第三話 儚げな少女
ライカが何者かに連れ去られるという事件の日から、数日が経った。
《ガーディアン》の取り調べによると、犯人達は熱狂的な彩神剣祭のファンで、贔屓の選手の有利になるよう、出場を決めている騎士を襲っていたらしい。
……どうにも引っかかる。
それにしては、都合がいいというか……あの透明化の男。街中で人を拐うのに打ってつけの能力を持ったあの男は、まるで誰かの意図であそこに配置されたというか……。
裏で糸を引いている人間がいる気がするというのは、考えすぎだろうか。
いや、用心しすぎということはないだろう。
僕の考えが足りなかった。彩神剣祭に出場する以上、こういうことが起こる事を想定しておくべきだったのだ。
「それじゃ行こっか、ジンくん」
とんとん、とブーツのつま先で地面を叩くライカ。僕も靴を履いて、後を追う。
あの日から、ライカはしばらく僕の家に泊まっている。
……もちろん、特にやましいことはない。
付き合ってはいるけども……そういうのは、まだ早いし……。
これはそういうことではなく、安全のためだ。
僕とライカが常に一緒にいれば、例え魂装者を持った騎士に襲われたとしても対応できる。
犯人は捕まったが、これで全てが終わったとは思えない。杞憂であってくれれば、それでいいのだ。
今日はライカとまたデートに出掛ける。
あの日台無しにされた分の穴埋めで、仕切り直しだ。あの日の犯人達に仲間がいて……なんて可能性もあるが、その点は大丈夫だ。
理由は二つ。
まずライカと僕が常に一緒にいること。
そして、今日のデートは、Wデートというやつだということ。
「ライカ」
彼女の名前を呼んで、手を差し伸べる。
……彼氏ならば当たり前なのであろうそんな動作に緊張する。
ライカは目を丸くして、僕の手を見つめた後、頬を赤く染めた。
「僕から離れないでね」
「……うん、離さない」
ぎゅっと握り返される手から伝わる温度を、僕は絶対に離さないと誓った。
□ □ □
再会してからのジンヤは妙に男らしくなっていた。それが付き合ってからはさらにだ。
どこまで格好良くなるんだろう……そんなことを考えるのは、付き合いたて特有の、彼氏が何をしても格好良く見えてしまうような状態だからだろうか。
ライカはそんなことを考えながら、ジンヤの横顔を盗み見ていた。
思い出すのはあの日のこと。
見知らぬ男に拐われ鎖に繋がれた。怖くて怖くて仕方がなかった。
(……でも、ジンくんは……私のヒーローは、すぐに助けに来てくれた)
助けられた後、ライカはジンヤの家に来ていた。
怯えていたライカをそのまま一人にするのは嫌だったと言っていた。
ライカも同じ気持ちだった。離れたくなかった。もう大丈夫だとわかっているのに、それでもまたいつ突然あんな目に合ってしまうのかと、悪い想像が止まらない。
「ごめん……ライカ、本当に、ごめん……」
「……ジンくんは悪くないよ」
「それでも……ライカをこんな目に合わせて、僕は自分が不甲斐なくてしょうがない……ッ!」
ジンヤの声は震えていた。
やり場のない、出口のない後悔だ。彼は何も悪くないとしても、それでもライカが傷つけば、己を許すことはできないのだろう。
だから。
ライカはそっと、ジンヤを抱き寄せる。
「いいんだよ……ジンくんは、ちゃんと助けてくれたし、これからも守ってくれるでしょ?」
「ああ、必ずだ」
「なら、いいの……なんか、不思議だな……私、こんなふうに思うんだ……」
「……え?」
抱きしめていた腕を解いて、ライカは照れくさそうに顔を逸らす。
「私ね、騎士になれないのが嫌だったでしょ? ずっと、自分が強くなりたかった。……昔はあんまり、自分が女だって、自覚もなかったし、男の子に守られるのだって嫌だった。男の子より弱いのが、許せなかった。なのにね……」
