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原因と結果

『ニュース討論アワーです。本日はこのニュースから……本日朝、首都南門付近で魔動車が暴走し、歩道を歩いていた児童数名を跳ね飛ばしたあと、民家に激突する事故が発生しました。六歳の児童二人は死亡が確認されています。また、他にも六歳児童一人と運転者の七十代男性が、重傷で搬送され入院中です。今年に入って高齢者の起こした人身事故による死亡件数はすでに八十五件。過去最悪のペースで……』


 魔力映像受信機テレビがいつもよりやかましく感じられる。

 その忌々しい報道の音量を小さくすることは造作もない。軽く毛先ほどの魔力を送るだけで、すぐにでも平穏な部屋となる。

 だがそうしたところで、私の気が晴れるわけでも社会が良くなるわけでもない。

 私が下げなければいけないものは、けっして音量ではないからだ。

 上着を手に取り、部屋を出る前にもう一度画面を見る。


『そりゃあこれからもっと年齢層が上がっていく状況で、放置できる問題じゃないよね』

『長生きも魔動車もマンジ氏の発明ですけど、ご本人はこの問題をどう考えているんでしょう』


 本当に世間は勝手なものだ。

 部屋の扉を締め、鍵に魔力を流し込む。

 カチリという音としっかり閉まっていることの両方を確認して玄関に向かった。

 折り目正しい挨拶をする使用人が運転手を申し出るが、私はそれを断って家を出た。


 自宅の建物に隣接する駐車場には、そのすべてに愛車が止まっている。

 いずれも私の子供のようなもので、十台すべてが車両前方部をこちらに向けて搭乗と出発を待っていた。


 今日は最新型君と参ろうか。

 まずは車体の前後に障害物が無いか確認し、続いてサイドドアにマイナンバーカードをかざす。

 ドアがスライドして、車内には自動音声が響いた。


「マンジ様、おはようございます」


 車内に乗り込み左手を車内の魔石に乗せ、いつもどおりの確認をした。

 ミラーのゆがみも、フロントガラスの汚れも無い。

 今度はカードを差し込み、次の自動音声を聞く。


「安全運転を心がけましょう」


 門に向かって前方もクリア。魔石には最初はわずかな魔力のみを流してゆるりと出発する。

 いつもと変わらないルーチンを経て、共和国議会場へと出発した。






 車内の魔力放送受信機ラジオは先ほどと同じニュースを流しており、私はまたも眉をしかめる。

 昨今、繰り返されるこのニュースが、なぜことさら私の耳には忌々しく突き刺さるのか、少しばかり説明させていただきたい。



 それは私の数ある発明の中で、最も有名な二つに起因している。

『腎臓治癒魔法』と『魔法動力車』だ。

 どちらも社会を大きく換え、そして今の私の立場と財に替わった。


 最初の発明は二十年前、私は齢二十五にして腎機能を回復させる腎臓治癒魔法を発表した。

 きっかけはさらにその数年前、両親を続けざまに亡くしたことだ。


 五十代の父は死の直前に、弱々しい声でこう話した。


『もうすぐゴールに着く。それだけの話だ』


 その翌年、同じく五十歳の母はこう話した。


『運命なのよ。お父さんも待ってくれているわ』


 二人が言うとおり、珍しい話ではなかった。

 五十代後半または六十代でほぼすべての者が羅漢する病により、腎臓機能低下、そして衰弱と死亡の道を歩むことは当たり前であり、二人とも少し早めにそれを迎えただけだった。


