135.5 ルイス・ルッソ
四方を通信遮断装置で囲った『ケージ』にマクベスをおびき寄せ、狩る。
足手まといがいるなら、容易だ。
しかし予想外だった。
ガーゴイル信奉者は私共の戦いを察知し、自分たちが崇める神をよみがえらせた。
信号遮断のせいか、復活間際ゆえか、サソリ型のガーゴイルはまだこちらに戦闘の意を示していない。
マクベスが通信可能な『ケージ』外を目指し、一か八かサブ動力炉を使った。
マクベス――私の戦闘スキルを模したあの適応能力の高さ。
戦闘の駆け引きが下手なくせに、手ごわい。
手に負えなくなる前に、ここで確実に潰しておく。
サブ動力炉を廻し、マクベスを追う。
その私についに覚醒したガーゴイルが続く。
砂漠では二本足のこちらが追い付かれるのが必定。
だが、私の機体に備え付けられた兵装は特別製だ。
神器『アマルガム』
古代遺跡から発掘された遺物。
魔力に応じ、自在に変化する流体金属。
ダ・ヴィエル様いわく、あらゆる金属を飲み込む破壊兵器という見立てだが、私にその性能を発揮することはできない。
しかし物は使いようだ。
ボード上に変形させて乗り、私の水魔法の水圧で押し出せば、この環境は味方に変貌する。
「老人に追いかけっこは堪えますよ」
「……くっそ!!」
波に乗り、マクベスに追い付いた。
そのまま、衝突。
ぶつけて止めた。
後は、ガーゴイルに始末させるか。
「ぬ?」
ふと背後に気配を感じ、水圧で機体をはじき出した。
砂の柱が天高く舞い、ガーゴイルが飛び出してきた。
「砂の中を移動……さすがに厄介ですね」
私がサソリ型に気を取られている隙に、マクベスのカスタムグロウが妙な体勢を取っていた。
「君も、往生際が悪い」
無理やり関節可動域を広げ、四足歩行状態へ。
確かに砂の大地では、質量を分散できる方が安定する。サソリ型を見て――付け焼刃か?
サソリ型の伸縮自在の尾が空を斬った。
「速い……っ!?」
セオリーに反し、それでも選択したオリジナリティ。
機体廻しは独創性と感性の世界。
己の選択への盲目的な過信、うぬぼれが計算や理屈の上を行く。
そういう経験則で生きている機士はなかなか死なない。
「それなりに死線は潜っているようですね」
大気を切り裂く音に反応し、考える前にグリップハンドルと魔力操作、胴体の動きを連動させる。
私のオームの頭上を高速で動く尾が通過した。
「しかし、その程度――大戦期にはゴロゴロいましたよ」
マクベス機が両手を支えに脚部を回転させ、砂を巻き上げる。
動力炉のうなりと共に、脚の回転力が上がっていく。
この砂の大地での逃走は諦め、決死の覚悟か。
「捨て身。肉の焦げるにおいはしますか?」
「生気がみなぎってきた!!」
張り詰めた空気、限界まで張り巡らした神経が、地面のわずかな揺らぎに反応。
飛びのいた。元居た場所が蟻地獄と化している。
マクベスも同様に、回避していた。
初速から加速に乗っている。
サソリ型へ向かっていった。
この時代の機士にしては、見事な覚悟。だが、私の存在を勘定に入れずに動くは愚策。
攻撃の瞬間、マクベスが無防備になる。そこを狙う。
私も滑走し、追走。
マクベス機にサソリ型の尾の乱れ撃ちが降り注ぐ。
見事な回避を見せる。レース出身者並みのドリフト。
「何!!」
不意に尾の一撃が私の方へ流れてきた。
マクベスめ。
蹴りで合わせて、尾の軌道を逸らすとは。
『アマルガム』の防御は間に合わない。
「ぐっ!!!」
掠っただけで機体が浮き、後方へ叩きつけられた。
衝撃が身体を突き抜け、戦況把握に約2秒の空白が生まれる。
そうなる前から私は脳内で状況をシミュレートする。
蟻地獄で捕捉からの、尾のトドメが来る。
回避の体勢ではない。
選択は『アマルガム』による攻撃だ。
細く鋭い刃を射出。手応えと同時にとっかかりを起点に無理矢理機体を引き寄せる。
砂が沈む。
牽引力を加速力に変換。視覚装置の砂を振り払いながら、その場を緊急離脱。
確認、『アマルガム』の先端はマクベス機にヒットしていた。
「ふう、」
我ながら、勘が冴えている。
さすがというべきはマクベスもか。不意打ちで『アマルガム』を受けながら、ガーゴイルの横っ腹にアンカーボルトを突き立てている。
間に割って入った私へ、尾が到達。
『アマルガム』で防御。
戦闘は三つ巴となった。
私の狙いは一つ、マクベス。
サソリ型に組み付かれた。
