第二話 再会のその裏で
『負ける気がしないね』『負ける気がしねえ』
出会いの再演とともに、再会を果たした僕とハヤテ。
周囲は敵に囲まれ、さらにライカは囚われている。
「ジンヤ、お前また囚われのお姫様救出作戦か? そこまであの時と同じにしなくてもよ」
茶化すように笑うハヤテ。
彼の言うとおり、出会ったあの日も同じ構図だった。
「……あの娘、もしかして《約束》の?」
「うん……大切な娘なんだ」
「…………マジか」
静かに呟くと、ハヤテの眼光が研ぎ澄まされた。
腰から刀を引き抜いた。
腰のベルトには左右合わせて二刀。まずは左の刀から抜刀。
翡翠の刃が顔を見せる。
「テメェらよ……ただでさえ女さらって、縛って、そんなクソみてーなことしてる時点で許せねえボケカスのくせによ……それがダチの女ってなったら、さすがに俺も、ちょっと手加減できねえぞ……」
苛立たしげに、何もない目の前を一閃。
直後。
倉庫内に凄まじい烈風が巻き起こった。
こちらを囲んでたうち、正面に立っていた数人が吹き飛び、壁に叩きつけられる。
断続的に衝撃音が響き、僅かに間を置いて壁に叩きつけられた男達がぼとぼとと地面に落ちていく。
ハヤテ自身の属性は風。そして恐らく、彼の魂装者も……。
「さーて……いくか、ナギ! 大したことねえヤツらだ、さっさと終わらせるぞ!」
彼の言葉に呼応して、彼の背後に霊体の少女が現れる。
真っ白いワンピース、刃の翡翠と同じ色の髪が腰まで伸びている。憂いを帯びた瞳。どこか儚げな少女だった。
「やろう、ハヤテくん……わたしもこんな酷いことする人達、許せないよ」
少女は儚げな雰囲気を纏っているが、声音には強い意志が宿っている。
「ハヤテ……その娘……!」
「ああ……こんな形で紹介すんのはどーにも癪だが、まあそういうことだよ」
「だったら、キミも……!」
「も、っつーことは、そういうことか! ま、こいつらぶっ飛ばしたらその辺語り明かそうぜ……そんじゃ、さっさとお姫様助けてこいよ、ヒーロー!」
空いている左手を振り上げると、ふわりと僕の体が風に巻き上げられる。
そのまま、囲んでいた男達の頭上を越え、包囲から逃れる。
あとはライカの下へ一気に駆け抜けるだけだ。
焦ってこちらへ放たれる炎弾や水弾。だが話にならない。龍上君の雷光斬撃に比べれば、止まっているも同然だ。
ライカを巻き込まないよう、敵の狙いを調整しつつ躱し、追撃の手が緩む隙を見て一気に距離を詰める。
「ライカ!」
「……ジンくんっ!」
彼女の瞳は潤んでいた。
「ごめん、ライカ……すぐ終わらせるから……」
一体どれだけ怖かっただろう……その表情を見て、怒りが赤熱する。不甲斐ない己へ……そして、こんなことをしたヤツらへの怒りが。
「《魂装解放》――《迅雷・逆襲》」
鎖がぶつかる音が響く。ライカを縛っていた鎖が、彼女の体が消失したことにより、戒める対象を失って虚しく吊り下がった。
トリガーのついた納刀状態の刀を腰を帯びる。
再び襲い来る炎弾や水弾を躱し、接近――抜刀、一閃。
迅雷一閃を使うまでもない。敵の刀を切り上げ、大きく上に弾く。
無様に万歳でもしてるような格好になった相手の顎に掌底を叩き込み意識を刈り取る。
同じ工程を何度か繰り返すと、僕の周りには気絶した男が溢れた。
ふと周りを見渡すと、敵の数がかなり減っている。少なくとも二十人程はいたはずだが、残すはハヤテの前方に五人のみ――いや。
「使えねえやつらだ……」
声がするが、姿の見える五人は誰も口を開いていない。
となれば。
「テメェみてーな卑怯なクソボケの下に集まったやつらだからな、そりゃ使えねえに決まってんだろ」
ハヤテが皮肉を飛ばして口元に挑発的な笑みを浮かべる。
「精々粋がってろ、今のうちだぞ」