一呼吸置いた。
様々な気持ちがライカの胸に去来する。
小さい頃から、ずっと抱えていた気持ち。
男には負けたくない。
強く在りたい。
騎士になりたい。
守られたくなんかない。
ジンヤには、負けたくない。
女らしさなんて、知らない。
神装剣聖になりたかった。
しかし。
自分は女で。
自分は魂装者。
自分の望みは、絶対に叶わない。
でも。
それでも。
抱えていた歪み。
抱えていた悩み。
歪みが溶けていく。
悩みの答えが出る。
(いいんだ……私は、これでいいんだ……)
「なのにね……ジンくんに守られて、私はそれでいいと思ってる。これから一生、ジンくんに守られる私で、いいんだって……」
女らしさなんてわからないと思っていたはずなのに。
ジンヤが格好良くなるほどに、ライカは自分の中に『女』を見つけていっていた。
「……ごめん、重かったよね一生なんて、えへへ……私、重い女だ」
照れるように柔らかく笑うライカ。
「いいや、背負うよ。軽々しく言えることじゃないけど、でも……背負うと誓う。キミの一生、その重みにふさわしい男になる」
再びライカを抱きしめるジンヤ。
「……やっぱり、かっこいいなあ、ジンくんは」
きっとこれから自分は一生この男に守られる。
そして、どんどん女らしくなってしまうのだろう。
でもそれは嫌じゃない。
むしろ。
それは一体、どれだけ幸せなことなのだろうと。
ライカはその気持ちを、ジンヤの腕の中で噛み締めた。
□ □ □
『どうせならダブルデートにしねえ?』
ハヤテはジンヤにそんな提案をしていた。
予てからジンヤとハヤテは、互いの想い人を紹介する約束をしていた。
その約束も果たせて、なおかつ台無しになったジンヤとライカのデートの仕切り直しにもなるちょうどいい提案だと思い、ジンヤも了承した。
そして、約束の日当日。
ジンヤとライカが待ち合わせ場所としてお馴染みになってきた剣の刺さった台座のオブジェ
のもとへやってくると、ハヤテとその魂装者であるナギも既に到着していた。
「よー、ジンヤ。十分前行動かよ、相変わらずマジメだな」
肩までさらりと伸びる髪。軽薄そうな笑みの浮かぶ口元。グレーのカーディガンに黒のチノパン、メッシュレザーベルト。足元はスエードレザーのブーツ。胸元に羽を模したネックレスが光る。
ハヤテの服装は、服屋で安いものをテキトーに買い揃えるジンヤとは、ファッションへの気の使い方が違っていた。
「ハヤテは遅刻しないなんて珍しいね」
「こいつがうるさくてな」
ハヤテが隣の少女を指差した。
腰まで伸びた翡翠色の髪。肩口にフリルのついた真っ白いワンピース、腰には黒いリボンが。
清楚かつ可愛らしい印象の少女だった。
「もぉー、ハヤテくん、私が急かさないと絶対のんびりするんだから、感謝してよ?」
「んなことねえって。たぶん」
「ほら、たぶんでしょ?」
むぅー、と唸って眉根を寄せる少女。
「こいつがナギな。オレの幼馴染で、彼女で、最強の魂装者だ」
「初めまして。翠竜寺ナギです。えっと、馬鹿がなんか言ってるけどスルーして……いつもハヤテくんがお世話になってます。ジンヤくんだよね? お話はこの馬鹿から聞いてます。本当に本当この馬鹿が迷惑かけてごめんね……?」
ナギは心底申し訳なさそうに頭を下げる。
「いや、そんな。迷惑をかけてるのもお世話になってるのも僕の方だよ」
「お互い様だろ? ナギ、あんま馬鹿馬鹿言うなよ」
「だって馬鹿でしょ」
「るっせーなひん――がぁあああああああああああああ…………ッ!」
ひん――ハヤテが口にできたのはそこまでだった。
それ以上は断固口にさせぬと気迫のこもった拳が、ハヤテの腹に炸裂。彼に沈黙を与える。
「ひん……なに? ハヤテくん」
