132.原始化プログラム――そのとき歴史が動いた
リスクと対応策について専門家たちと検討し、原始化プログラムを組んだ。
適合率向上のための機動実験。
1.高機動
2.戦闘
3.飛行
4.セキュリティシステム起動
この4段階だ。
実験場所はマリアさんに選定してもらった。
皇室が所有している廃坑山一帯。
複数の高山がそびえる山脈のカーテンが実験を覆い隠す。
「うおー、この世の全てはおれのものだー!!!」
テンションが上がって叫んでみた。
空気がおいしい。あと気休めだが、地下より魔力のつながりが良さそうだ。
輸送はアイゼン侯と相談して決めた。
実験中の車両を稼働させた。運搬中の事故にも耐えられる特別製だ。
「おおースムーズぅー!!」
乗ってみた。
最高のギアを、最高の列車に格納。
テンションも上がるというもの。
廃坑のレールはそのまま運搬に使えるし、崩壊した路線はレースに使える。
「殿下ー、もう一周。もう一周してみましょうー?」
「心配ない。コースは覚えた」
「もう一回……」
「だが、競う相手がいないと張り合いがないな」
問題は『シリウス』とルージュ殿下に張り合えるのは誰って話だ。
「いよっーし!! 挑戦者はだれだー!? マクベス君呼び戻します? 呼び戻しますか!? ぼくひとっ走り行ってきましょうか!?」
「砂漠の件は今が正念場だ。他に適任がいる」
朝靄のかかる標高2200mの高山。
足場の悪い岩山を、二機が競って疾走する。
もはや機影は捉えられず、地面から立ち昇った粉塵が幾重にも柱と化し、目で追えたのはその軌跡だけだ。
「くっそー、朝靄めぇ、見えねぇよ!!! どこどこどこ! 今どこ!?」
靄が一気に晴れた。
陽光を反射する純白の機体が現れた。『アルビオン』が大気で機体を撃ち出して急加速した。
《……来い!!!》
娘を煽る皇帝。
《ならば、こちらも!!!》
追従する『シリウス』もまた、一気に加速する。
背面の装甲が開き、スラスター発動。
反重力で軽くなった機体を弾丸のように射出する。
《ぐっ、ううううう!!!》
「これだ、これが見たかったの!!!」
ギア同士の高速機動レースだ。
二機は横並びのままぶつかり合う。
トップスピードを維持し、走っているのは舗装されていない岩肌だ。
この危険なヒルクライムにおいて、二機は当然のように直角ドリフト。最短のコーナーワーク。
常時フルスロットルで、曲がれない難所をスラスターの出力と荷重移動、地面すれすれの極端な倒れ込み姿勢で曲がる……曲がってしまう。
折り返し、近くを通った瞬間、爆風が襲ってきた。
もちろん、重力シールドで守らなかった。
浴びたかった。臨場感。
「うひぃーあばばばば」
その後もコースを変え、チェックを繰り返した。
◇
レース後、景観を楽しみながらみんなでお弁当を食す。
その後はお楽しみの調整だ。
「速くなーれ、強くなーれ」
さすが『シリウス』。
原始化前でも、あの激しいレースで損傷は無い。
普通の機体なら、トランスミッションはガタガタでギアが削れまくるし、フレームも歪むだろう。
一体誰なんだ、こんなすごい機体を造った技術者は!?
あ、ぼくでしたー!
「異常なーし!! 整備長、異常ありません!! よし、ご苦労!! チェックオッケイ!! チェックオッケイりょーかいぃ!!!」
青紫の装甲にある飛び石の跡は、ダメージポイントを示す。
機動の度に動力炉が覚醒していく。
機体全体が生気を帯び、羽化の時を待ちエネルギーを蓄えているようだ。
おれは各部固定の緩み具合を事細かにチェックした。
オイルも全とっかえ。
「よーしきれいになったね。とってもきれいですてきだねー」
「様子がおかしいぞ。少しは落ち着け」
「殿下こそ!!! 何を冷静になっているんですか!! このビッグイベントを前に!!!?」
「ふん、取り乱すな。お前が見たいもの全て、見せてやるさ」
「殿下、そんな、ぼくのために……カッコイイ……!」
さすが、おれの推しだぜ!
