一
ホラーとかではないです
「いいかいあきちゃん、山の方には近づいちゃいけないよ。」
遊びにいく準備を終え、玄関で靴を履こうとしている僕に、おばあちゃんはまたその話を始めた。
「分かったって、山の化け物に見つかったら不吉なことが起こるんでしょ?」
おばあちゃんはその話を、到着した昨日の晩から何度も何度も何度も話すものだから、いい加減飽きてきて話し半分で聞き流していた。
「忌まわしいものは怖いんだよ、あれに触った日には何が起こるか分からない、近づかないのが1番さね」
小学3年にもなると現実と虚構の区別がついてくる年代で、そんな話をしても何も怖くはなかったし、むしろ本当にいるのか調べてやろう、という気持ちが浮かんでくるほどだった。
そうしておばあちゃんが表から家に入るまで適当に時間を潰し、ある程度おばあちゃんの家から離れると進路を変え山の方へと走っていった。
村にも見たことのないものはあったが、山の中にもまた不思議なもので溢れていた、街ではまずみかけない雑木の数々、にちゃり、と踏むと変な感触になる夏の落ち葉、そんなものに夢中になって奥へ奥へと進んでいた時、突然我に帰り後ろを向いた時はもう手遅れで、最早そこに道はなく、前だか後ろだかよくわからない景色が広がっていた。
結局なす術もなくぼー、と鬱蒼とした木々の隙間から見える空をみていた。
「おばあちゃんの言いつけ守っとくんだったな…」
あの話はつまり山のお化けが怖い、というより山に入ること事態が怖いという話であることに気がついた。景色が変化しないどころか、同じところをぐるぐると回っているような気さえする。
「ごめんよおばあちゃん…話を聞かないだめな孫でごめんよ…」
泣いたらだめだ、と強く思った、泣くと疲れるしなによりその場から動けなくなる。山に入って結構な時間がたった、というわけではないからまだ村に帰ることはできるはずだ。しかしだれかに見つかればお母さんとおばあちゃんに大目玉をくらってしまう、味方になってくれそうなお父さんは仕事が忙しくて来ていないから、それは絶対に嫌だ。
「あー!どうすればいいんだー!」
「そこに誰かいるの?」
後ろの木陰から鈴のように綺麗な声が通った、人に見つかりたくなかったから逃げようと思ったが、あまりに綺麗な声で僕は固まってしまった。
「上等な服、村の子じゃないの?」
おそるおそる振り向くと、そこにはぐじゃぐじゃな髪を腰辺りまで伸ばし、ボロボロの服を着ているのに、顔だちや立ち方が同じ年代とは思えないほど綺麗な女の子が、興味ありげに僕を眺めていた。
「そ、そうだよ、僕は夏休みにお父さんの実家に遊びに来てるんだ。」
女の子はなるほど、と何かに納得して痣の目立つ顔でにっこりと微笑んだ、その姿に僕は見惚れてしまっていて。
「…かわいい」
と無意識に呟いた。
「ふふ、ありがとう、そんなこと言われたの初めて」
手遅れだったがばっと口を押さえ、その直後僕はおばあちゃんの言いつけを思い出した。
「そ、それはそうと君はなんでここにいるのさ?村の教えで山には入っちゃいけないんでしょ?」
「そうなの?私は山に住んでるから分かんないよ、一人だし」
そうなんだと言おうとした瞬間妙な違和感を感じた。一人で山に住んでるってなんだろう?
「ねえ、村の人達は山は忌まわしいものが住んでるから近づいちゃダメって…。」
そう訪ねると女の子は少し悲しそうな表情を浮かべた。
「それでも、私は山に住まなきゃいけないんだ」
どういうことか僕には分からなかったが、それはそうと、と話を変えられてしまったので、これ以上追求できそうになかった。
「あなたお名前は何て言うの?」
さっきとはうってかわって屈託のない笑顔を向けてきた、コロコロと表情の変わる子らしい。
「え、名前?僕は麻田秋恒だよ、よくあきくん、とか言われてる。」
「そうなんだ、私はいず、名字みたいなのはないんだ」
相当変なことを言ったが、山に住んでいるような子だし普通なのかな、と僕は流してしまった。
「そっか、よろしくねいずちゃん。会っていきなりで悪いんだけど村に帰るにはどうしたらいいか知らない?」
「知ってる、こっちだよ!」
いずちゃんはこっちこっち、と手招きをして走り出した。見た目のわりに足が早く、止まる頃に僕はヘトヘトになってしまっていた。
「はぁ…はぁ…いずちゃん走るの早いんだね…ちょっと肩貸してよ…」
バテて膝を抱えた体制から立ち上がろうと、僕はいずちゃんの肩にてを伸ばした。
「あ、ダメ!」
が僕の手は空を掴み、その勢いで僕は転んでしまった。
「ご、ごめん!大丈夫!?」
「う、うん、こっちこそ急に掴もうとしたりしてごめんね…」
別に下心があったわけではないのだが、否定されたようで少し悲しい。
「私ね、村の人から他人に触っちゃ駄目だって言われてて、本当はこんな風に近づくのも駄目だって言われたの…ごめんなさい…」
「こ、ここから降りれば今は使われてない井戸の所に出るから!それじゃあね!もう山に入っちゃ駄目だよ!」
早口でそういうといずちゃんは足早に山の中へと姿を消してしまった。
言われた通り獣道を降りていくと苔の生えた古井戸の裏に出た、使われていないのだから当たり前だが、人通りはなく誰にも会わないまま村に降りることができた、その後夕暮れまでてきとうに時間を潰し、おばあちゃんの家に帰った。
