130.5 ルージュ
初めて『シリウス』に乗った時、私は何かを見た。
『引き返すと良い。君は到達者ではない』
声を聞いた。確かに聞いた。
だが、強烈な光と共に私は現実へと引き戻された……
グリムの言う『原始化』は新たなフィッティングプログラムを元に進行。
皇室の所有する鉱山跡地での、機動、戦闘、飛行の実験が行われた。
『原始化』の成功率を上げるための馴らし。
そして、グリムは『原始化』を見込んだギリギリの調整を敢行。
『うひひー、これも要らない。これも削る。もっと研ぎ澄ます、もっとかっこよく』
これで失敗すれば、すべてが水泡に帰す。
そんな大きなリスクを前に、グリムは狂喜していた。
そして停止していたセキュリティシステムを再稼働させた瞬間、再び『原始化』が始まった。
◇ ?
何もない空間。
やはり、前に見たとおりだ。
『シリウス』が無い。
夢か何かか?
「なんだい、また来たのか」
「ん?」
白い空間に男が立っていた。
「ここは何だ?」
「待って、説明する。あー君は死んだ。ここはあの世だよ」
「そんなわけがあるか」
男はニヤっと笑った。
「はは、なぜか到達者にはこの手の冗談が効かないんだよね。まぁ、精神力は合格。ユーモアは不合格だけど」
「到達者?」
「うん、ワールドエンジンにアクセスできた者のことだ。君は6666年ぶりで、7人目だよ。おめでとう」
ワールドエンジン?
グリム語か?
「貴様、グリムの知り合いか何かか?」
「グリムって……誰それ? ああ、それを造った技術者のことね」
振り返ると『シリウス』があった。さっきまでなかったはず。
「この短期間で再到達……システム手続きを理解しているのかな。お茶は?」
「もらおうか」
私はテーブルに着いた。
紅茶が目の前に現れた。
「貴様、天の使いか? それとも、我らが父祖の霊魂か?」
「ハハ、なにそれ? 神か仏かって? あーぼくはもっとデジタルで数理的観念だよ。今のは分かりにくく説明したよ」
「理、そのものということか?」
「なんでわかるんだよ。つまらないな」
我々が脚色することの無い、法則や原理、自然の法そのもの……そんな感じがする。
「魔力……の源泉」
「聡いね、ガイナの皇女。もっと言えば魔力が伝達する全て、その記憶が形成し、魔力そのものの性質を方向付けている……何かさ」
それ以上は私の頭では想像すらできないということか。
どうでもいいな。
「それで? 私はどうすればいい?」
「ん、おすすめは引き返すことだ。君は資格が無い」
「資格ならあるぞ。市場で買った」
「いや、市場で買えるかっ! ハハ、いいね。まぁ挑戦するのは自由なんだけど……わかっているだろう? 代償がある。命賭けられる?」
制限時間か。
私のこの思考、現実でどれだけ経っている?
『シリウス』内での原始化に私の肉体は晒され続けている。
「構わん。私はやる」
「相手は私ではないよ。彼らだ」
『理』が指さした先に、6機のギア。
「『アルビオン』に『ネメシス』……全て原始系か」
グリムが言っていた。『シリウス』はそもそも原始系ギアを凌駕するスペックを搭載していると……ならば――
「甘く見ない方がいい。君が知っているのは不適合者が動かした場合だ。あー誰か立候補はいるー?」
『アルビオン』が前に出た。
父上が乗っていたときと同じ。違いは武装があることくらい。
得物はランスか。
「やっぱり彼女だと思った。血は争えないって嘘だよね」
「一対一のブーストクロスコンバットだな。受けて立つ」
私も『シリウス』へ。そう思ったときには機体を纏っていた。
「ルールは?」
「実戦と同じ。何でもありだ」
◇ ?
何度目だ……?
