苦闘
運転免許返納義務を政策の一つに掲げている政党は、選挙のたびに意見を強めている。
主に二十代から四十代前半までの層が支持基盤となっていて、事故が減らないうちは今後も議席を増やすだろう。
つまり次回の選挙以降は、運転免許の返納が義務と制定されてもおかしくない。
だが現状の社会体制では返納を義務とすることは難しい。
魔動車ありきで働き続ける者が多い中、それを取り上げるということは働かずに餓死しろと言うに等しいからだ。そしてそれを受け止める社会保障など国が準備できるはずもない。
つまり現時点で緩やかな内容の法を導入し、事故を減らしていく必要がある。
「必須講習の制定案は賛成多数で可決されました」
議長の声が響く。
やはり形になると安心するものだ。
事故の撲滅とまでいかなくとも、施行に合わせて事故は減っていくだろう。
今回の内容は以下のとおりだ。
高齢者は毎年、教習所で開かれる必須講習に参加する義務を負うこと。
必須講習に参加しない場合、自動で運転免許が失効となること。
必須講習の認知テスト、実技テストに合格しない場合も運転免許が失効となること。
自ら返納を希望する者は返納可能とすること。
何もすべての高齢者が魔動者運転不適格となるわけではない。
不適格者に最初に免許を与えないのと同様、身体的に運転のリスクが高まった者のみを選別し、正しく事故の要因を間引いていけばいい。
もちろん講習を受ける前に、自分自身で返納を希望するならそれも良しだ。
私は満ち足りた気持ちで帰宅し、後方確認を充分に行った上でいつものように丁寧にバック駐車した。
「急加速、急停止、速度超過が無い安全運転でした」
自宅ではいつもの番組を見る。
『年寄りに、講習代金を強いるのはね』
『お飾りにならなければいいんですけど』
本当に世間は勝手なものだ。
二年が過ぎたが、高齢者の魔動者運転事故は予想のようには減らなかった。
ひどい場合は、必須講習帰りに事故を起こす者までいた。
返納義務化賛成派は批判した。
「講習だけ気を張って合格しても、高齢者は日々の運転で継続しない」
「自らを危ぶんで返納する慎重な高齢者が事故を起こすわけではない」
「素晴らしい返納制度を、義務化ではなく一部適用にしたことは改悪でしかない」
返納反対派からも批判された。
「車を買わせておいて、取り上げる仕打ち」
私は落ち込んではいなかった。
何事もうまくいかないことはある。
大事なことは正しくその結果を検証し、次の手段に反映させることだ。
結果が出ない可能性も私は想定していた。
次に私は発明家らしく魔動車側からのアプローチを試みた。
従来の魔動車は一つの魔石に魔力を込めて運転する。
水・火・土・風の魔力がそれぞれ前後左右に対応し、配分して注いだ魔力に応じた方向に進む仕組みだ。
だがそもそもこの仕組みは、運転におけるヒューマンエラーとなりやすい。
そこで魔石の数を四つに増やした。両手を置く場所に前後二つずつの配置だ。
前進時は前の魔石に、後退する際は後ろの魔石に手を置く。
これなら前進と後退の操作を間違えることはありえない。
また左右の操作が必要な緊急の制御をする際も、属性を意識せず魔力の左右バランスだけで感覚的に操作できる。
運転をより簡易にしたこの仕組みにより、事故の原因は正しく排除できるだろう。
まずは販売ラインに乗せ、その後に義務化としていけばいいだろう。
しかしリニューアルした魔石四つの魔動車はそれ以前に全く売れなかった。
「今まで片手で運転できていたものを、なぜわざわざ改悪するのか」
「従来の魔動車より割高すぎる」
あまりにも売れ行きが悪く、決議にかける以前の問題だった。
金儲け目的などと思われるのは心外だが、そう思われている状況で無理に法を制定するようなことをして反感を買うことは得策ではない。
今まで発売された魔動車シリーズは全て自分でも所有していたが、失敗作扱いされる今作の子は不憫でならなかった。
次に私は高齢者の速度制限に着目した。
高速で運転するから事故が起きやすくなる。ならば高齢者のマイナンバーカード挿入時は速度制限がかかる仕組みにすればいい。
極端な例えだが、歩く程度の速度なら事故はかなり発生しにくいはずだ。
多数派となっていた返納賛成の政党の賛同も得て、すぐに施行が決まった。
ところが悪い意味での反響がひどかった
議会場には大勢の高齢者のデモが駆けつけた。
「性能に納得して購入したものを、あとから制限するのは詐欺だ」
「しかもその改造を自費で強いるなどとは」
そして速度が遅い車でも事故は起きた。
高齢者がゆっくりと店舗に突撃し、被害者はゆっくりと圧殺された。
そのおぞましいニュースに、この速度制限システムと法が欠陥だったと誰もが批判した。
そして大勢の高齢者が裁判を起こし、国は敗訴した。
撤廃と希望者への改造費賠償が決まったあと、私はいつもの番組を見た。
『これなら、その国費を遺族に進呈したほうがましだったよね』
次に私は人間の体の反射に着目した。
私は反射に関するメカニズムを調べ、その衰えが事故につながると確信した。
取り憑かれたように研究し、私は反射の向上魔法を発表した。
私はこの魔法を無料公開するよう国に登録した。
とっさの対処が間に合わずに発生した事故はこれで減少するだろう。
だが事故は減らなかった。
反射が向上しても、前進と後退を間違える事故、そもそも危険を察知できていなかった事故には関係がなかった。
反射が鋭くなったこと自体は大半の者が好意的に評価した。
だが余計に速度を出す者が増え、平気速度は上がった。
平均速度が上がると事故を起こした際の被害の程度も大きくなった。
一部の者は言った。
「高速運転を推奨・補助するろくでもない魔法だ」
長年の奮闘虚しく、高齢者による魔動車運転事故件数は減少してはいなかった。
発生割合は減ってはいたが、高齢者の数と平均年齢の上昇につれ、むしろ件数自体は増加していた。
長年解決しない問題を論じて、いつもの番組は言う
『のらりくらりとビジネスにしてて、解決する気が見えないんだよね』
言いようのない苛立ちを抑えて車に乗り込む。
前方クリアな敷地内を勢い良く発進させ、研究所へ向かった。
研究所内の駐車場はやや狭い。苛立つ気持ちを抑えてバック駐車する。
おそらく今回の発明こそが、長年取り組んできたこの問題の決め手となるだろう。
「安全運転を心がけましょう」
実験データの確認に気がはやる私は、急ぎ気味に車を飛び降りた。
所内で見る満足のいくデータには、思わず笑みがこぼれた。
来週私は、魔動車の自動制御システムを発表する。
時間はかかったが、間違いなく正しく問題を解決できるはずだ。
帰りの道は、気分がここ数年になく高揚した。
自宅の駐車場ではいつものようにバック駐車するのがわずらわしく感じた。
「安全運転を心がけましょう」




