133.英霊たち
リズミカルで間隔の短い衝撃音が連続している。
少し遅れて大気が震え、大地が揺れる。
動力炉の唸りが、怪物機械の存在をにおわせ、身を震わせる。
おれの視界には――目視、映像のどちらも――この現象の源は映っていない。
ただ殺風景な岩肌を彩る青紫色の残光を目で追うしかなかった。
■状態検知
・適合率 96%
・出 力 Ex 【3920/8990馬力】
・速 度 Ex 【時速0-330km】
・耐 久 Ex 【22200/22200HP】
・感 応 S 【0.76秒】
・稼 働 B 【48分】
軽く『天狼シリウス』の機動を確かめた。
原始系ギアと化し、その動力炉は別次元の出力を発揮。
《全く……見えん!!》
フリードマンが見失った。
彼だけじゃない。はたから見ていたおれたちも、目で追えなかった。
単純な出力向上ではない。上昇率が果てしない感じだ。動力炉が温まると、指数関数的に速くなっていく。レッドゾーンが存在しないのか?
『ジャンプ機構』、『ターボ』、『ニトロ』、『スラスター』まで使うと、もはや、機体が放つ残光しか見えない。
通常の三倍以上の速度だ。
押しただけで『三式グロウ』が吹っ飛んだ。
壁に激突。
光を纏って高速移動。
まるで隕石の衝突だった。
『天狼シリウス』が停止後、痛みを思い出した岩山が身を震わせたのか。崩落が起きた。
「おれではもうお相手が務まらないです」
フリードマンがベッドの上うなだれた。
「そんなことはない。機体差だ。そうだ、新型を試してみてはどうだ? 貴官の腕前なら最新機も支給されてしかるべきだ」
ルージュ殿下が柄にもなく親身になって一生懸命励ます。
「おれの相棒は『三式』だけです」
走行と飛行は確認できた。
まだ、その全容は計り知れない。
問題は調整相手もだが、従機士の不在もだ。
《無理ですね》
リザさんがちょっと試して、すぐ諦めた。
《私では何も見えません。だから無理ですね》
これにはおれとルージュ殿下は狼狽えた。
2人で鬼電したが無視された。
戦闘と高速機動を両立には従機士が必要だ。
飛行中に、戦闘力が下がっては意味がない。
しかし、明確に変化したルージュ殿下の力に合わせられる機士がいない。これは由々しき事態だ。
「マクベス君にお願いしますか」
「あいつは主力だ。誰が支援に回るのだ?」
『超重力爆撃砲』を撃つ人がいなくなる。
あれがギアで撃てるのも彼しかいない。
「とにかく……マクベス君の仕事を切り上げさせます」
南部砂漠での紛争解決。
既に勝敗は決している。
砂漠の民にマクベスの相手になる戦士はいない。ただ砂漠は広い。
「私も出る。『メサイア』でな。人手がいるだろう。砂漠は広いからな」
「良いのですか? 退屈かもしれません。お肌も焼けますよ」
「お前も、早くあれの全力が見たいだろう?」
「では、お言葉に甘えます」
『天狼シリウス』の誤算。
このままではあの機体は、機士を孤独にする。
おれは構想した。
あれと肩を並べるには、最低でも原始化が必要か。
条件とリスクを回避し、成功を恒常化させるには……
「ピーン」
ベッドの上、おれはその方法に至った。
◇?
