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決別

 鏡の中に立つ自分は、どこからどう見ても高貴な「ドナール公爵家」の嫡流そのものだった。

 銀糸の刺繍が施された紺青の礼服。胸元には家紋である『雷雲と剣』のブローチ。十三歳という若さながら、日々の厳しい魔力鍛錬によって引き締まった体躯。


 だが、今日この日をもって、この鏡に映る輝かしい装飾のすべてが剥ぎ取られることを、俺は誰よりも冷静に理解していた。


「――フリド・ドナール。前へ」


 厳かな声が、公爵邸の大広間に響き渡る。

 壇上に座すのは、当代の当主にして『雷神』の異名を持つ父、ドナール・ドナール。その左右には、既に初陣を飾り攻撃魔法で名を馳せている二人の兄、マグニとモージが、隠しきれない蔑みの笑みを浮かべてこちらを見下ろしている。


 俺は一礼し、父の前に膝をついた。

 今日は俺の成人を祝う「元服の儀」だ。本来なら、父から一振りの魔剣を授かり、一族の軍勢を率いて初陣を飾る栄誉を与えられる場。


 しかし、俺の前に差し出されたのは、剣ではなく一通の羊皮紙だった。


「洗礼の儀より数年。期待に反し、貴様が研鑽してきたのは騎士の嗜みたる攻撃魔法ではなく、茶を沸かし、泥を落とすだけの『生活魔法』であった」


 父の言葉に、広間に並ぶ家臣たちから失笑が漏れる。

 この世界において、魔法の価値は洗礼時に決まる『系統適性』で定義される。どれほど高貴な血を引こうと、攻撃魔法や防御魔法の術式を脳内に構築できる適性がなければ、剣よりも価値が無い。

 俺の適性は、全属性を扱える代わりに現象のすべてが日常の雑事に限定される、最も忌むべき『生活魔法』。ドナール家という最強の武門にありながら、俺は「火矢」一発すら放つことを許されない、呪われた才能を授かってしまったのだ。


「あまつさえ、その稚拙な術一発の効率は、常人の数千倍も劣悪というではないか。マッチ一本分の火を灯すのに、熟練の魔導師が爆裂魔法を放てるほどの魔力をロスする……まさしく、ドナール家の歴史に泥を塗る、空前絶後の欠陥品よ」


 父の蔑みは、この世界の「常識」に照らせば正しい。

 魔力量の多寡には、厳然たる階級の壁がある。魔法を使えぬ平民を『10』とし、地方貴族が『100』を目指す世界において、公爵家の嫡流に求められるのは『1000』を越える圧倒的な出力だ。

 洗礼の儀で記録された俺の数値は、わずかに『120』。平民から見れば神童だが、ドナールの血を引く者としては、生まれてきたこと自体が間違いだと断じられるレベルだった。


 彼らは、俺がその後の「気絶するまで使い切る」という狂気的な訓練によって、**水瓶そのものを湖や海サイズにまで拡張した**ことなど、夢にも思っていない。


「よって、王命に基づき宣告する。フリド・ドナール。貴様をドナール公爵家から除名し、家籍を抹消する」


 広間の隅に控えていた黒衣の男が、一歩前へ出た。司法を司るティウ家の記録官だ。彼は手にした巨大な『帳簿』に、淡々とペンを走らせる。

 王家がこの除名を「承認」し、ティウ家が「記録」する。これで俺は法的にドナールの血筋を失い、保護も特権も剥奪された。


「……身に余る沙汰、謹んでお受けいたします」


 俺の声は、自分でも驚くほど平坦だった。


「だが、陛下は慈悲深い。貴様を路頭に迷わせることはせず、新たな領地と身分を与えられた。……北の盆地、シュヴァンプ領だ」


 その名が出た瞬間、広間が凍り付いた。

 そこは、かつて再興を夢見た没落貴族たちが全財産を投じて開拓に挑み、そのすべてが泥の中に沈んで破産したという『貴族の墓場』。

 一族の恥晒しを、二度と王都へ戻れぬ不毛の地へ封じ込め、情報の流出を防ぐ。それは「慈悲」という名の、確実な社会的な死だった。


「これより貴様は、ドナールの名を名乗ることは許されぬ。フリド・シュヴァンプ。それが貴様の新しい名だ。……行け、欠陥品。二度とその顔を見せるな」


 俺は胸元のブローチを外し、冷たい石床の上に置いた。

 重厚な扉が開かれ、外の冷気が流れ込んでくる。


 手渡されたのは、わずかな金貨の袋と、領主としての辞令。そして、公爵家の「ゴミ処理」に付き合わされることになった不運な従者二人が待つ、一台の馬車だけだった。


 俺は振り返ることなく、泥濘の地へと向かう馬車に乗り込んだ。


(……生活魔法しか使えない、か)


 馬車の窓から、遠ざかる王都の街並みを眺める。

 確かに、俺は一発の火矢すら放てない。

 攻撃適性のない俺の魔力は、殺傷力を持つ「刃」や「矢」に形を変えることは決してないからだ。

 だが、鋭利な刃はなくとも、ただ巨大なだけの「質量」は、時に刃以上の変革をもたらす。


 生活魔法という低効率な回路に、海のごとき魔力を強引に注ぎ込んだとき、その現象はもはや「家事」の範疇を逸脱する。

 父上が捨てたつもりのあの不毛の地は、俺にとっては誰にも邪魔されない最高の実験場だ。


「……あっちの方は、ずいぶん湿気がひどいな」


 窓から流れ込む風に、微かな泥の匂いが混じった。

 王都の誰もが忌避するその不快な気配を感じ取り、俺は口角を吊り上げる。


「掃除のしがいは、十分にありそうだ」

初投稿です。GW中に10話ぐらいまで上げたいな。

プロットだけは10話まで書いてます。


1話なので、よくある追放シーンです。


楽しんでいただければ幸いです。

よろしければ、何点でも構いませんので評価いただけると嬉しいです。

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