「ああ、テメェが倒れる時まで存分にイキがらせてもらうわ! そんなセリフ吐いてる時点で手遅れなんだよ、テメェは!」
何もない空間から突如ナイフが出現、飛来――。
ハヤテは刀をナイフが到達する先に添える。
キンッ、と澄んだ金属音が響き、地面にナイフが転がった。
「残念だけどな、そんなナマクラ、目ぇつぶってても当たんねえぞ?」
直後――二度の金属音。
地面にナイフが二本落ちた。
何もない空間から出現するナイフを。
ハヤテは、宣言通り、目をつぶったまま防いでいた。
相手からすれば恐ろしい光景だっただろう。
敵の能力は自身の透明化。
加えて、持っている武器も、手に触れている間は透明に出来るのだろう。
ならばナイフを投擲しても、指先を離れるまでは不可視。つまり、攻撃のモーションを完全に消す事ができるのだ。
僕にハヤテと同じようなこと――完全に『起こり』が見えない技を、目をつぶって防ぐなんて芸当は出来ないだろう。
この芸当には、ハヤテのある能力が必要だからだ。
「っつーか、運ねーよなテメェ……俺との相性、最悪だぞ」
刀を振り上げるハヤテ。
相手の姿は見えていないはずだ。
だが――
「だってよ、見えようが見えまいが、関係ねえだろ」
横薙ぎに翡翠の刃を振るう。
残っていた五人の男が壁に叩きつけられる。そして、直後地面に落ちた男の数は……六人。
そう。
関係ないのだ、透明になったところで、ハヤテの風から逃れることは出来ないのだから。
この倉庫のどこにいようが、彼がその気になればまとめて吹き飛ばせばいいだけの話なのだから。
姿を見せた透明化の男が立ち上がる。恐らく男の部下だと思われる者達は全員伸びているが、彼はその者達よりは出来るようだ。
「ジンヤ、パス」
くい、とハヤテが手招きすると、風によって透明化の男がこちらへ飛ばされてくる。
勝負が見えていたため、納刀していた僕は、右手を握る。
「この拳の意味、わかりますよね?」
「ああ? なにいってんだてめえ――」
透明化の男は、風に運ばれふらつきながらも、こちらへ襲い掛かってくる。
「僕の女を、泣かせた分だよッ!」
拳が男の頬に突き刺さり、まるでこちらへ風で飛ばされた軌道をなぞって、巻き戻されるように再び壁に叩きつけられた。
「宣言通り、テメェが倒れるまでイキがらせてもらったぜ」
ハヤテが倒れた男に向かって吐き捨てる。
「よっしゃ、掃除完了ー、俺ら最強ーっ!」
ハヤテが掲げてきた手に、こちらも手を打ち付ける。
パシンッ、と小気味いい音が響く。
ハイタッチ。そして。
「改めて……久しぶり、ハヤテ」
僕は右の拳を差し出す。
「おう、一年ぶりだな親友」
こつん、と拳をぶつけ合う。
僕らの再会は、二人で成し遂げた勝利に飾られた。
□ □ □
足を引きずる。
足を引きずる。
皮が破けて、血が出て、床に赤色の線を引いてもなお、足を引きずる。
足が震える。
震える。
あの日の恐怖が、蘇る。
鋭い痛み。
怖い――怖い、怖い、怖い…………弱い自分に負けるのが、怖い――ヤクモの脳裏を、恐怖が埋め尽くしていく。
「先輩、もうちょいっスよ! 頑張って!」
声がする。応援。最近出来た、可愛い後輩の声だ。
ヤクモは顔を上げる。左右の手すり握り締めて、立ち上がる。
視線の先には、赤髪の少女――キララがいる。
「おおおお――――っっ! やったじゃないスか! 新記録!」
鋭い犬歯を見せて、人懐っこい笑みを浮かべるキララ。
キララがリハビリの度に応援に来るようになってから、見違えるように進歩し始めた。
彼女が来る前は、正直もうやめてしまおうかと思っていた。
『責任を取れ! 私にもう一度夢を見させた責任を! 夢を見てしまうだろう! 一度は否定した、馬鹿な子供ような夢を! キミがそうまでできるなら……私だって、もう少し頑張れるかもしれないとッ! 思ってしまうだろうッ! だから、立てッ! キミがそいつに勝てるのならば! 私だって、何度でも立ち上がるからッッッ!』
