表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/10

④奇跡という世界

 店は営業を終えた。ソファに何かある。スマホだ。そこは、オジサンが座っていた場所だ。ということは、オジサンの持ち物か。そういうことになる。

 オジサンが、忘れ物をしていた。届けたいけど、仕事はまだある。片付けなどが残っている。抜け出せるほど、暇でもない。頭も心も、オジサンでいっぱいだった。


 オジサンのスマホ。オジサンのパーソナルが詰まった、青いスマホを持ち上げる。覗きたい気持ちが出てきた。でも、踏み込みたくない気持ちが、前に出た。

 そこは私にとって、有益な情報だけではない。求めていないものまで、見てしまうこともある。オジサンの知人に、落とした連絡だけならと、離したスマホをまた持ち上げる。

 でも、無理に連絡しても、良いとは思えない。やめよう、と心が言った。


"カランカランコロン"


「すすす、すみません」

「はい」

 オジサンだった。オジサンが、忘れたスマホを取りに来たのだ。連絡先を聞けなかったから、会えて嬉しかった。

 しかし、ここからの未来は、想像が追い付かない。時間がない。このままではオジサンは、すぐに後ろ姿に変わってしまう。


 ドアの奥の世界に消えたなら、ゲームオーバーだ。今度こそ、一生のサヨナラになってしまう。

 厳しい先輩も上司も、今はいない。ちょうど、どこかに行っている。私の声の届く範囲には、オジサンしかいない。チャンスとばかりに、ストレートに気持ちを伝えた。


「今度、一緒にどこか行きませんか?」

「えっ、僕に喋ってますか?」

「はい」

「統計学から、外れてますね」

「ああ」

 とりあえず、誘ってしまった。好きなものも場所も、カット中はほとんど話さなかった。だから、趣味などの接点はほぼ分からなかった。

「話をしたら、友達として合うなと思いまして。お願いします」

「いいですよ。連絡先交換しましょう」


 オジサンは、胸ポケットからメモ帳を出した。そしてそこに、太い銀色のボールペンを走らせていた。華麗にキャップを閉じると、紙を手渡しして、すぐ去っていった。

 行動がオジサンだった。今どきの連絡先交換ではない。それが、逆に面白かった。


 思いきって、デートに誘ってよかった。他の人がいないときで、本当によかった。

 でも、私には彼氏がいる。そのことを、排除していた。すっかり、消し去っていた。フリーのつもりで、アクションを起こしていた。

 彼氏と、別れられない雰囲気。それが、私の心に張り付いている。今の脳で再生されているのは、オジサンの去り際のリピートだ。それだけだ。


 私から連絡しないと、一生始まらない。オジサンからの連絡は、受けられない。

 私は、ずっと握り潰していたメモの紙を、ポケットにしまった。ファスナーのついたポケットに、大事にしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