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素材-石材


「ねえ、フリド様! こっちだよ!」


 意気揚々と声を上げたのは、モルナだった。

 彼女は、先ほど整備したばかりの「重檜の木道」から、まだ泥濘が残る端の方へと、軽快な足取りで進んでいく。


「……君の言う『いい石』というのが、排水路に使えるものなら、ぜひ見せてほしいね」


 フリドは、自身の足元を確認しながら、彼女の後に続いた。

 整備された木道は確かに「線」として機能し、移動の時間は劇的に短縮された。しかし、今回行こうとしているのは、その整備されたルートから外れた、まだ「泥の領域」が支配する山裾の境界部だ。


 一歩、道から外れれば、そこは再び、重たい泥の底。

 

 ―――ガクン、と足が沈み込む。

 まっすぐ進むことすらままならず、まるで赤子にでも戻った気分だ。


「ほら、あっち! あそこの小川のあたり、雨が降った後はすごいことになるんだから!」


 モルナは泥を跳ね飛ばしながら、先導していく。

 フリドは、魔法に頼らず、自身の感覚で、周囲の水分量と地盤の強度を無意識に計算しながら、慎重に足を進めた。

 沈み方、戻り方、水のにじみ出方。この土地で生きるための感覚を、少しでも掴むために。


 やがて、湿地の重たい湿気が、少しずつ澄んだ水の匂いに混じり始めた。

 視界が開け、視線の先には、山から流れ落ちる小川と、その流れに揉まれた石たちが広がる河原が現れた。


 そこは、先ほどまでの「止まった泥」とは対照的な、動的な風景だった。

 角の取れた滑らかな円礫えんれきが、水流の力で絶え間なく配置を変えている。


「……ここか」


 フリドは、河原の足場に立ち、周囲を観察した。

 モルナはすでに、獲物を見つけた子供のように、石の山へと駆け寄っている。


「見て、フリ砂! この石は、触ると冷たくて、中まで水が通ってる感じがする! でも、あの大きな石は、なんだか重たくて、ずっと湿ってて……『死んでる』みたい」


 モルナの、経験則に基づいた言葉。

 それは、理屈ではないが、極めて正確な「観察結果」だった。


 フリドは、彼女が指差す石に手を触れた。

 

「……『生きてる』。つまり、隙間があるということか」


 彼は、石の表面をなぞり、その組成を解析する。

 水流に削られ、粒子が細かくなって詰まった砂利のような石。

 一方で、大きすぎて水の流れを遮り、自らは水を閉じ込めてしまう石。


 これまでの「重檜」が、地盤を支える「杭」としての役割を担うなら、この石たちは、水を流し、滞留させないための「血管」の素材になり得る。


「……この性質、うまく使えたら」


 フリドは、自身の魔力を練り上げる。

 

 ――土属性補助魔法《振動バイブレーション》。


 特定の周波数を、岩の内部へと叩き込む。

 ゴォォォ、と、空気が震え、岩の内部から微細な亀裂が走る音が聞こえた。

 

「……いいね。これなら、大きい石も使える形にできそうだ」


「すごい……! 石が、こんな簡単に砕けるなんて!」


 モルナが、感嘆の声を漏らす。

 フリドは、砕いた石を手に取り、しばし観察した。


 だが、その視線は、手の中の石だけでなく――

 足元に広がる河原全体へと向けられていた。


 大きな石は流れを受け止め、

 中くらいの石がその隙間を作り、

 細かな砂利が、その間を埋めている。


 水は、それらの隙間を縫うように流れ、

 どこにも滞っていない。


「……うん、見えてきた」


 必要なのは加工ではない。

 小川のように、役割ごとに、正しく分けて配置することだ。


 大きな石は流れを整えるための枠に。

 中粒の石は水を通す層に。

 細かな砂利は、その隙間を埋めて、構造を安定させる。


 ――土属性魔法《振動》。


 軽く地面を震わせると、

 石同士が自然に沈み込み、位置を変え、

 隙間が整っていく。


 水を一掬い、そこへ流す。


 すう、と。


 水は、滞ることなく、石の間を抜けていった。


「……再現できるね」


 フリドの頭の中では、すでに新しい構造の設計図が組み上がっていた。


 地表には、加工した石を組み合わせた、水の通り道――『側溝ドレイン』。

 その下には、砕いた礫を厚く敷き詰めた、水を通す層――『排水層ドレイン・レイヤー』。


 これまでの「木道」が、移動のための「線」だったとするならば、今回作ろうとしているのは、水流を制御するための「機能的なネットワーク」だ。


(……木道は、あくまで移動の手段。それだけでは足りない。地面そのものに、水の逃げ道――『血管』を作らないと)


 フリドの瞳には、泥濘の向こう側、整理された水流のネットワークが見えていた。


 数時間後。

 石材の確保と、その加工手段の目処をつけたフリドは、再び村へと戻った。

 

 村人たちは、重い石を運ぶフリドの姿を見て、ざわつき始めた。

 これまでの「道を作る」という話から、一歩踏み込んだ、より大規模な、より不可思議な「何か」が始まろうとしている予感に、彼らは期待と、それ以上の畏怖を抱いていた。


 村の集落の入り口で、フリドは立ち止まり、村人たちに向かって、簡潔に、しかし断定的に告げた。


「これまでの道は、あくまで予備です。これからは、この土地の『流れ』そのものを、作り変えます」


 彼の手に握られた、魔法によって形を整えられた「新しい素材」が、鈍い光を放っていた。


「流れは作れる。……問題は、それをどこへ逃がすかだね」


都市の建設に必要なものはいっぱいあるけれど、やっぱ木だけじゃなくて石は欲しいですよね。


楽しんでいただければ幸いです。

よろしければ、何点でも構いませんので評価いただけると嬉しいです。

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