じだった。同じやり取りの仕方だった。
さりげない褒めや、別世界にいるような発言。それに挙動不審さも、こぼしていた。
そんなオジサンだから、好きになったのかもしれない。紅茶はなくなり、赤さだけが底に残った。
みんな、同率一位だと言っていた。私もオジサンの一位だし、元カレも同率一位ということになる。
ソファに沈みすぎたので、座り直した。接地面を、背中からお尻に戻した。
単独一位は狙わない。恋を強要しない。私も他の人と、それほど差がないように接する。そう、決めようとしていた。
テレビ電話をかけた。
「はい」
「突然、すみません」
すぐに声がした。遠すぎる全身のオジサンが、画面に映った。
「前髪、少し切りましたよね。幼く可愛くなりましたね」
「ありがとうございます」
久し振りに、オジサンに褒め言葉を貰えた。キュンとなった。
「あの。元カレさんが、三人で会いたいと言っていましたよ」
「ああ」
言葉に詰まった。オジサンと喋っているのに、元カレが再び、脳にやってきた。
「やり直したいみたいです」
「そうですか」
申し訳ないと感じた。オジサンに、今も心配をかけてしまっている。
「僕は恋が出来ない人なので、アドバイスは出来ませんけど。どうしますか?」
会いたいはずがない。未練がある男性を、よくは思わない。
「元カレには、もう会いませんよ。苦手なので」
「そうですか」
「最初と全然、態度が違くて。あなたと接している彼とは、別人ですよ」
「分かりました。あなたの気持ちが、一番ですから。断っておきますね」
「はい、お願いします」
「はい」
「あの。ひとつ、聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「どうぞ」
「仕事は、何をしているんですか?」
「作家のような、記者のようなものです。元カレさんは、出版社ですから。少し仕事を一緒に」
「そうでしたか」
元カレのせいで、真の心で話せなかった。モヤモヤして、ふわふわとしていた。オジサンもたぶん、ツマらなかっただろう。