136.差し手
盤面を動かすフェルナンド。
初手、クイーンでキングを取りに来た。
油断ならない。
阻止はしたが、皇帝ジェラルドリーのダメージは深刻。しかし治療で姿を隠すことはままならない。
敵のクイーン、『魔女』は死んでいない。恐ろしい威力偵察と破壊工作だ。
乗り手不在のため『アルビオン』も封じられた。
この事実を覆い隠すため、皇帝は健在をアピールし、表に出なければならない。
それも、時間稼ぎにしかならない。
ただし、こちらの戦力はフェルナンドを上回っている。
数でも質でもこちらが上だ。
そして、フェルナンドはそれを自身の策略で逆転できると過信している。
『七大家人質計画』
製造管理権を有する大貴族の各要人を攫うことで、交渉の場に皇女ルージュを引きずり出す。
これが原作での策だった。
この流れはこちらも無視できない。
しかもフェルナンドはこの策が読まれている可能性を踏まえて行動している。
だがこちらの差し手も並ではない。
ウェールランド軍基地の技研支部で地味な事務作業をしている女性が、帝国を裏で操る。
聞こえは悪いが、反感は無い。
「疲れるわね」
せいぜい元から無い愛想が完全に消えたことで、そのミステリアスな魅力に釣られる兵士が増えた程度だ。
ちなみに、宰相ヘラー、軍務大臣マクマードを始めとする大臣たちはこの陰の権力者の正体が、亡き皇女クラウディアであることを、自分だけが知っていると思っている。
どこからか学んだ人心掌握術により、彼女は自分が皇女でなくても周囲からの好意が意外に在ることと、これが使えることを知った。
彼女には悪女の素質があった。
彼女は、七大家が抱える火種をあらゆる手段で封殺。
突発的動乱の火種の多くは、短期的解決手段が存在しない。
存在しないので、大胆に棚上げする。
組織犯罪化が進む属州の分離独立派には、あっさりと自治を認めた。ただし、暫定的なものだ。
継承問題に揺れる貴族家の波乱には、製造管理権の剥奪を勧告する。
移民によるストライキには開拓地を与え、略奪者にはこの労役を課した。
北部で激化するガーゴイル戦闘には、スカーレット姫がいる。
南部砂漠の紛争にはマクベスが着手している。
国内の軍事的暴動には黒騎士が対処する。
彼女が捻出するのは時間だ。
彼女は帝国における陰の権力者でありフェルナンドと盤を囲う差し手。
その自分を駒として、動かす陰の差し手に時間的猶予を捻出する。それが、この戦いの攻略のカギになる。
これは心理的頭脳戦に見せかけた、技術的肉弾戦なのだ。
フェルナンドはこちらの戦力をかなり把握しているに違いない。
『魔女』というイレギュラーにかかわらず、対抗手段を講じてくるはずだ。
ダイダロス基幹に干渉するセキュリティ問題。
これにはすでに対処し、『シリウス』を外部から操ることはできない。しかし、どれだけの規模感で仕掛けてくるかは不明だ。帝国軍全機にセキュリティ対策を施すことは現実的ではない。
もう一つ懸念される点、それは『神器』だ。
原始系が有した専用兵装の数々。
フェルナンドがなぜこれらを収集しているのか。
専用兵装なだけに、扱うことはできない。
『アルビオン』の大気の力を、皇帝が引き出せなかったのと同じように、兵装も属性魔法の適合と血縁、機乗力などの条件がある。
仮に、その条件を満たす人物を探し出せていたとしても、ギアはどうするか。
兵装の出力はギアのスペックに依存する。
原始系用にある兵装の出力に、それ以外のギアが耐えられるとは思えない。
目的が不明だが、この上なく迷惑だ。
なにせ、『神器』はこちらこそ求めて止まないキーアイテム。
原始の乗り手である英霊たちを、義体に降ろすには媒介となる本人の魔力が要る。
原始系そのものの多くはこの大陸には無いため、『神器』が奪われることで、その手立てが失われる。
まさかそれを意図しているのか。
いや、答えはもっとシンプルだろう。
こちらには無い発想で、フェルナンドは『神器』の運用方法を見つけた。
なら、こちらはフェルナンドには無い裏道を使うまでだ。
『シリウス』が開拓した、空への道。
この時代の人類が到達し得ない領域。
分厚い雲を抜け、空に浮かぶ大地。
超文明が成し得た重力から解放された方舟。
「見つけた」
『シリウス』が雲を抜け、それを見つけた。
風化した都市の立ち並ぶ建物はどれも現代の帝国の建築技術をはるかに上回っている。
独自の生態系か、古来の生物がそのまま生き残っているのか、獣の大きさは比類ない。
巨体な獣らは、そこに降り立った数万年ぶりの人類を見て、一目散に逃げた。
凍てつくような寒風と、刺すような日差しの中、ルージュは街を歩いた。
そして目当ての物を発見した。
巨大なホールの暗がりに潜む機体。
「『重力』の『ネフィリム』……!」
ルージュは『F.A.N.G』を抜き、その装甲の角をわずかに斬り落とした。
《それは高くつくぞ、皇帝の姫よ》
「これは切符だ。偉そうに考察して漂う亡霊でいるのはさぞかし退屈だろう、到達者よ」
イシスの次に列に並んだのは『ネフィリム』の機士。
彼は交渉権を行使し、こちらに提案を持ち掛けた。
自分が他より優れているとする彼の主張にはそれなりの説得力があり、一考の価値があった。
こちらが勝利へ近づく一方、地上では予期せぬ事態が発生していた。
ほぼ武力解除を果たした砂漠の紛争地域に、帝都にガーゴイルが現れたという知らせが届いた。
古代のガーゴイルを神として崇める者たちが、自分たちに都合のいい戒律に従った。
復活の儀式を止めるため、マクベスが急行した。