ナギは依然として儚げな雰囲気を纏ったまま優しげに笑っていた。
ナギは――その儚げな印象通り、貧乳であり、胸もまた儚げであった。
ハヤテはジンヤに、
「貧乳を馬鹿にすると殺しにくるから気をつけろ」
と耳打ちする。
「しないよ、ハヤテじゃないんだから……」
「なら大丈夫だ……そんじゃ、次そっちの番な」
「ハヤテ、さっき一つだけ聞き捨てならないことがあったよ」
「んー? どしたよ?」
「彼女はライカ。僕の幼馴染で、彼女で、最強の魂装者だ」
「ふぅーん……言うなあオイ」
「ここはどうにも譲れないからね」
「まっ、そこは追々な」
「そうだね。じゃ、ライカ」
「うん」
頷いて、流れを察したライカが口を開く。
「初めまして、雷崎ライカです。ジンくんがお世話になってます。ナギさんも、同じ魂装者同士よろしくね」
ハヤテとナギに向け一度ずつぺこりを頭を下げるライカ。
ハヤテはそこで、ライカに視線を向けた。
「ジンヤの彼女、マジで可愛いな。しかも……」
ハヤテはライカの胸元を見つめる。
「デケぇぇぇ~~~~~………………。はぁ~~~~…………それに比べて…………」
ナギの胸元を見つめる。
巨山と平地であった。
「…………はぁ~~~~~~~…………」
「ハヤテくん、どこ見てるの?」
「別にぃ? オレの彼女はなんでおっぱいちっちゃいんだろうとか思ってな――がああああああああああああああ……あああああああああああっ、……あ!? ……アァアアアアッ!?」
連打であった。
一撃で相手を仕留めるであろう拳が、情け容赦無く連続で叩き込まれる。
「……ハヤテ、久々に会ってこんなこと言うのもなんだけど……前よりさらに馬鹿になった?」
「まーな……ちょっと可愛い彼女の前だとはしゃいじまうワケよ」
腹を抑えつつ、よろめきながらも立ち上がるハヤテ。
「ごめんねライカさん、こいつの汚れた視線に晒されて嫌だったよね?」
「い、いえ、そんな……楽しい彼氏さんですね」
「そんなオブラートに包まずハッキリいっても大丈夫ですよ、うるさくて変態で女の子を見るとすぐに口説くし胸がどうとかばっかりの変態だし、うるさいしチャラいし馬鹿だし変態だしどうしようもないって……」
「そ、そこまでは……」
涼しい顔で流れるように罵倒を並べるナギ。
ジンヤは事前に、ハヤテからナギについては『気弱で優しい少女』と聞いていた。実際ナギにはそういう側面もあるのかもしれない。
しかし……推測するに、『気弱で優しい』だけでは、ハヤテの彼女など務まらないのだろう。
そんなふうにして、二組のカップルのデートは幕を開けたのだった。
□ □ □
その洋館には、彩神剣祭への出場を決めた騎士がいた。
今年の彩神剣祭は、開幕以前より荒れている。
出場確実と言われていた選手の敗退が、例年よりも異常に多い。
そして、出場を決めている選手への襲撃事件。
何かがおかしい――それは、騎装都市にいる騎士達ならば、多かれ少なかれ感じていることだった。
故に当然、この洋館も、相応の警備が敷かれていた。
――だというのに。
その少年は、それらを少しも歯牙にかけず、正面から堂々とやって来た。
扉を蹴破る。
少年の来襲は、事前に察知されていた。ここに来るまでに巡回していた警備員を倒しているのだ、当然の対応だ。
だが、少年はそれを狙ってやったのだ。
こそこそと隠れ潜むのは、少年の趣味ではない。
「どォ―――もォ―――ッッ! ハジメマシテ、コンニチハッ! そしてッ!」
ずらりと少年を取り囲むのは、銃器で武装した騎士達。ただの銃器ではない。魂装者ほどの威力は出せないが、騎士すら害することが出来る魔装具、そして魂装者を持つ騎士もいた。
「さよォ――――ならだァッッ! オレのバトルのための前座ども! さぁ……楽しい楽しい……」
