139.5 ルイス
南部の都市へと四輪駆動車を走らせ、古代のガーゴイルを誘導することには成功した。
「おやおや……」
握っていたステアリングがじとっと汗ばむ。
双眼鏡を覗き込むと、ゆらゆらと熱波で揺らぐ視界に一機。
白銀のギアが待ち構えていた。
『メサイア』と呼称されるグリム・フィリオンの疑似原始ギア。
距離にして3キロ。
「こちらに気づいている?」
明確な殺意が私の姿勢を低くさせた。
汗がシートに滴り落ちる。
そして、汗が凍るような冷気が大地へ流れ込むのを感じた。
「これはマズい……」
この太陽が燦燦と照り付ける灼熱の土地は、『熱』を統べる皇女ルージュの独壇場であることを。
私は振り返ることなく戦場から逃走した。
その背後でもう一つの太陽が大気を焦がし、砂漠の大地は夜のごとく凍てついた。
「まさか、これほどとは……」
あわよくば、神器を回収しようという考えは吹き飛んだ。
マクベスを殺し浮かれている暇はない。
我々は今後あれと対峙しなければならない。
ダ・ヴィエル様の懸念は正しかった。
皇女ルージュがいる限り、帝国の治世は揺るがない。
逃走に全エネルギーを注ぎ、私が南部の沿岸にたどり着いたのは二日後のことだった。
◇
「失敗したのか、わが師よ! おれに手柄を残してくれてありがとう!」
「出迎えご苦労です、ヴァリス」
船で迎えに来たヴァリスは私がマクベスを殺したことが気に食わないらしい。
同じスタキア人だからではない。
獲物を取られたとする、野蛮人の思考だ。
「……ルージュが至上の獲物だと、忘れていたのかな?」
「いくら私でも、マクベスとルージュ同時は無理です。もう60歳ですよ、私は」
「おれがいれば、ついでにルージュも殺せただろうに! 誰にでも失策はあると教えてくれてありがとう!」
ついでに殺せるなら苦労はない。
近接戦闘だけでも、あれはマクベスの上だろう。
帝国式剣術を修めている。
だが、『熱』は誰に師事したわけではない。
おまけに、我々はルージュが南部都市に現れることを知らず、予測もしていなかった。
皇女ルージュは戦士として求められる全てを持ち合わせている。
戦って勝てる相手ではない。
「あなたには無理ですよ」
「……おれにやる気出させてくれているんだな? ありがとう」
ヴァリスは静かに、私の眼を覗き込む。
いったい何度やれば気が済むのか。
私はヴァリスを指導したが進んでのことではない。
ダ・ヴィエル様の命令に従ったまでのこと。
この男は戦士ではない。
ただ、己の暴力のはけ口を求めている、野蛮人。
「あなたは闘争本能だけです。マクベス以下」
ヴァリスが掴みかかる。
「フン……」
私はそれを投げ飛ばす。
船の甲板に叩きつけた。
ヴァリスは受け身と同時に短剣を抜き、胴目掛け突く。
転がるようにしてそれを躱す。
「ははは!!!」
剣を突き立て襲い掛かるヴァリス。
私は水魔法『水撃』で無防備な側面を突いた。
マストに吹き飛び、落下した。
「ぐあ?」
「愚かな。反省しなさい」
背後からマウントと取り、腕の関節を極める。
「船の上で戦うのは不利ですよ。私が本気なら、今頃海の中です」
「……環境を上手く使う。覚えた……おれはまた強くなった、ありがとう!」
私は肩の関節を外した。
「……っ!!」
声を押し殺し、のたうつヴァリス。
この男は常に私を殺そうとしている。
ダ・ヴィエル様以外の命令は聞かない。
いずれ、暴走することはわかっていた。
「私が疲労したところを狙う。そこは褒めてあげましょう。次は背後からやりなさい」
「なるほど、そうしよう!!」
船が南から西へ。
ヴァリスは溢れる闘志で眼を輝かせていた。
拠点である古城に戻り、ダ・ヴィエル様に報告をした。
「よくあそこから生還できた。君に任せてよかったよ。さて、マクベス君を失ったグリム君がどう動くだろうか」
「問題は皇女ルージュかと」
「そうだったね。ただ……」
ダ・ヴィエル様はグリムに執着しすぎているきらいがある。
早々にグリム本人を殺していれば、事態はここまで悪化していなかった。
「ルイス。ぼくらは大儀のために動いている。グリム君は世界にとって特別有用な存在だよ」
「はっ……考えが至らず、申し訳ございません」
計画は進行している。
帝国最後の日。
そのグリムのもたらす技術の恩恵は、皇女ルージュを救わない。
しかし、こちらの計画にも狂いが生じていた。
古城がやけに静かだと思えば、いつの間にかヴァリスが消えていた。
革命勢力を勝手に使い、西へと向かった。
「よろしいのですか、ダ・ヴィエル様?」
「君や私から学んだ成果を発揮したいらしい。それに狙いは悪くない」
「船での移動に、ただ飽きただけでは?」
「ルイス、君にこれを」
ダ・ヴィエル様は私に貴重な品を手渡した。
歪に光を反射する宝石のようだ。
「……よろしいのですか?」
「万が一の備えさ。ヴァリスは大事な戦力だ。もしものときは君が連れ戻してくれ」
「かしこまりました」
ヴァリスの後を追うと、意外なことにその計画は効果的に機能したらしい。
突発的、衝動的な暴力。それが、戦術に慣れた我々の先読みを裏切る。
ダ・ヴィエル様はその混沌をヴァリスに望んでいたのだろうか。
彼の野生は、死に場所を求める戦士たちを引き付け統率し、シンプルで不条理な暴力となって西の都市を襲った。
リッドフォード地方。
交通の要所として発展した大都市『ロデリン市』。
爆炎と悲鳴があちこちから轟き、人々がパニックになる中、輸送列車とは違う特別車両が巨大な邸宅から飛び出した。
その列車を待ち構えたヴァリスたちが、線路ごと爆破した。
『鉄道王』、アイゼンフロスト辺境伯の乗る列車を。
追い立て、罠を仕掛け、仕留める。
原始的な狩りの手法。
重要なインフラ設備の破壊。革命後のことを考える我々にとっての最終手段を、平然とやってのける。
荒いが確かに効果的。
《簡単だったぞ……ついでに都市を蹂躙して略奪をしようと思う!!》
嬉々として報告するヴァリス。
独断行動をしたことは、気にも留めていない。
「よしなさい。ダ・ヴィエル様の顔に泥を塗る気ですか?」
《なら、市民を人質にルージュをおびき出そうと思う!!》
「……それなら大変結構です。成長しましたね、ヴァリス」
《ありがとう、ルイス!!》
すでに追いかける私の乗る列車からも戦火の煙が見えている。
「緊急事態につき、ロデリン市行きは停車する。全員降りられたし!」
列車は停まり、私は降りた。
「これを使う必要は無かったようですね」
宝石とは違う、歪な光。禍々しい気配。
ダ・ヴィエル様から授かった『死の弾丸』をカバンに入れ、駅舎を出る。
駅舎に駐在する鉄道警察と駐屯兵が、乗客と入れ違えに乗り込んでいく。
「ふむ……とはいえ、暇ですし。加勢しますか」
私は後に続き、動き出した列車の中で、後方車両から前方車両へ車窓を赤く染めていった。