 だが、私はそれを当然とは思わなかった。

 死を一つの事象ととらえた場合、必ず死因がある。

 死因となる病魔を一つの事象と捉えた場合、必ず病因がある。

 この世にあまねく存在する全てに、原因がある。

 問題を解決するために必要なことは、その因果性を読み解き、正しく原因を突き止めること。

 次に欲しい結果から逆算して、正しくその原因に介入することだ。


 私は父を弱虫だと思った。

 魔法開発者として輝かしい実績とあふれるような自信を見せてきた男が、なぜこうも簡単に病魔に隷従れいじゅうしてしまうのか。


 私は母を泣きながら責めた。

 二人とも私を愛していると言いながら、なぜ自身の行く末を運命などという抽象的な言葉で諦め、私を一人にさせるのか。

 母は私を見て困ったように笑った。


「あなたは強い子だけど、人の弱さもわかってあげてね」


 その言葉が理解できないまま、母は息を引き取った。


 私は取り憑かれたように研究を続けた。

予想した以上の期間はかかったが、私は腎臓治癒魔法を完成させて発表した。

 それは社会にとって、運命の壁を壊すつちとなった。

 なにせそれまでの治癒魔法は『体調をわずかながら整える』程度のものでしかなかった。

 具体的な部位に、具体的な効果を作用させるその魔法により、社会の平均寿命は劇的に延びた。


 魔法に命を救われた者からの感謝の声以上に、受け止めきれないものがあった。国により管理される魔法特許の使用料だ。


 知り合いは私に言った。


「一生働かずに遊んで暮らせますね」


 私はそれにこう答えた。


「金を得て、そのような無価値な人生を買おうとは思わない」


 あいつは変わり者だと影で言われた。

 また、人の死を生業にする者は言った。


「自然の摂理に逆らう所業だ」

「葬儀屋殺し、暮石屋殺しだ」


 本当に世間は勝手なものだ。



 そんな声は気にせず、私は次の研究に没頭した。

 使わぬ大金を放置することもない。研究費用は湯水のように使えた。

 それに腎臓治癒魔法もまた一つの原因となり、別の事象に続くはずだと私は知っていた。

 今にして思えば、私にはそれが予見できる、前もって準備することは容易いなどと考えていたことは過信だった。



 私の予見はこうだった。

 寿命が延びると人口が増える。生産も流通も交通も今の規模のままではもの足りなくなるだろう。

 老いた者は足腰も弱り、移動手段も必要になってくるはずだ。

 現状の馬車や牛車では社会の先細りが目に見えている。

 そう考えた私は取り憑かれたように魔道具の開発に没頭した。


 私は完成したそれを「魔法動力車」と名付けて発表した。腎臓治癒魔法から十五年後のことだった。

 馬でもなく牛でもない、魔力で操れる車は世間を驚かせた。

 もうこれからは厩舎も牛舎も、毎日の世話も要らない。新時代の乗り物が世に生まれ、社会の生産性は跳ね上がったと賞賛された。

 私の予見した事態を解決する以上に、大きく社会を変貌させることになった。もっともそれはたいした問題ではなかった。


 一部の者からのそしりは予想どおりだったと言うべきか。


「御者、馬車職人も殺された」


 だが魔動車と呼ばれる私の発明を誰もが我先にと買い求め、私の名声と財はまたも膨れ上がった。


 しかし、本当に世間は勝手なものだ。

 魔動車が急激に広がると同時に、運転事故が各地で多発し不幸な死が相次いだ。

 一部の者は言った。


「命の商人が、死の商人に変貌した」


 別の者は言った。


「彼に殺害された数は、じきに共和国革命の死者数を超えるだろう」



 それからの私は忙しくなった。

 私の発明が正しく評価されない原因は取り除かなければいけない。

 私は名声と財力を活かして国の議員となった。

 私の財力があれば、票をある程度買うことなどは容易かった。



 まずは法を定めた。

 道路交通法により安全規範を推し進めると同時に、事故を起こした際の責任の所在を明文化した。


 だが事故は減らなかった。

 大勢の者が言った。


「教本が分厚くて高い。彼はまだ儲けるつもりなのか」



 ならば免許制にすればいいと考えた。

 まずは特許料の一部を充て、各地に魔動車運転教習所を設立させた。

 設立の費用を払うことは、社会を換えた者としての責務とも言えよう。

 共和国の役所に設置されている国民管理魔法装置マザーコンピュータには、使用可能な魔法を含む個人情報が記録され、各人はマイナンバーカードの発行を受けている。

 受講と試験合格を経て、マイナンバーカードに運転免許が登録される制度を施行させた。


 社会の運転の質はようやく上がった。

 しかし、世間は教習所の費用と運転免許の登録費用を高いと愚痴った。

 一部の者は言った。


「彼の金儲けの才能には恐れ入る」


 せっかくの免許制を無視して、事故を起こす者が後を絶たなかった。

 無免許運転を物理的に阻止するため、車体にマイナンバーカードを挿入しなければ動作しない仕組みも導入した。

 その仕様変更は車体生産のコストを上げた。

 一部の者は言った。


「魔石が魔力を吸い、彼が金を吸う」


 本当に世間は勝手なものだ。



 一部の批判こそあったが、魔動車の発表から十年が経ち、おおむね確立初期の問題は収束させることができたと言える。

 では現在の私の苦悩の種とは何か。

 それは私の魔動車から見えているデモ隊が答えてくれるだろう。

 ここ二年、共和国議会の議員にアピールするべく、議会が開かれる際には必ずプラカードを持った人々が詰めかける。


「「高齢者は魔動車運転免許を返納せよ!」」

「「返納制度を! 子供の命を守れ!」」


 これこそが私が予見していなかった状況だ。

 圧倒的一位の死因をこの世から消したことで、世代別の人口を表す棒グラフは右側に増え続けた。

 だが高齢者には別の健康の問題が発生した。中でも魔動車運転に影響を及ぼしたのが知覚・反射の衰え、痴呆だ。

 前進と後退を間違えて建物に衝突する者、人に気づかず跳ね飛ばす者により死亡事故が激増した。


 事故被害者や遺族が賠償金を受け取れない場合も多かった。

 もともとは働き盛りと人生がどちらも同じぐらいで終わる社会だったがゆえに、老後の蓄えがある高齢者も少なかったからだ。

 また賠償金を払えない高齢者の一部は、事故で生き残っても自ら命を絶つような者もいた。

 そのような悲痛なニュースは、いっそうこの問題の深刻さとして報道された。


 高齢者からは免許を取り上げろ、そうでなくても自粛しろという声は日に日に増えている。

 一部の者は言った。


「彼は動く死者グールを作り、牙を与えている」


 本当に世間は勝手なものだ。



 現状の責任が私にあるとは全く思わない。

 しかし現状を結果と考えた場合、私の発明が原因であることは一つの事実だ。

 ときに常識を、ときに社会を変えてきた私だが、次なる使命は『高齢者による魔動車運転事故件数の減少』だ。


 簡単なことではない。

 だが私にはできる。

 なぜ高齢者による魔動車運転事故が増えているのかの因果を読み解き、正しい社会けっかを導いてみせよう。


 それに私ももう五十代目前だ。このまま現状が解消されず、高齢者の魔動車運転免許の返納が義務となった場合、私まで好きな運転ができなくなってしまう。

 様々な理由により、他人事ではないということだ。

「急加速、急停止、速度超過が無い安全運転でした」

 これ以外に聞いたことがない、定番のアナウンスが流れる車を後にして議会場へ入った。





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