制服姿の少年だった。黒のブレザー。そのポケットから、拳銃の弾倉を二つ取り出すと、宙へ放り投げる。さらに再び弾倉を二つ取り出し、今度はそれを口に咥えた。
次の瞬間。
ブレザーの内に装着していたガンベルトから、拳銃を二丁引き抜く。
マウントレールに銃剣が装着された、青色の拳銃。
銃を構えたのは、少年を囲む騎士達だ。
しかし、先に仕掛けたのは少年だった。
「ひょーひゃいむはへ」
銃声。
少年を見下ろす形で、二階から狙いを定めていた男が倒れた。
いつの間にか、少年は右の拳銃を発砲していた。
「う、撃てェッ!」
遅れて騎士達が一斉に少年へ発砲。けたましい銃声が洋館に響き渡る。
だが。
当たらない。
当たらない。
どういうわけか、一発たりとも、少年には銃弾がかすりもしない。
何気なく疑問でも呈すように首を傾げる。
小銭でも落ちているのを見つけたかのように身を屈める。
およそ戦闘をしているとは思えない程いい加減な動作で、全ての銃弾を躱していく。
一人、また一人と少年の放つ銃弾が命中し、倒れていく騎士達。
そこで、少年を囲むうち、一人の騎士が、ある異常なことに気づいた。
十数人による一斉射撃が当たらないという異常に意識を奪われ、そのことに気づくのにも遅れたが――少年の目の前に、先程彼が放り投げた弾倉が浮いているのだ。
「ひほーほ」
かしゃん、と音を立てて、少年の拳銃から弾倉が落ちる。
同時、少年は目の前に浮いている弾倉へ、拳銃を叩きつけるように腕を振った。
弾倉が拳銃に収まる。
再び少年の蹂躙が始まる。
少年以外の弾丸は、彼に当たらず――少年の弾丸は、狙いを過つことなく次々と敵を倒していく。
そして。
静寂が訪れる。
倒れている大量の騎士達。
無傷の少年。
少年の周囲には、弾倉と空薬莢が大量に転がっている。
「ひほーほ……ぺっ」
少年が口に咥えていた弾倉を吐き出し、床へと落とす。弾倉が床を叩く直前、少年の足が弾倉を跳ね上げる。
弾かれた弾倉は、回転しながらまるで吸い込まれるように少年の拳銃へと収まる。
「ん」
刹那。
少年へ弾丸が迫る。
「あぶねっ」
軽く右足を上げて、弾丸を回避。床を弾丸が削り、火花が散る。
「ん~? まだいたのか! なんだよしぶてえなしつけえな粘り強ぇなあ、いいじゃん!」
少年が銃口を向けた先には、倒れている者のみかに見えた。
そこには曲がり角があり、奥に通路が続いている。そこに魔力が集中し、一切れの氷片が出現した。鏡のように滑らかな氷には、曲がり角の奥に隠れる者が映っていた。
「逃がすかっつーの」
氷片目掛け発砲。弾丸が氷片に当たると、そのまま隠れ潜む男の方向へ跳弾。
男に直撃。隠れていた男は倒れた。
「よっし……これで全部か! さー、準備運動はおしまいだ! 本番いこうぜ! こっからがショーのクライマックスだ! さぁ! 楽しもうぜ! さぁさぁさぁ!」
「――好き勝手やってくれたな」
二階の奥へと続く扉が開いていた。
洋館の奥から現れたのは、赤色の髪の男だった。
男は両手に赤色の拳銃を持っている。青
髪の襲撃者と同じ、二丁拳銃。
「アンタが夕凪熾焔で間違いねえよな!? 炎赫館学園三年! 学園序列2位! 前回大会ベスト8! 今年の彩神剣祭出場確定者!」
「ああ。そういうお前は?」
「空噛レイガ! アンタと遊びに来た!」
「それだけか?」
「他になんかいるかァ!?」
発砲。
シエンと呼ばれた男は、軽く首を傾けそれを躱した。
「いいねェ――――ッッ! 面白くなってきたじゃねえかァアアアア――――ッッ!」
青色の拳銃を構え、銃口をシエンへ突きつけるレイガ。
赤色の拳銃を構え、銃口をレイガへ突きつけるシエン。
二人の戦いの幕開けを告げる銃声が響いた。