ジンヤにあんな大口を叩いたのだ。
それでやっぱり無理でしたなんて、あまりにも情けなさすぎる。
だが、そこまで情けなくなってしまうほどに、リハビリは辛かった。
もう一度歩けるように。
もう一度、騎士として戦えるように。
彼の憧れを背負える騎士に、もう一度。
ジンヤがくれた決意を、キララが後押ししてくれる。
わからないものだ。
かつてキララは、才能があるものは全てだと言い切り、ヤクモを才能がないくせに惨めに足掻く者だと言っていた。
それが今はどうだろう。
「やったっスね、ヤクモ先輩!」
ぐっとガッツポーズしてくるキララ。
(……犬っぽい)
それも忠犬だ。尻尾があればさぞ盛大に振っていそうだ。
これもあの少年の影響か。
変わりたい。
弱い自分から。
そしてもう一度――。
そのために、目の前の一歩を強く踏みしめようと、ヤクモは誓った。
大丈夫。
この可愛らしい後輩に見られていると、どうにも逃げたくなる弱気な自分ではいられないのだ。前に。前に。ヤクモはさらにこれまでの記録を更新して、大きく前に進んだ。
□ □ □
薄暗い教室だった。
「……ふざけた真似を」
教室後方の席に座る少年。
端末に表示された情報に目を通して、その赤髪の少年は不機嫌そうに呟いた。
「なになに? どーしたよ? なんかやなことあった?」
不機嫌そうな少年に話しかけるのは、机の上に座っている青髪の少年だった。
「……《ゴースト》が捕まった」
「はぁ? マジ? なんで? ダッサ。っつかアイツあの能力で捕まる? 捕まんないのだけが取り柄なのにさ、ダッサ。情けねー」
「……『刃堂迅也』か……脅威評価を上方修正する必要があるかもな」
「そいつ強いの?」
「能力値だけ見れば屑同然だ、貴様の餌になるとは思えん」
「んだー、じゃあ興味ねえー……つまんねー、つまんねー、つまんねー……なあ、アグニ、ちょっとバトろーぜー……なー、……暇、暇すぎて死ぬ……」
「悪いがそれどころではないな。計画に修正がいる」
「えー、えー、えー……いいよ計画とかさぁ……バトろーバトろーバトろー……」
「少しは我慢を覚えろ、レイガ。……ここで我慢しておけば、この先貴様を満たす相手と見えることはあるだろう」
「マジ? じゃーしゃーねーかー……あーあーあー、バトりてえ戦いてえ楽しい楽しいギリギリのスリリングな戦いがして――――な――――…………」
ガタガタと座った机を掴んで揺らし始めるレイガと呼ばれた少年。
「……」
アグニと呼ばれた赤髪の不機嫌そうな少年はそれを見て小さく嘆息。
「こんなふざけた真似をするのは、大方あの道化だろう……」
透明化の能力を持った男――通称《ゴースト》の動きは、計画の外にあった。
こういったイレギュラーは大抵あの男が絡んでいる。
「《騎士団》には不要な男だ、ヤツもいずれ俺が消すことになるだろうな」
「えー? オレがやりたいー、《ピエロ》とならぜってー超面白くバトれる、アイツのこと嫌いだけど、アイツ強ぇーし」
「悪食だな」
「好き嫌いはしねーの」
「まあいい、時期が来れば許可してやる。今は待て。そろそろ動くぞ、各学園で彩神剣祭の出場者が決まる時期だ、これから忙しくなる」
「楽しみー……楽しみ楽しみ楽しみー……はやく始まんねえかなぁー、楽しみだなあー」
二人の少年は教室を後にする。
全ての騎士が憧れる神装剣聖――それを決める騎士の祭典、彩神剣祭……その裏で、静かに謀略は胎動していた。
彼らの名は《炎獄の使徒》。
《ガーディアン》のブラックリストに危険度Sランクとして記載される凶悪な犯罪組織。
赤髪の少年――赫世アグニは、その組織のリーダーだ。




