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戦にも使える力


 アルドリックは、連日目の当たりにした光景を思い起こしていた。


 フリドが示したのは、単なる「魔法の威力」ではない。

 それは、文明そのものを構築し、変貌させる「工作能力」だった。

 途切れた道を繋ぐ橋を架け、荒地を平らげて道を作り、さらには荷車までもその手で作ってみせる。

 彼一人が宙に浮き、巨大な大木をまるで羽毛のように軽々と運び上げてみせた。


 魔法使い同士の純粋な決闘――そうした限定的な状況下においてのみ、彼の火力の不足は致命傷になり得るのかもしれない。

 もし、魔法のみがぶつかり合う無風の戦場であれば、彼は防戦に手一杯となり、やられることもあり得るだろう。


 だが、現実はそんなにも単純ではない。

 実際の戦場において、何もない平原から突然魔法使いが現れることなど稀だ。

 フリドほどの大規模な物資輸送と構造物の構築を可能にする能力があれば、事前の準備段階において、軍隊の機動力は飛躍的に向上するはずだ。


 さらに、市街地戦という極限状態を想定すれば、その価値は計り知れない。

 建物が密集し、死角が幾重にも存在する市街地においては、魔法使い一個人の攻撃力は相対的に低下する。

 どこから敵兵が飛び出し、どこから矢や石が降り注ぐか分からない混沌とした戦いの中でこそ、彼は真価を発揮する。

 彼がいれば、困難な地形へとも多くの兵を、迅速に、かつ安全に運び込むことができるのだ。


 フリドの力は、まさしく「戦争の形」を変えうる力だ。

 それが、戦場を渡り歩いてきたアルドリックが出した結論だった。


(……彼を、なんとしても味方につけたい)


 その一心であった。

 しかし、後になって知った事実は、アルドリックの胸を複雑な思いにさせると同時に、畏敬の念すら抱かせた。

 フリドは、かつてドナール家から「無能」として追放された、同家の直系であるというのだ。

 現在の爵位も、すべて彼自身の力で勝ち取ったものだという。


 自らのルーツを捨てられ、蔑まれてきた身でありながら、今なおドナール公爵の配下である自分に、これほどの協力を惜しまない。

 その懐の深さと精神の強さに、アルドリックは思わず独り言のように笑みをこぼしてしまった。


「さて……どうやってドナール公爵様に、この有能さを印象付けるか……」


 戦場での経験は豊富だが、政治の駆け引きについては、アルドリックにはまだ知識が足りなかった。

 だが、一つだけ確信できることがある。

 自分自身の口で「彼は有能です」と称えるよりも、第三者の目を通してその価値が語られる方が、決定的な重みを持つということだ。


「……よし! 久々に手紙でも書いてみるか!」


 アルドリックは意を決し、筆を手に取り、羊皮紙へと手を伸ばした。

 公爵家に直接届くわけではない。だが、まずは自身の繋がりを持つ上位貴族たちへ、噂の種を蒔いていく。

 まずは、あの戦場で共に苦楽を共にした、信頼のおける者から……。


 ――そんな決意を胸に、筆を走らせていたのが、つい数日前のことだった。


 今、アルドリックは、自分でも信じがたい場所に立っていた。


 ドナール公爵領の領都。その中心に鎮座する、ドナール公爵家の主城。

 その重厚な石造りの回廊を歩きながら、アルドリックの心臓は早鐘を打っていた。

 いつも余裕の笑みを浮かべていた彼でさえ、今は顔が引きつるのを隠せない。


(いったいなぜ、俺が……しかも、一人で呼び出されたんだ?)


 戦場での失態か? いや、あの局面での判断は正しかったはずだ。

 領地の経営に関する不手際か? いや、フリドの助力もあり、真摯に取り組んでいるつもりだ。

 それとも生活態度か? 確かに、冬が深まってから少しばかり鍛錬を疎かにしていた自覚はあるが……。


 不安な思考が渦巻く中、彼は用意された来賓室へと案内された。


「よく来たな、アルドリック……今は男爵だったか」


 部屋の中央、威厳に満ちた椅子に腰を下ろしていたのは、ドナール公爵家の当主、ドナール・ドナールであった。

 その傍らには、冷静沈着な面持ちの執事らしき人物と、アルドリックがよく知る上位貴族の姿があった。


「はっ! アルドリック、主君の要請に応じ、謹んで参上いたしました!」


 反射的に、騎士としての礼をとる。


「よい、楽にしろ」


 公爵の短い言葉に、緊張がわずかに緩む。だが、問いかけたい衝動は抑えられない。


「……ありがとうございます。……ところで、失礼ながら、何故私がこのような形で呼び出されたのでしょうか……?」


「うむ……それは簡単なことだ」


 ドナール・ドナールはゆっくりと立ち上がり、アルドリックの目の前まで歩み寄ってきた。

 その眼光は鋭く、全てを見透かすかのようだ。

 彼は、アルドリックの背後に立つ、よく知る上位貴族へと視線を移した。


 ……そうだ。手紙は送った。だが、あの貴族や周囲の新興貴族たちくらいにしか、その内容は届いていないはずだ。


 先方の貴族は、静かに頷いた。


「ええ。フリド男爵の働きにより、壊れていた橋が一瞬にして修復されました」

「あの工作能力……あれは、将来必ずや戦において決定的な役割を果たすでしょう」

「彼は、ぜひ我々とも良好な関係を築くべき人物であると確信しております」


 ドナール・ドナールは、興味深そうに目を細めた。


「そうか。検討の価値はあるな……。ところで、お前はフリドに対して、礼は送ったのか?」


「礼……ですか。畜産物の取引などで何度か言葉を交わすことはありましたが、正式な形での礼は、まだ……」


「それはいけないな。男爵同士の礼儀は尽くしておけ」


 公爵が軽く視線を送ると、控えていた執事が一冊の古めかしい魔導書を運んできた。


「礼として持っていけ。領地を得たばかりでは、ちゃんとした礼を用意するのも大変だろう」


 差し出された重厚な魔導書。

 アルドリックは、呆然とそれを受け取った。


「は……?」


「要件は以上だ。領地の安定を図るように。また、春に向けた戦への準備も怠るなよ」


 それだけ言い残すと、公爵は再び椅子へと深く身を沈めた。

 アルドリックは呆然としたまま、上位貴族と共に外へと促されるように退出した。

 主君の意図が、到底読み取れなかった。

 混乱する彼に、同行していた上位貴族……エルリックがそっと声をかけてきた。


「君の手紙がきっかけになったようだ。」


「そうなのですか?」


「ああ。主君も以前から彼には注目していた。ただ、直接動くには事情がある。」


「事情?」


「……元ドナール家だからね。」


 なるほど、とアルドリックは膝を打った。

 あの手紙が、公爵の動きを加速させたのだ。

 彼ほどの才能を放置しておくべきではない――。

 その思いを、アルドリック自身が手紙を通じて伝えたのだ。


「ああ。だからこそ、君のこれからの活躍に期待しているよ。ぜひとも、彼との友好関係を強固なものにしてくれたまえ」


 エルリックは意味深な微笑を浮かべ、別の方向へと歩き去っていった。


 一人残されたアルドリックは、手の中にある魔導書の重みを感じていた。

 貴族として、初めて任された重大な外交任務。その高揚感と責任に、彼の胸は熱く高鳴っていた。


意外と当たって砕けるような人も大事かも、的な話。

立場が低いからこそ、身軽に動けたりしますよね。


楽しんでいただければ幸いです。

よろしければ、何点でも構いませんので評価いただけると嬉しいです。

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