ルージュ殿下に気負いはない。
新調した高感応プロテクトスーツ、ガイナ国旗を背に纏う姿は、まさに王者。
『シリウス』の想定される戦闘シーンは一対多数。
ゆえに、本気の人選。
皇帝の『アルビオン』(従機士:ヴィルヘルム、ウィリアム)。
「油断するな。アドバンテージを活かし、背後から襲うのだ」
ノヴァダ卿の『カスタムグロウ』(従機士:マクベス)。
「了解」
フリードマンの『三式グロウ』。
「おれと相棒の力、見せてやりますよ!!」
「偉そうなことを言ったが、これは高揚せずにはいられんな」
三機が同時に襲い掛かる。
穴の無い布陣。
近接戦闘訓練だから魔法はなし。
縦横無尽に迫りくる鋼鉄の嵐に晒され、その渦の中で耐え忍ぶ『シリウス』。
一瞬で勝負を決する一撃一撃を、神業のような機体廻しで帳消しにする。
攻めより護りの技術の方がはるかに難しい。
だからこそ、この追い込みが機士とギアの適合率を効率的に上げる。
激しい火花と衝突音が絶え間なく続く。
ルージュ殿下の機体廻しが冴えていくことに比例し、三人は連携を強めていく。
一人が『シナジー・ゾーン』に入ると、連鎖するように全員が、完全な集中状態に没入する。
訓練のレベルが飛躍的に上がる。
拮抗したパワーバランスが崩れない。
演武にも思える。
おれは呼吸を忘れた。
一瞬、回転力を上げた『三式グロウ』のハルバートが吸い込まれるように『シリウス』へ。
《ちっ!》
身をよじり、肩で受けたものの、3分40秒目にして初のクリーンヒットだ。
「ああ!」
『シリウス』の体勢が崩れた。
「あ」
『三式グロウ』の方が、先にオーバーヒート。
ハルバートがすっぽ抜けて飛んできた。
「う、ひゃー!!!」
戦闘がストップ。
『アルビオン』が煙を吹いている。稼働限界だ。
ノヴァダ卿も、リタイア。マクベスとの連携は負担も大きい。
「父上、お立場がありますゆえここまでに! フリードマン、貴官はいい加減新型に乗れ!!! ノヴァダは、無理させてすまんな」
殿下は元気いっぱい。
選手交代だ。
北部軍から、マーヴェリック。報告による一時帰還に合わせて、立ち寄らせた。
「スーパーマックスマーヴェリックタイムだ」
「ねぇ、ずっと気になってたけど、それなに?」
「おれの独壇場、おれが無敵で一方的な時間のことだぜ」
なんか知らないが、それを言うと『シナジー・ゾーン』に入れるらしい。
殿下はマーヴェリックの『プレデター』、超絶技巧『クイックターン』の連続にも適応。
ヘビー級がライト級のスピードに難なくついていくようだった。
■状態検知
・適合率 99%
・出 力 S+【3880/5000馬力】
・速 度 S+【時速0-150km】
・耐 久 S 【4200/4200HP】
・感 応 Ex 【0.7秒】
・稼 働 A 【130分】
順調に適合率が上昇していく。
全能力を使ったマーヴェリックは強かった。
戦いは超絶技巧の掛け合いとなり、両者の動きはより生身に近づいて行った。
それも、ルージュ殿下が吸収し上をいった。
「殿下のハグはお預けか~」
「そんな約束はしていない」
「そんな約束はしていないそうだぞ!!」
「握手だけでもだめか~?」
「だめ、お時間です、帰って!」
マーヴェリックが北へ戻ると同時に交代で機士が追加。
「人使いの荒い……」
皇子様の登場だ。
「ターンタンカターン、タンカターン、タンカターン~♪」
「変な入場曲をやめなさい。君のせいで私の帝国皇子としての、威厳が、損なわれているんだよ!」
「わー黒騎士様だー」
「わーかっこよすぎるぞギル兄―」
「そういう態度だと君たち、友達無くすぞ!?」
みんなで拍手して歓迎したのに、皇子様は御怒りだ。
『ハイ・グロウ二式』必殺の『スマッシャー』、ストレート型に近いゴリ押しのガチンコバトル。
『シリウス』は荷重移動だけで真っ向から打ち合う。
殴り合いだ。
腕一本分の距離で、互いのハンドマニピュレーターを叩きつけ合う。
「おお、おお!!」
攻撃の回転力が上がっていき、連続機動状態限界ギリギリまで拳を突き出す両雄。互いにアクチュエーターの稼働熱を魔法で冷却し通常ではあり得ない連続機動を可能にしている。
ふいに互いの拳が交錯した。
胴体へ拳が届くのも同時。
『ハイ・グロウ二式』が『スマッシャー』を炸裂させる。
重量はほぼ同じ。
だが、攻撃に乗せる質量に差が生まれる。
まさに正面突破。
吹っ飛んだのは『ハイ・グロウ二式』だ。
「これで勝った気になるなよ、ルージュ?」
「いや、私の完勝ではないか」
「私を倒そうと、まだ北には私の妻がいるんだからな!!」
「威厳の話は?」
■状態検知
・適合率 100%
・出 力 S+【3900/5020馬力】
・速 度 S+【時速0-150km】
・耐 久 S 【4200/4200HP】
・感 応 Ex 【0.69秒】
・稼 働 A 【130分】
戦闘を経て、調整にはルージュ殿下の好みも反映した。
「軽くしすぎると、手応えが薄れる」
「ですが、原始化するなら強度が増すので、部品を減らした方が無茶ができます」
「原始化したとき、装甲パージ機能は残るのか?」