だが、私もマクベス機を『アマルガム』で離さない。
「やめろ、取り込まれる!!!」
「たかがギアですよ」
二度のダメージで、このギアはもう限界だった。
このマクベスという青年をここでリタイアさせる。
機体を抜け出し、砂に降り立つ。
マクベスも機体から飛び出した。手には通信機と、短銃。
「はぁ、はぁ……」
全身から熱気が立ち昇っている。
プロテクトスーツの上を外すと溜まった汗が蒸気と共に流れ出た。
感応板が接する腕回りはひどい火傷で爛れている。
「それで済んでいるとは。もう少しハンデが欲しいですが」
「自信がないのか?」
「こらこら、私はもう60歳近いか弱い老人なのですよ?」
「あなたとはもう話さない」
そう、会話など要らない。
サソリ型が二機のギアを喰らうのに夢中になっているすぐ横で、互いに銃を構える。
発砲でサソリ型がこちらに敵意を向ける可能性が過った。互いに、気にしないだろうと、同時に引き金を引いた。
そのまま、距離を詰める。
短期決戦は私も望むところだ。
魔力など、無いに等しい。
回避しながらの変則撃ちは、ギアでの戦闘と同じ形となった。
至近距離での発砲。ほぼ同時で互い目掛けて引き金を引き、互いの影を打ち抜く。銃弾を消費するごとに一歩ずつ距離が近づく。砂に塗れて転がりながら、不規則な射撃を繰り返す。
砂塵が晴れ、残弾を使い果たし、無用となった鉄の塊を投擲。お互い、腕で受ける。
マクベスは低い体勢から砂を巻き上げながら蹴りで頭部を狙ってきた。
「シッ……!!」
私は身をかがめで貫き手でのどを狙う。
その腕を掴まれ、止められると同時に蹴り脚が戻ってきた。
「ぐっ……」
膝で頭部を打ちつけられるのを肘で守り、もつれた。衝撃でナイフを落としてしまった。
拾う間もなくすぐに起き上がったところへ、マクベスが襲ってくる。
腕で頭部を護りながら、打撃の芯を外し、耐える。
タイミングを計り、交錯したカウンターがマクベスの顎に入った。
「……っ!?」
硬直した無防備な胴に前蹴りを放った。
「ぐふっ!!!!」
強靭な足腰で踏ん張り倒れない。
「見事、しかし終わりです」
腰の入っていない拳を避けながら追い打ちの蹴り。膝裏を狙い、脚を刈り取った。膝を着いたので、手ごろな位置に来た頭部へ膝を合わせ、打ち抜いた。
「かはっ!!!」
確かな手応えだった。だが、私の意識は落としたナイフへ向かった。視線を外したのは0.1秒にも満たない。
「ぐっ……!」
蹴りがろっ骨にめり込んだ。
意識が遠のき、とっさに頭部を腕で守った。
衝撃に備えていたため、その蹴りには何とか耐えた。
私はそのまま、意図的に倒れ込んだ。ナイフの方へ。
手に、砂に塗れた麻布のバンテージの肌触りが伝わる。
砂を踏みしめる音に反応。
私はその手に掴んだものをなでるように振りぬいた。
視界が戻り、まず手にしたナイフが赤く染まっているのが見えた。
「ぜぁ、はぁ……」
脚からの大量出血、頭部への膝蹴り、全身やけどに脱水症状でもなお、構えを崩さない男がいた。
「ふぅ……若者の相手はやはり骨が折れますね」
呼気を正し、思考ではなく直感に委ねる。
「うぉぉお!!!」
「ぬぅ……」
「ぐぅ、うぅぅ……あああ!!!」
「ふぅ、ふぅ、ふぅ……ゲホッ、ゲホッ……」
口が鉄の味に満ち、骨が折れる音を数回聞いた。
つたなかった軍隊格闘術が、まるで合わせ鏡のように同調していく。
やはり、私の勘は当たっていた。
ダ・ヴィエル様にこの男の存在は不利に働く。
ここで処理する。
無酸素状態の打撃の応酬が続く中、少ない酸素を私は思考へと回した。
この男には明確な弱点があった。
「――マクベス、ガーゴイルを優先しましょう」
その一言で、マクベスの戦闘態勢が止まった。
私は彼の思考と思考の間隙にナイフを滑り込ませ、目的を達成した。
「嘘つきめ……」
彼の腹から捻じるようにナイフを引き抜き、通信装置を奪った。
「ダ・ヴィエル様、終了致しました」
《報告を聞こうか》
私は一部始終を報告。
《そうか。マクベス君は残念だった。でも、良い働きをしてくれたね、ルイス》
「当然です」
《さて、問題はそのガーゴイルだ……》
すぐに指示を受け、行動に移した。
マクベスたちが乗ってきたクーガーに乗り込んだ。
当然ガーゴイルはエサを見逃さない。
私はサソリ型を引き連れ、西へ。
南部都市を目指した。




