表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
42/61

流れる金


 重たい革袋が、木製の机に置かれた。

 中身がぶつかり合う、硬質な金属音が静かな執務室に響く。


「……これ、今月分の宿屋と市場の、取り分です」


 差し出したのは、運搬役のラグンだった。その表情には、喜びよりも、どこか戸惑いと、言いようのない「重圧」が滲んでいる。

 中を開ければ、そこには見たこともないほど鮮やかな輝きを持つ、外地から流入してきた硬貨が詰まっていた。


「これだけの額が、一度に動くことになるとはな」


 フリドは、手袋をはめた指先で、一枚の銀貨を軽く弾いた。

 かつて、この土地での価値は「どれだけ食べられるか」「どれだけ動けるか」という、生存に直結する物々交換で決まっていた。

 しかし、木道や石橋が整備され、水路が整い、外部の商人が流入した今、価値は「貨幣」という抽象的な数字へと置き換わりつつある。


「ラグン。この金は、どう扱うつもりだった?」

「それが……。みんな、手に入ったのは嬉しいんだが、使い道に困っているんだ。

 欲張って使い果たしてしまえば、次の修繕ができなくなる。

 かといって、ただ貯めておくだけでは、誰も納得しない。

 ……村の誰かが、独り占めしているんじゃないかって疑う声も出始めていて」


 フリドは、ふう、と短く息を吐いた。

 インフラを整備し、物理的な「道」を作るのは得意だ。

 だが、そこに流れ込む「富」という、目に見えない流体を制御するのは、土木工事よりもはるかに困難な作業だ。


「……ならば、こうしよう」


 フリドは、机の上の帳簿に、簡潔な分配案を書き込んでいった。


「まず、この中の三割は『維持管理積立金』として、領主館の管理下に置く。

 これは、壊れた木道の修繕や、新しい水路の整備、あるいは災害時の備えのために、誰の許可なくとも使える資金として残しておく」

「三割……。結構、削りますね」

「残りの七割についてだ。

 まず、そのうちの一部を、当日の受付や荷運び、宿屋の管理に直接携わった者たちへの『取り分』として分配する。

 汗を流した者が、目に見える形で報われる仕組みが必要だ。」

「そして、残った分は、次回の交易の原資、あるいは市場の運営費として、村の共有財産として管理する」


 ラグンは、書き込まれた数字を食い入るように見つめた。

 単なる「分け合い」ではなく、将来の「投資」と、現在の「労働への報い」を分離した提案。

 それは、村という共同体を、一つの「経済主体」へと昇華させる第一歩でもあった。


「……これなら、納得できる。誰も、損をはしていないことになる」


 ラグンが深く頷いたとき、執務室の扉が控えめにノックされた。

 入ってきたのは、一人の商人だった。


「失礼いたします、領主様。……お忙しいところ、恐れ入ります」


 男は、見慣れない、しかし質の良さが一目でわかる布に包まれた荷物を携えていた。

 男は丁寧に頭を下げると、その荷を、まるで捧げみやげのように、恭しく机の端に置いた。


「これは……?」

「……いえ、これは、我が商隊の者たちが、この新しい『水の都』の発展を祝して、心ばかりの品を持参いたしました。

 塩、それと……外地から取り寄せた、上質な香料でございます」


 布を広げると、そこには湿地では決して手に入らない、芳醇な香りを放つ品々が並んでいた。

 フリドは、その光景を冷静に分析する。

 これは単なる「贈り物」ではない。商人の意図は明白だ。

 自分たちの顔を、この土地の権力者に刻み込み、覚えさせておくこと。

 つまり、「自分たちは良い取引ができる相手である」という、最初のプロモーションなのだ。


(……賄賂、あるいは癒着、か)


 フリドの脳裏に、転生前に見た、越後屋と代官の姿がよぎる。

 利益を求めて、権力に甘い顔を見せ、特権を買い取る。

 もし、この受け取りが「個人的な利益」として見なされれば、村の秩序は一瞬で崩れる。


(……だが、完全に拒絶することも、一筋縄ではいかないな)


 商人は、ルールの中で動こうとしている。

 彼らにとって、この「贈りもの」は、建立したインフラを利用するための「通行料」に近い感覚なのだろう。

 ただ、問題なのは「優遇」の境界線だ。

 この品を受け取ったことで、彼らの荷の検査を簡略化したり、倉庫の使用料を安くしたりすれば、それは明白な不当利得となる。


 フリドは、一呼吸置いて、商人に向き直った。


「……ありがたく、預かっておこう。

 ただし、これはあくまで『市場への寄進』として、帳簿に記録させてもらう。

 貴殿の商隊の品が、正当な手順で取引されるための、潤滑油としてな」


 商人の目が、わずかに輝いた。


「……賢明な、お言葉。恐悦至極に存じます」


 フリドは、男の顔をじっと見つめ、その特徴を脳内のインデックスに書き込んだ。


(……ダーヴィト・エルム、と言ったか)


 名前と、顔と、商売の流儀。

 いつか、彼らと対等な、あるいは有利な条件で取引を行うための、重要な「データ」として。


 窓の外では、今日も新しい貨幣の音と、外地から来た者たちの喧騒が、湿地の静寂を塗り替えていく。

 街が、ただの「村」であることをやめ、制御不能な「欲望」を孕んだ「都市」へと変貌し始めていた。


なんとなーく村人から信頼されてる感とかが伝わればいいな的な話です。

新しい商人は出てきましたが、あまり描写は無いかも?


楽しんでいただければ幸いです。

よろしければ、何点でも構いませんので評価いただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