「ああ……一工夫しないと無理そうですね。考えます」
「ああ、それで装甲比率を調整してくれ」
原始化を見越した微調整に、機士の感性を反映させることで、さらなる適合率上昇へと至る。
■状態検知
・適合率 101%
・出 力 S+【3920/4990馬力】
・速 度 S+【時速0-148km】
・耐 久 S 【4200/4200HP】
・感 応 Ex 【0.68秒】
・稼 働 A 130分】
ルージュ殿下を取り巻く空気が違う。
以前は、孤高の天才の後ろに全員が付いて行っていた。
今は、殿下を囲んで輪になって踊っている感じだ。
かっこいい黒騎士が帰ると、入れ替わりで優しそうなお姉さんがやってきた。
「あらー、きれいなギア~。これ、勝ったらもらえるのかしら~?」
「発想が野蛮人だ!!」
「勝ったら……はっ、いいですよ義姉上」
フィオナの『ハイ・グロウ二式』との対戦。
ここまでと違い、勝負は一瞬。
一撃必殺の真剣勝負。
両者、得物を構える。
『シリウス』の基本兵装『F.A.N.G』。
特殊対装甲加工ではなく、『ネメシス』の装甲を加工した原始系加工兵装剣。
『ハイ・グロウ二式』は『ツインスティンガー』。
ヘカトンケイル系の両腕部換装ユニットに『スティンガー』を無理やり装備させた異形兵装。
0―100のトップスピードで正面衝突する勢い。
ギリギリ装甲を掠めること、三度。
瞬きする間に、火花が三度舞った。
『シリウス』の前面を覆う翼状装甲でスティンガーの軌道を逸らし、続く追撃のスティンガーを『F.A.N.G』で相殺し、相打ちの形へ。
両者の兵装が交錯したが、速かった方が勝った。
ルージュ殿下がストレート型の正面突破に適応。
■状態検知
・適合率 104%
・出 力 S+【3920/4990馬力】
・速 度 S+【時速0-148km】
・耐 久 S 【4200/4200HP】
・感 応 Ex 【0.66秒】
・稼 働 A 【130分】
最終仕上げ。
「ただいま戻りました」
マクベスが南部砂漠から一時帰還。
「来たのかマクベス」
「はい。どちらにせよ、おれの機体を取りに来る予定でしたので」
新型の片割れ。
『グラヴィウス』との戦い。
「殿下、すいませんがおれの調整に付き合ってください」
「私で良ければ、喜んで」
両者の戦いは地面を割り、山を削った。
◇
飛行実験。
ホバーから高度とスピードを段階的に上げていく予定だった。
《はははは!! これは楽しいぞ、グリム!!!! あはっはは!!!》
「な、なによりです」
モニターで見ているこっちは眼が回って吐きそうだった。
何はともあれ、ギアの飛行に成功した。
そして、ここからが正念場だ。
セキュリティシステムの再導入。
ルージュ殿下はコンディション、メンタル、バイオリズムに至るまで、最高の状態。
「殿下に必要なのが高い食事やオーケストラの演奏ではなく、訓練だとは」
「私に詩でも詠めと? 己を研ぎ澄ますにはこれが一番だ」
「ぼくは構いませんよ」
深夜。
煌々と山を照らした光を、人々は夜空の星と間違えたに違いない。
あたり一面を埋め尽くす光の束。
原始化開始から10秒。
光は止み、精錬された直後のように機体全体が煙と燐光を帯び、地面はドロドロに溶解している。
「殿下……!!」
機体の熱を反重力で一気に膨張冷却させた。
それで今になって気づいた。
機体を変質させるほどのエネルギーの熱量。
当然内部は灼熱だ。
「熱コントロールが原始化の成功の最低条件だったのか」
ゲームでの『原始化』とは、原始系に準ずる機能を獲得するだけで、原始系そのものになるわけじゃなかった。
だが、おれたちが見ているこれは、明らかに―――
『熱』の『ネメシス』は言わずもがな。
『大気』の『アルビオン』も気圧の圧縮と開放で急激な冷却効果を生む。
いやそうか、そもそも原始系はその運動量で発生する熱エネルギーの問題を解決できなければオーバーヒートする。
『重力』の『ネフィリム』も反重力で膨張によって。
『鉱物』の『ガイヤ』も熱伝導性のコントロールで。
『電光』の『ラザロ』も磁気冷凍で。
『流体』の『アビス』も気化熱で。
もしかして、先のおれがストップした原始化未満、あれでも本来の原始化には成功していたかもしれないのか?
そして、最後までやり切った今回は、原始化ではなく、原始系ギア製造の正当手続き……
これは偶然か?
いや、天運……ルージュ殿下は遅かれ早かれ、原始系を生み出したに違いない。
地面の溶解は止まったが装甲の燐光はそのままだ。
全身のリベットが消滅している。
飛行に際し極限まで凹凸を無くしたが、わずかにあった空気抵抗すら許さないとでもいうように。
周囲に配置しておいた、予備の装甲やパーツ、『F.A.N.G』も原始化の影響を受けている。一か八か、有線ラインで繋げておいたが、上手くいったらしい。
機体が、おれの存在を感知している。
魔力の波動が周囲にバラまかれているようだ。
圧倒されている場合ではない。
ハッチを開くと殿下はまだ意識があった。
「成功です」
それを聞いたかどうかというところで、殿下は失神した。
笑顔だった。