おれは気が付くと白い空間にいた。床は大理石っぽいが、感触しかない。
「ありがとう、ウェール公」
夢だからか。
おしとやかで赤い眼のルージュ殿下に抱きしめられた。
おかげで、彼女がルージュ殿下ではないとすぐに気が付いた。
匂いが違うし、力加減が正しい。
おれはウェール公さんではない。
「うーんお姉さん、人違いですよ」
「いや、君だ。君に感謝している」
艶がありゆったりとドレープの利いた鮮やかなドレスだ。
傍にいた僧侶風の青髪の男がまた、おれを引き寄せ抱きしめた。
ウィヴィラ人だ。お香の匂いがする。
白い祭儀服には、複雑な刺繍。
「心よりの感謝を、ウェール公」
「だから、これなに?」
その様子を笑みを浮かべてみていた金髪の男。
年齢不詳で、現代的な品のいいスーツ。
「ぼくは違う。礼を言うことなんてないさ」
金髪の男はティーカップを片手に握手を求めた。
「よろしく、グリム・フィリオン。私はここの管理人ってところだ」
これがルージュ殿下が話した『理』か。
思っていたより人間的だ。
「なるほど、ぼくも選ばれたということですね」
「選ばれた? いや、君はギアには乗れないだろう?」
「いつだって、出会いは突然に。可能性は無限大」
「ああ……混乱しているようだね」
促され、いつの間にかあった席に着く。
向かいに金髪。
おれの後ろに、2人が立った。
「その二人が、君にお礼を言いたいとか」
「違うだろ。やり込める気だ。そうはいかない」
「不意打ちは卑怯。天もお許しになりますまい」
どうやら、この二人はおれの味方らしい。
「卑怯なのはこの子だよ。あまり簡単に原始化プロトコルを実行されては困るんだ。あれに相応のリスクと条件がある理由を考えて欲しい」
呼ばれたのは忠告のためか。がっかり。ようやくおれにも機士になる運命が巡って来たのかと思ったのに。
違うならこの筋書きに興味はない。
「帰ります。お茶ごちそうさまです。お見送りは結構」
「その構想を実行するなら、相応の代償を支払ってもらう」
おれは足を止めた。
「脅しですか」
「まぁ、そうだね。仕方ない。それだけ切実な事情がある。君はわかっているはずだ」
「ガーゴイル化」
「ほらね、君はわかっている」
原始化はガーゴイルと似ている。
装甲の魔法的効果付与や変質、変態。
「対策はしてます」
セキュリティシステムによる、信号遮断。
懸念点は機士の意識、先生に相談した。
『点滴でもしとけば?』
ブドウ糖を点滴しながらスキルコンボの回復効果で、リスクはほぼ回避した。
「それで皇女があれだけ長くここに留まれたのだな。すごいぞ、ウェール公」
「よもや全て看破の上とは、恐れ入る。私の時代にもこれほどの技師は居りませんでした」
おれの背後で、賞賛の言葉を浴びせる2人。
「そう、君ほどの技師はそうは現れない。歴史上6人いたかどうかだ。ぼくが危惧するのは未来だ。君がいなくなった後、君が考案した完全ノーリスクでの原始化の製法が乱発されたらどうなるか……不完全な手順で失敗すれば、大惨事となる」
「そうですか。ならそのときまた止めればいい。出口はどっちですか?」
おれが立ち去ろうとすると『理』はより明確な脅しに打って出た。
「君のその魔法も、スキルも、誰が与えたと思っているんだ? 当然、奪うこともできる」
「構いませんよ。絶対に必要なものではない。今までありがとうございました」
おれの返答が意外だったのか、『理』はさらに続けた。
「君の大切な人の力なら? 考え直せ、グリム」
「ガーゴイルの被害拡大を恐れているあなたが、それは矛盾している」
「悠久の時の中の一時のことだ。多少の被害は止むを得ないさ」
「与えた力を奪うことで、いいなりにさせる。ご立派ですね。大丈夫、ぼくは被征服民だから慣れてます」
「ひどいな。やりたくてやっているんじゃないさ」
おれは席に戻った。
「嘘でしょう。魔法やスキルの獲得は聞いたことはあるけど消失はない。それにガーゴイルに取り込まれた人間から奪えば、脅威の排除は簡単になるはず」
後ろで、2人の笑いが漏れた。
「あぁ……いや確証はないだろう? 実は、できるかも」
「実は、原始化の方が得る物が大きいかも。そもそも魔法やスキルがこの世から無くならない限り、疑似記録晶石で代用できる。ぼくにはね」
『理』は困った様子で、おれの背後に視線を送る。
「ねぇ、本気? これまで何人の技術者が過信してガーゴイルを生み出したか、君たち知っているだろう? 彼が他と違うなんてどうして言える?」
「ここに呼んでいる時点で違うだろう」
「狼狽えているご自身の胸に問うのです」
ここはおれが大人になって、譲歩しよう。
思いやりの心で。
「原始化の方法をぼくの胸の内に留めてもいいですよ。条件次第で」
「本当に? ああ、そうか……上手だね。わかった、スキルでも魔法でも好きなものをあげられるし、魔力量も変えられる」
「要求は三つです」
「……それってスキルと魔法と魔力ってこと?」
「いいえ全然違います」
