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「すいません。だけど、私にはできない。現実世界まで壊すことは、できません!」
「――――苦しみも哀しみも捨て去ったこの世界に在るのが確かな幸せだということを、お前も知っているはずだ。現実には苦しみだけしかないだろう、そんなものを抱えながら生きるぐらいならいっそ全て放棄して幸せだけを見て生きればいい。そうすれば戦争は起きない、そうすれば誰も傷つくことはない」
シュバルツが鉄の兵士の剣を弾き、体を斬りつける。
当然体は傷つくことはなかったが、衝撃で彼は倒れ込んだ。その頭を踏みつけにして、シュバルツは言う。
「私達のしていることが悪か正義かと問われたら、正義だと答えよう。今、多くの人々が苦しみ絶望の淵に立たされていることだろう。けれどそれもすぐに終わる。これが人類最後の哀しみ、後には楽園だけが待っている。そう、二度と争いの起ることのない世界がな」
「わからない。私には、わかりません。苦しみのない世界が真に幸せな世界なのか、どうなのか」
「鉄の頭には、理解できずとも仕方ない。だが見ていろ、すぐにお前にもわかるはずだ」
そうしてシュバルツは部屋を飛び出しライトマンをエネルを追いかける。
鉄の兵士はゆっくりと立ち上がり、オンブルと向き合う。
「オンブル様。本当に、現実世界を壊してしまうおつもりなのですね」
「忘れたわけではないだろう。あの日、世界がどうなったのかを。人々が、この世界になにをしたのか」
「それは」
「人々にとっても、世界にとっても。この結末は正しいことなのだ」
「本当に、そうなのでしょうか」
「お前は、私の気持ちがわからないのか」
「違います! わかります。痛いほど、よくわかります。けれど」
「ならば。ならば、私の願いを叶えてくれ」
「ですが―――」
本当は彼のために、剣を振るいたかった。
彼が望むのならば、どんなことだってしてやりたかった。
でもそれは彼が見る夢を護るために、だ。
現実の世界を破壊することなど彼には、できなかった。
彼の言うその結末が正義だとは、どうしても思えなかったのだ。
夢の世界に閉じ込めてしまえば争いも起らないだろうし、ようやく人は争いの歴史から解放されることになるのだろうけれど。でも、それでいいとは、思えない。
「もう、よい」
「オンブル様?」
「お前だけは私を理解してくれていると思ったのだがな」
「私は貴方のために、この街に来たんです! 貴方の夢を、望んだ世界を護るために。でも私が護りたかったのは貴方の世界で、現実の世界を壊してまで偽りの未来を手に入れようだなんて――――」
「どけ。お前はもう、必要ない」
オンブルは腰に携えていた剣を引きぬくと、鉄の兵士に向けた。
「オンブル様………」
「お前はもう、私には必要のない存在だ」
静かな眼差し。
じっと冷たく見据えるその眼は、彼の言葉を真実だと語っている。ガラクタを捨てるような、情もなにもない眼差し。必要のないものは、棄てるだけ。彼は無言でただ、そう言っている。
「そんな………」
「私は正義だ。私達は世界を救うために動いている。それを邪魔しようというのなら、貴様は悪だ」
言うが早いか、彼は突如地面を蹴って駆けだし、鉄の兵士の懐に潜り込んで剣で強く彼を弾き飛ばした。
鉄の兵士は吹き飛ばされて壁に衝突し、玩具のように無抵抗に床に転がった。
「オンブル様、けれど」
「哀しいか。苦しいか。だがそれも、夢の世界でならば失われた感情となる。素晴らしい話だ」
オンブルは言うと、鉄の兵士を通り過ぎ、静かに階段を下りてゆく。
鉄の兵士は床に転がったまま、悔しげに呻いた。
「私は。私が護りたかったのは」