「あれ? 君、まだいたの?」
「ああ」
「勘違いしないで欲しいんだけれど、帰った方がいい。別に迷惑じゃないし、こうしておしゃべりできてうれしいけどさ」
「まだだ。私はまだ戦える」
「ああ、君の肉体がこと切れるまではね」
繰り返すごとに、私は上達を積み重ねた。
それでも『アルビオン』に敵わない。
父上が乗っていた時とはまるで別物だった。
空気抵抗ゼロでの急加速。
不利な体勢からの大気の壁形成。
一撃一撃は大気圧を圧縮・発散させ光を伴う衝撃波を生む。
そのエネルギーを纏ったランスでの突き技の連続。
それらを止まらず繰り出して来る。
戦闘スタイルはどこかフィオナに似ている。
「正直、その機体はローテク過ぎるんだよね。それにあれこれ詰め込んで半端だ。洗練されていない。ガーゴイルと大差ないよ」
違う。
機体スペックで何とか持ちこたえていただけだ。
私が手も足も出ない。
「ああちょっとダメだって。そんなことして」
「私は何をしてもいい」
『理』が狼狽える声に面を上げると、そこには私がいた。
いや、眼の色はスカーレットに似ている。
「立て」
「イシス、境界線について話し合うべきじゃないかな?」
「イシス……アルビオンの機士か」
イシスは殴りかかってきた。
大振りのケンカ殺法、だが勢いがある。
典型的なストレート型の戦闘スタイル。
「生身なら受けるんだな」
「なに?」
組み合うとますます、私に似ている。
おそらく、この女が最初の……
「切り替えろ。思考は遅く身体を重くする。感覚を信じろ」
そうだ。
私は――
「ぐっ……!」
拳が受け流しきれない。
迷いが一切ない。
私の反撃をものともしない。
「技術はお前が上、身体能力は互角……」
ガードの上から叩かれ、一瞬崩れた体勢。拳が腹にめり込む。
「ぐぅぅ!!」
「だが、歴然とした差が生まれる」
視界がブレ、思わず、組み付いた。
背中に衝撃が突き抜ける。背後に回る前に膝で胴をカチ上げられ、殴り飛ばされた。
「私を倒したければ怪物になれ」
その瞬間、『シリウス』に乗っていた。
目の前に『アルビオン』。
連撃が繰り出される。
構わず前に出る。
ランスの 突きを振り払い、斬りかかる。
大気の壁に対抗し重力の壁――そこに私の熱を収束させる。
『アルビオン』は大気圧、『シリウス』は熱収束で互いの動きが光を纏い始める。
これまで防御に使っていた重力場シールドを攻撃に転用。
もはや視覚は意味を成さない。
機体から流れる魔力感覚で、周囲の状況を掴む。
『怪物になれ』
その一言がしっくりきた。
機体同士の激突で、装甲が砕けていく。
過剰な魔法使用が、機体の限界を早める。
肉体が悲鳴を上げる。
本能が止める線引き。
それを無視した。
私が熱を操作することで、動力炉の回転数はトップギアを超えて維持される。常時レッドゾーン。
この戦闘の後、たとえ終わっても構わない。
明日を望むことなく、一瞬に命を懸けることをためらわない。
拮抗している。これでいい。
これで――
ふと、グリムの顔が浮かんだ。
ボロボロになった『シリウス』を見る、何とも言えない不服そうな顔を。
そのイメージが振り払えない。
とても不服そうだ。
「怪物にはならない」
ランスを剣で逸らす。
突きを刃でいなす。
互いの得物が激しく交錯しながら、体を入れ替え続ける。
互いの得物が衝突する度、纏う光が衝撃波を生み、弾けて光の華を生む。華は刹那の瞬間だけ美しく輝き、儚く消える。
だが空間を華が満たしていく。
一瞬にも永遠にも思える斬り合い。
この瞬間に全てがあった。
私のこれまでの人生。いや、私という個を作りあげた、人と人の歴史。
技術の相伝。
出会い。
そして、これからもそれは続く。
続いていかねばならない。
「あああああ!!!」
機体同士が弾け、間に距離が生まれた。
大気の壁。来る。
熱×重力で押し返す。避けられた。
大気、私も躱した。
距離が開いた。
放たれた光の突きを、光の斬撃で迎撃する。
爆発が起きた。
衝撃波が到達する前に、装甲展開、鋼鉄の翼を解放し、反重力とニトロによる、飛行。
煙と衝撃波を迂回して上へ。
『アルビオン』も同時に上へ。
空中で、開いた距離が詰まった。
空力を阻害する大気の圧。
「単調だな!!!」
空中での急加速。
高機動。
『アルビオン』の頭上を取った。
『F.A.N.G』が最大出力で光の斬撃を放つ。
「私は集大成だ」
『アルビオン』は落下、地面へ激突。
「おめでとう」
『理』が目の前にいた。
「集大成……いい答えだった。まぁ、ヒントをもらっていたから満点ではないよ?」
「私なりの答えだ」
「ああ、でも到達者は孤立した力であってはならない。人類の手段、希望だ。君はその力を行使し続け、それを受け継ぐ者が現れるか一喜一憂し、生涯自由を失うだろう」
「そうか。これまでと何が違う?」
「違わない。辛い道がただ続いていく。覚悟は?」
「楽しむさ」
「フフ、いいね」
振り返ると、『シリウス』があった。戦闘の傷はない。
全身の装甲から『F.A.N.G』の刃までもが変質している。
リベットの跡が完全に消えている。ボルトの穴も。
オイル交換とかどうするんだ?
ま、グリムが考えるだろう。
「よし、次の相手はだれだ? 『ネメシス』がいいな」
「さよなら、『天狼』の機士」
私は、白い空間から弾かれた。
グリップハンドルを握る手は、血で赤く染まっていた。
全身に襲い掛かる疲労感。これは現実だな。
「殿下!」
グリムの声がした。
見ると、心配そうな顔をしている。なら機体は上手くいったらしいな。
「どれぐらい経った?」
「10秒ぐらいです」
「そうか」
「あの、何かありましたか?」
「いや、ちょっと、先祖を斬り伏せてきた」
そこで私の意識は途切れた。