がらり、と南京錠の外された扉を開け家の中のにはいると、おばあちゃんとお母さんが台所で料理をしているようで、味噌汁の匂いが表まで漂っていた。
「ただいまー!」
僕の声に気づいたお母さんは手を止めエプロンの裾で手を拭きながら玄関へとやってきた。
「あきつねおかえり、少し遅かった?」
「う、うん、村をぐるっと回ってたら夕暮れになっちゃって」
そうなの、とだけ言うとお母さんはまた台所に戻り調理を再開した。
その後普通に夕飯を食べ、ラジオから流れるよくわからない昔の音楽を聴きながら居間でくつろいでいた。
丁度ラジオに飽きてきた頃、おばあちゃんが洗い物を終えて居間にやって来た。
「ところであきちゃん、今日はどの辺にいたんだい?」
「え!?えっと、古井戸の方に…行ってたかな?」
おばあちゃんは今までに見たこともないような鋭い目を僕に向けた、いつも優しい分その目はとても怖く見えた。
「古井戸まで歩いて帰ったってわりには、随分汚れてるね」
「こ、これはあの…転んじゃってさ」
「おばあちゃん、嘘は嫌いだよ」
ずっと睨み付けるように見ていたおばあちゃんの目は少しだけ悲しそうなものになり、僕の中に罪悪感が芽生えた。
「本当は山の中に入ってたんだ…でも怒られるのが怖くて、ごめんなさい」
「そうかい、ありがとうねほんとの事言ってくれて、でも山に入って一人で出てくるなんてあきちゃんは運がいいね、本当なら今頃村の大人総出で山中探し回ってるはずさね」
おばあちゃんに嘘は通じない、そう悟った僕は全部話すことにした。
山で遭難したこと、いずと名乗る女の子と知り合ったこと、その子に村への帰り道を教えてもらったことを話した、そうするとおばあちゃんは血相を変えて僕の肩を強く押さえた。
「あきちゃん!?化け物にあったのかい!?触られたかい!?何か酷いことされちゃいないだろうね!?」
あまりに鬼気迫る形相だったのでお母さんがおばあちゃんを後ろから掴み宥めた。
「お義母さん!?突然どうしたんですか!落ち着いてください!」
「これが落ち着いていられますか!?忌徒め!私のかわいいあきちゃんに手を出しおってぇ!」
あまりのことで放心していたが、いずという単語で我に帰り、体を起こした。
「おばあちゃん落ち着いてよ!ぼくはいずちゃんに道を教えてもらっただけで触られても触ってもいないよ!」
これを聞いたおばあちゃんはようやく落ち着いたようで、昔の話をするよ、と話始めた。
「ずっと昔この村に住んどった夫婦のところに女子が生まれて、それはそれは美人に育ったそうだ。次第にその噂は山向こうの村にまで届いたんだと。しかし山の山頂に住んどった鬼にまでそんな噂がとどき、一目見にきた鬼はその娘に一目惚れしちまったそうだ、そんで娘は鬼に拐ってかれてな、悲しんだ夫婦は男衆を集めて鬼を倒しに行ったんだと。でも鬼は滅茶苦茶でね、男衆は殆ど殺されちまった、でも一人の男が鬼を倒し、もう二度と動けないように洞窟の奥に封じ込めたそうだ、しかし連れ帰った女は鬼の呪いにあてられていた、その呪いは女だけにはとどまらず、女と同じ月の日、居待の月、つまり新月から18日目の夜の日に生まれた女子も同じ呪いにあてられるようになったんだ」
「じゃ、じゃあいずちゃんは…」
おばあちゃんはこくり、と頷き再び話始めた。
「その呪いっちゅうんは髪だろうが服だろうが呪いに犯された者に触れた人間に不幸が降りかかるというものだ、鬼から助けられた女も助けた男と婚姻したが生涯触れ合うことはなかったらしい、その後その月の日に生まれた子供は『忌徒』と名付けられ、五つになると呪いの刻印が体に現れる。そうすると山の奥の小屋に隔離される、今はあの幼い忌徒一人だがな。分かったねあきちゃん、忌徒は呪われた子なんだ、そのまま一緒にいたらいつあきちゃんが不幸にされてたかもわからんのんよ…」
僕は訳がわからなくなった、いずちゃんはそんなお伽噺のために山の中で、一人ぼっちで、ボロボロの服を着て生活しているのか。そんな考えがぐるぐると回って、いつの間にか目からポロポロと涙が出ていた。
「ごめんよあきちゃん…あんなのに出会わないようにちゃんと言っとくんだったね…」
違う、僕はいずちゃんと出会ったから泣いているんじゃない、まして怖くて泣いているんじゃない。
「いずちゃんは、すごい優しい子だったよ、呪いとかなんとか、そんな変な風習のために山に閉じ込めるのは可愛そうだよ…」
「そんなんじゃないんだ、あきちゃんだってあのまま一緒にいたら忌徒に触られて不幸にさせられちまうかもしれなかったんだよ」
「ちがう、というか例え本当に呪いに犯されてるからって、なんでまるでいずちゃんが他人の不幸を望んでるみたいな言い方をするんだよ!?」
夢中で叫ぶと、おばあちゃんだけじゃなく隣にいたお母さんまで驚いていた、それもそうだ、僕が叫ぶというのが珍しかったのだ。
「で、でも忌徒は呪いがね…」
「忌徒だ忌徒だってなんだよ、名前も付けてあげないのになんで全部知ってるように言うのさ!バカ!」
「あ!あきちゃん!」
「うるさい!」
僕は客間に入り襖を勢いよく閉め、そのまま布団に潜りこんだ、歩き回って疲れたからなのか、そのまま寝てしまった。
そんな長く続くものじゃないのでなんかの待ち時間にでも読んでください。




