122’.高等部はじまります~side other~
「と、いうわけで今年から高等部の指導要領を大幅に変更するからよろしくね」
「待って、全く意味がわからない」
オーギュストはにこにこと、まるでこの日の天気がよかったとでも言うような発言はアルバートの脳髄を貫くに十分な衝撃があった。
「近年の魔力量が減少しているし魔道具を使わないと魔法が使えないってやっぱり有事のときに困るからね。クラティオも何考えてるかわかんないし対策って必要だと思う」
「そりゃ魔道具無しで魔法が使えた方が便利だけどさ…急すぎないか?」
ハロルドは静観を決め込み、オリバーは既に心ここに在らずといった具合だ。
何か意見できるとしたらアルバートしかいないのである。だから律儀にオーギュストの一方的な決定事項にも口を挟む。
「あとこの件は陛下も了承済みだからあとは学園側との調整をするだけなんだ」
「そりゃ用意がいいことで…」
「まぁ僕の指示ってことは伏せないといけないからちょっと面倒だよね」
「だがオーギュストが主導だとわかれば先生たちもやりにくいだろうからな」
「そういうわけだから各所フォロー頼むよ」
「…ねぇ…僕の話聞いてる?」
知っている。
オーギュストがこのようにアルバートを無視するのは大概何かバレたくないことがあるときだ。
おおかた無理に高等部のカリキュラム変更を押し通したことだろうと、ユリウスは小さく溜息をついた。
「皇帝陛下も近年、魔法への関心が下がっていることを憂いておられた。学園から魔法式を使った従来の魔法形式が必須科目ではなくなってから長い」
ハロルドが話の軌道をただす。こういうとき年長者がいてくれるのは助かる。何せ今この部屋、オーギュストの執務室にはオーギュストを止められる人はハロルド以外いないのだ。あまりにダンマリを決め込まれるといい加減アルバートが可哀相だった。
アルバートのことをオーギュストは徹底的に無視しているし、オーギュストの長年の側近、オリバーは疲れ切った顔で遠くを眺めている。オリバーは昨年の誘拐事件では王都の動きを逐一報告したりオーギュストの無茶を誤魔化し情報操作に奔走したりと働き詰めだったのだ。もはやオーギュストを止めるだけの気力はない。
ユリウスも自分がどうこう言えるとは思っていない。剣の腕には自信はあるが口がでは敵わないのだ。
アルバート、散ってくれ。
「そういうこと。魔法がいくら使えてもいざというとき魔道具がなくて何もできませんってわけにはいかないからね」
いざというとき、というのは昨年の夏に起きた誘拐事件のことを指していることは明白だった。オーギュストたちは確かに助かったが、誘拐され行方不明になった子どもたちは把握しているだけでも10を超える。その子どもたちは結局どこへ連れ去られたかわからぬままだし、死体すら上がっていない。
クラティオに存在しないはずの魔力をどうして兵器に使うことができたのか。
考えるまでもなかった。
捕らえた犯人はただ子どもたちを誘拐し売っているだけの矮小な実行犯で、大元にはたどり着けないまま終わった。
クラティオが絡んでいることもわかってはいたが、それだけでは犯人を特定することは難しく、クラティオに抗議をいれたところでクラティオから持ち出した兵器を使っただけとシラを切られるだけだった。
それならせめて魔道具がなくても魔法を使い抵抗できたら被害はもう少し抑えられただろう。
「過去のカリキュラムをベースに設定しているがまだ初年なんだ。来年も続行できるかは今年の結果にかかっている。皇帝陛下の憂いを払うためにもよろしく頼む」
「オーギュスト様がお望みとあればもちろん答えよう」
「はぁ…結果は残すよ…」
かくして、高等部の新学期を目前に魔法学に関するカリキュラムは急に変更を余儀なくされたわけだ。
これが今年進級するオーギュストの命令であるとなると、第二皇子派にいらない邪魔をされかねないことから皇帝陛下からの勅令とするようハロルドに動いてもらった。実際、正式な公布の前段階で第二皇子派から妨害が入り新学期の3ヶ月前の発表となってしまった。
その結果、振り回されたのは教育現場である。
魔法に関する科目が増えたことで教員の確保、指導要領の変更、教室の割り振り等…3ヶ月でそれら全てに対応することになった。
急な変更に振り回されたのは学園に通う学生も同じだった。
貴族の子息令嬢というのは学園に入る前にはすでに家庭教師からみっちり学園で習うべきことを全て叩き込まれている。
当然試験ではいい結果を残すし、学園には勉強をしにきているというより社交のために来ているという方が正しく学園で真面目に学ぶということはない。
だから金に余裕のある親たちは新学期が始まるまでのこれまで片手間に済ませていた魔法学を子どもたちに叩き込むことになり、魔法学に詳しい家庭教師の取り合いが起きたのだ。
ちなみにこの大騒動を引き起こした張本人、オーギュストは元々魔法学に明るく、皇族の所有する書籍と夏に見つけた古い資料を元に自力で学んでいた。一応、と用意した家庭教師が「私があなたに教えることはなにもありません」と投げたほどだった。
メアリーとアルバートはスティルアート研究所に所属する研究者たちが嬉々として教えられたらしい。
お抱えの研究者がいるという噂をどこかから聞きつけた貴族たちがどうにか人を回してもらえないかと依頼が殺到したことで別の意味でハロルドが悲鳴を上げていた。研究所は現在メアリーとアルバートの所有なのだ。ハロルドに話を持ってこられても困るのだという。
なおユリウスもアルバートに頼んで家庭教師を紹介してもらっている。
「しかしオーギュスト、夏の誘拐の件、これで済ますつもりか?」
「まさか。たぶんあっちも焦っているだろうからね。次の手に打って出るはずだよ。それまで待つ」
オーギュストがにやり、とまるで獲物を狙う猛禽類のような目をしていることをユリウスは見逃さなかった。自分の王国に土足で上がり込んだうえ、勝手をされたのだ。オーギュストが許すはずもない。
じわじわと逃れられない証拠を押さえて一網打尽にするつもりだ。オーギュストは爽やかな印象とは裏腹に非常に執念深い人間だ。ただ印象を作るのがうまいだけ。
「まぁ、時間の問題だと思うよ。既に手は打ってある」
「おそろしーことを言うなぁ」
「うん。相手がちょっと厄介だから時間がかかったけどね」
「え?もう目星はついているのですか?」
夏の誘拐事件にはクラティオの絡んでいる。
しかし隣国とはいえ易々とクラティオの人間がアルテリシアに入り込んで事件を起こしたわりに事件は大きくなっていない。
貴族の子どもが被害にあったらすぐにでも大きな話題になるというのに10を超えるまで話題にすらならなかったというのはおかしな話だ。
オーギュストが動くまで警備兵も騎士団も誘拐事件には深追いするなと上から厳命されていたという。
つまり裏で手引きしている人物がいる。それもアルテリシアで大きな影響力をもつ人物が。
「あれ?ユリウスに入ってなかったっけ。おそらくだけど…」
オーギュストの口から告げられた黒幕の正体に思わず限界まで目を見開いた。