おれは紙とペンを要求した。
1、無条件原始化5回分
2、ガーゴイル討伐に関する常時情報提供
3、随時個別交渉権
覗き込む後ろの2人。
「ふむ……大胆不敵。すごいな」
「はて? 随時個別交渉権とはこれ如何に?」
『理』は一瞥し、紙を突っ返した。
「無条件原始化5回は多すぎる。横暴だ」
「これなら、ぼくが原始化を追求する目的がほぼ消えます。悠久の時の中の一時のことでしょう?」
「2は? これだとガーゴイルについて常にサポートをしろと言っているようなものだ」
「逆に今までしてこなかった方がおかしいでしょう」
「それは……誰も頼まなかったから」
後ろの二人を見る。
「思いつかなかった」
「拙僧に交渉材料はございませんでしたので」
「それで、3は? 交渉なら今しているでしょ?」
「あなたじゃないです」
おれは再び振り返った。
従機士が足りなかった。
ルージュ殿下に匹敵する人間がこの時代にいない。
「お二人共、ギア廻し、お得意でしょう?」
なら、過去の英霊に頼めばいい。
「待ってよ……! 1、2はまだわかるけど、3は君たちの内政問題だ。過干渉はしないし、一線を越えてる。第一、どうやって?」
「何事にも抜け道はありますよ」
巫女先生―――ソラリスは、おそらくこの僧侶風のウィヴィラ人から『ネメシス』の扱い方を教わっている。
つまり、スキルで過去の英霊から力を借りること自体は問題ない。
「これは魔力による現象ですよね? なら、できる。現世で再びギアを与えることが。ぼくならできる」
『理』が困っている。
もう一押しだ。
「この前例はガーゴイルを根絶するための有効な手段になり得る。それに、交渉権であって、意思決定権は彼らにある。彼らのことが信用できないと?」
「信用できないだと? そうなのか? どうなのだ!?」
「身を捧げ、天に忠実なる我が精神を疑われるとは悲しきこと」
援護を受けて、追い詰めた。
「わかった……交渉権はこの二人だけなら……」
そこに、もう一人割って入ってきた。
「己も彼に協力したく」
屈強な白髪の老人。
ヴェスペリア人っぽいか。
「はぁ……なぜ君まで?」
「彼に、末裔を救っていただいた」
なんのこと?
「お忘れか? 王女への親切に報いたく」
「ああ」
掃除婦をしていたエレニカ・ヴェスペリアのことか。
「ちょっと待ってくださいよー!! 三人肩入れするなんて、不公平しょー!!!」
待ったをかけたのはまた別の人物。筋肉質なもっさり髭の日焼け男。
この大陸の人じゃないな。
「その通りだ。やっぱり一線を……」
「交渉権は全員あるべきっしょ!! 交渉ってこっちの頼みも伝えられるあれってことっしょ!?」
『理』が頭を抱えた。
「まったくもってその通りです。ぼくにできることならどんなことでも望みをかなえましょう」
均衡が崩れたらしい。
金ぴか装飾だらけの黒髪女性と、痩せた赤髪の長身男が現れた。
「妾も傍観は嫌……よろしくて?」
「そのガキに肩入れできる奴が限られると、不利益があるかもしれないからな。交渉権はおれもいただく」
6人全員、交渉権に同意した。
「はぁ……今考えてる。考えてる」
「おい、このガキは自分が原始化を画策しなくても偶発的なら例外と捉えている節があるぞ。内容を詰めろ」
「あ、まさか……うわ、こわいよ君」
ちっ、少しはできる奴がいたか。
「条件交渉があいまいな方が悪い」
「その通りだ。不服なら異議申し立てするがいい」
ルージュ殿下似のお姉さんが席に着いた。
「ねぇ、坊や。交渉は個人的なことでもよろしくて?」
「抜け駆けは無しにするっしょ!?」
「交渉を申し出る場合、順番や内容は己らで決着を付ければ良い。武力か、採択かは問わぬがな」
「問題は、ウェール公からの交渉の打診でございますな」
「条件追加だ。4、このガキにスキルをくれてやれ」
他の5人もテーブルを囲う。
「はぁ……今、考えているよ」
「ちなみに5、ぼくに機乗力を――」
「本気? 論理的な回答を破綻させて、なにか君に得でも?」
すごいにらまれた。
「いえ、これは譲歩します」
「よかった。要求が増える前に、決めるとしよう」
こうして、おれは『理』と6名の英霊との契約を締結した。
◇ 鉱山実験場 専属技師執務室
目が覚めた。
「すっきり爽やかモーニング~♪」
いい夢見た。
夢ってちょっと大胆になっちゃうよね。
「さーて今日は忙しくなるぞ」
寝る前に思いついた原始化リスク回避を検証して……
通信機が鳴った。
なんだこんな朝早くから。
「ハロハロ?」
《ザァ……私 ザァ……イシス ザァ……今 君の後ろにいるよ》
「きゃー!!!!!」
通信機を投げ捨てた。
まさか……あの夢、夢じゃない?
「どうした、悲鳴が聞こえたが?」
「出たー!!!」
「とうとう壊れたか」
おれは一目散に部屋を飛び出し、そのまま列車に飛び乗ろうとしたところをルージュ殿下に取り押さえられた。
「巫女先生に!! 巫女先生に!!!」
おれは『三啓』ウィヴィラ教に救いを求めた。




