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薬草の湿地


「……見て。今年も、この匂いがしてる」


湿った風に乗って、どこか甘く、それでいて鼻を突くような薬草特有の香りが漂ってきた。

足元の泥濘(ぬかるみ)に、エイルが静かに立ち止まる。彼女の視線の先には、霧に濡れた淡い青色の花を咲かせた、小さな群生があった。


「『霧滴草(むてきそう)』か」


フリドは、手元の測量図から目を上げ、その花を見つめた。

湿地の深く、水位が比較的安定した場所にのみ自生する希少な薬草だ。

解熱や鎮痛に優れた効能を持ち、外部の薬師の間では「湿地の宝石」と呼ばれるほど高値で取引されている。


「……去年より、少し、色が薄い。地面も、傷ついてる」


エイルが悲しげに呟く。彼女の感覚は、植物の健康状態だけでなく、周囲の生態系の僅かな変調をも捉えてしまう。


「それは、……取りすぎたから、かな」


フリドの言葉に、背後から「へえ、そりゃ面白い話だ」と、聞き慣れた飄々とした声が響いた。

ヴァルドだ。彼は手にした荷車を止め、目を輝かせて霧滴草の群生を見つめている。


「旦那、あんた。これの価値、わかってんのか? 王都の薬師連中に渡せば、下手な鉄塊よりよっぽど金になるんだぜ?」


「価値があるのは分かっています、ヴァルドさん。ですが、今の状況は……」


「いいんだよ、今は! 流れが来てるんだ。今、この場所を『開拓』しなきゃ、商機を逃すことになる」


ヴァルドの瞳には、純粋な商人の、あるいは略奪者のような光が宿っていた。

彼が連れてくる行商人たちは、この湿地が「便利な物流路」になったことを察知し、次々とこの薬草の採取に群がっていた。


数日が過ぎ、フリドの目の前の風景は一変していた。

かつては静かだった乾燥用の木道には、薬草を抱えた人々が溢れ、あちこちに「乾燥用ラック」が乱立している。


しかし、そこにあるのは「産業」の萌芽というよりも、もっと泥臭い「略奪」の光景だった。


「……また、これだ」


フリドは、新しく設けた乾燥作業場の一角で、溜まった薬草の山を見つめて立ち尽くしていた。

中には、根ごと無理やり引き抜かれたもの、まだ(つぼみ)さえ開いていない未成熟なもの、そして、湿気のせいで黒ずんで腐敗し始めたものまで混ざっている。


「フリド……。あの場所、もう、息ができてない。土が、悲鳴をあげてる……」


エイルが、力なく、泥に汚れた手でフリドの袖を引いた。

彼女の視線の先では、かつて美しい青い花を咲かせていた採取地が、ただの泥の穴へと変わり果てていた。


「……利益を優先するだけの採取構造は、いずれ、破綻する」


フリドは独り言のように呟いた。

エンジニアとしての本能が、警鐘を鳴らしている。

資源(リソース)の再生産を無視した、単一的な搾取。それは、持続不可能な、バグだらけのシステムだ。


「おい、旦那! なんで新しいラックの設置を止めるんだよ? もっと増やさないと、追いつかねえぞ!」


ヴァルドが、慌てふためいた様子で駆け寄ってくる。彼の背後には、薬草の荷を積んだ舟が、渋滞を起こすほど並んでいた。


「ヴァルドさん。このままでは、来年にはここに薬草は一本も残らない」


「……は? 何を言ってるんだ。そんなバカな……」


「『収穫のルール』を作ります。これは、物流の設計と同じです。……『管理』しなければ、資源は枯渇し、この街の価値も消える」


フリドは、目の前の混沌とした状況を、冷静に、しかし断固とした意志で分析し始めた。


まず、採取区域の指定。

次に、収穫可能な成熟度の基準。

そして、採取した薬草を、腐敗させずに運び、規格化するための「乾燥・選別プロセス」の構築。


「……乾燥規格を統一します。基準に満たないものは、流通させない。それと、採取には、事前の『許可』を必要とする」


「そんなことしたら、採る連中が他所へ流れるぞ」


ヴァルドは眉をひそめた。


「許可だの規格だの、面倒を増やせば、連中は勝手に別の湿地を荒らす。商人ってのは、“今売れるもの”を追って動く生き物だ」


ヴァルドの抗議を、フリドは一蹴した。


「その通り。だから、“ここで採る方が得だ”と思わせる必要があります」


フリドは乾燥棚へ視線を向けた。


「品質を揃え、腐敗を減らし、安定供給を保証する。……規格化された薬草は、価格そのものを引き上げられる」


「質の悪い薬草を大量に売るより、“信用”を売る方が、長期的な利益は大きい」


フリドの言葉に、ヴァルドは少し考え、どこか納得したような、複雑な顔をした。


「……なるほどな」


ヴァルドは、腐敗しかけた薬草の山を見下ろした。


「確かに、このままじゃ、来年には“粗悪品しか出ない湿地”って評判になるか」

「……分かった。採取連中には、俺の方からも話を通してみる」


湿地が、「捨てられた土地」から「価値ある資源地」へと変わる。

その過程には、必ず、利害の衝突と、それを乗り越えるための「秩序」の構築が必要だった。


エイルが、少しだけ、安心したようにフリドの手を握った。

その手は、まだ湿地の冷たい泥に触れていたが、フリドの心には、次の一手への確信が灯っていた。


湿地帯なら何がありそうか? 泥、植物、虫、蛙……。

泥パックの文化はなさそう、昆虫食はあるかもしれないけれど交易向きではなさそう、蛙も食べられるだろうけれど、交易向きかはちょっとわからない。

消去法的に薬草という案が出ました。 当然、自然にあるものなら乱獲とかもあるよねという予想です。

ポーション作りたいな……。


楽しんでいただければ幸いです。

よろしければ、何点でも構いませんので評価いただけると嬉しいです。

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