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湿地の牙


 敵の進軍は、手慣れたものだった。

 敗残兵の隊長率いる集団は、湿地における「もっとも安全で確実な道」を正確に突いてきた。


 石橋、そして整備された木道。

 泥濘(ぬかるみ)を避け、足場が安定しているルート。そこは、侵入者にとっての「高速道路」だった。


「――見ての通り、守備は薄いぞ。正面から突破し、まずは物資の拠点である倉庫を叩け!」


 隊長の号令とともに、武装した集団が石橋へと流れ込む。

 彼らの目には、そこに見えるのは単なる「無防備な開拓地」だった。

 監視所は点在し、いくらかの兵が居るものの、正面から押し寄せる軍勢を食い止めるだけの厚みはない。


 だが、彼らは知らない。

 その「道」自体が、獲物を誘い込むための胃袋であることを。


 石橋のたもと、急ごしらえの監視所。

 フリドは、冷静に敵の隊列を観測していた。その傍らでは、ガルムが剣の柄を握りしめ、緊張に肩を震わせている。


「……来ましたな、領主様」

「ああ。想定通りのルートだ」


 フリドの声には、迷いも恐怖もない。あるのは、計算式の結果を確認するような、淡々とした響きだけだ。


「迎撃を開始します。……敵が旋回したら、計画通りに」


 フリドが短く命じると、彼は視線を足元の砂利の山へと向けた。

 この戦いに向け、あらかじめ集めておいた、ただの重い(つぶて)の山。


 突如として、その山が不自然に浮遊した。


「闇属性――《念動(テレキネシス)》、《重力操作(グラビティ)》」


 フリドの低い呟きとともに、重力と慣性を書き換える魔力が、空中に投射される。

 持ち上げられた砂利は、ただの落下物ではない。フリドが注ぎ込んだ過剰な魔力が、弾丸のごとき初速を与えていた。


 ――シュババババッ!!


 風を切り裂く鋭い音が連続し、無数の砂利が敵の先陣へと撃ち込まれた。

 直撃した兵士たちが、まるで杭打ち機に打たれたかのように後ろへと吹き飛ぶ。


「な……なんだ!? 攻撃魔法か!?」

「土属性の攻撃魔法……《石弾(ストーンバレット)》か!」


 敵軍に混乱が走る。

 事前情報では、この地に強力な土属性の攻撃魔法使いは居なかったはずだ。

 それに、この攻撃は止まらない。

 次々と、あたかも魔法の連射のように、石橋のルートを埋め尽くすように砂礫が降り注ぐ。


 敵にとってそれは「攻撃魔法」に見えただろう。

 だが実際には、生活魔法による「重力の制御」と「慣性の強制付与」による、物理法則の暴力に過ぎない。


「……想定よりも手強い、か」


 初動こそ混乱が見て取れた敵も、すぐに冷静さを取り戻した。

 敵の指揮官らしき者が土属性の防御魔法を展開し、身を守る盾を作る。彼らは即座に戦況を分析した。

 このまま石橋を進めば、この「弾丸」によって進軍が完全に停止する。


 隊長は判断を下す。

 敵の術者を疲弊させ、また、別の側面から圧力をかけるために、兵の三の二あたる集団に引き返しを命じた。

 彼らは石橋を離れ、より複雑で、より困難な別ルートへと向かおうとする。

 残った三分の一は、あえて正面に留まり、魔法使いであるフリドの出力を削るための囮して機能しようとしているようだ。


 しかし、この程度のやり取りであれば、フリドの魔力が途切れることはない。

 彼にとって、これほどの出力は、広大な湿地の地盤を造り変える作業に比べれば、微々たる消耗に過ぎなかった。


「ガルム、魔法使いと共に別の木道の防御に向かってください」

「はっ!」


 ガルムが短く応じ、すぐさま動き出す。

 彼は混乱する部下たちへ向かって、鋭い叫びを飛ばした。


「そこの者、司令部へ伝令! 魔法使いは一番に向かうように伝えろ! 私たちは一番遠くの木道へ向かうぞ!」


 敵が分散し、戦場は二つの局面へと分断されていく。

 だが、フリドの瞳には、次なる展開までが見えている。


 戦闘は始まったばかり。

 だが、今は計画通りに進んでいた。


生活魔法も戦える、的な話。

基本的に、敵は情報を持っているもののどのような魔法適性があるかは知らない、というイメージです。

それゆえに生活魔法も、攻撃魔法かと勘違いするわけです。


楽しんでいただければ幸いです。

よろしければ、何点でも構いませんので評価いただけると嬉しいです。

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