三十一:宴の始まり
「うぅむ……ではこういうのはどうでしょうか?」
やや間があってから、ジグザドスさんが口を切った。
「我々ユークリッド村の住人はみな、このゴブリンたちに大きな恩があります。それに近年は少々疎遠になっておりましたが……。伝承によればゴブリン族と人間族は古来、互いに互いを助け合って生きる――共存関係にあったそうです」
……そういえば、ゴブシャマさんもそんなことを言っていたな。
「そこで――今後の末永い共存関係を祈って、我ら人間族とゴブリン族が共同して宴を開くのです」
「なるほど……確かにそれはいい考えですね」
この世界には驚くほどにモンスターが多い。
その主要な原因は、おそらくこの大きな森だろう。
肥沃な土に美しい空気に水、豊かな木々に果実――生物にとってこれ以上の環境はないだろう。
(今こそ一時的にモンスターの数は減少しているが……)
一年もすれば、すぐにその数は元の水準に戻るだろう。
(……グラノスレベルとはいかないまでも、今後さらに強力なモンスターが生まれないという保証はない)
仲間は少しでも多い方がいい。
ゴブリンと手を組むのは、ユークリッド村にとって大きな利益があるだろう。
俺がチラリとゴブリンたちに視線を向けると、
「そレ、イイ!」
「賛成、するゾ!」
どうやら彼らも異存はないようだ。
ゴブリンの同意を得たジグザドスさんは、コクリと深く頷いた。
「それでは我々は準備に取り掛かります。ジン殿とお連れのみなさまは、どうかお待ちくださいませ」
「わかりました。よろしくお願いします」
「お肉いっぱいお願いねーっ!」
「期待……してる……っ!」
その後俺たちは仮の宿で、しばらく時間を潰した。
スラリンとリューは楽しげに緑龍と青龍との戦いを話し、アイリはそれを真剣に聞き、ヨーンは気だるそうにゴロゴロと転がっていた。
時間というのはあっという間に過ぎるもので、気付けば陽も傾き始めていた。
しばらくすると外から楽し気な声や、いいにおいが漂ってきた。
(宴の準備は順調そうだな……)
そんなことを考えていると、コンコンコンと扉がノックされた。
「ジグザドスでございます。――ジン殿、宴の準備が整いました」
「そうですか、ありがとうございます」
振り返るとそこには待ちきれないといった様子のスラリンたちがいた。
「よし、それじゃ行こうか」
「宴だーっ!」
「お肉……楽しみ……っ」
「楽しみですねっ!」
「宴かぁ……。あんまり騒がしいのは苦手かなぁ……」
そうして宴が始まった。
打楽器によるリズミカルな演奏。
ゴブリンたちの独特な踊り。
色鮮やかな伝統料理。
人間とゴブリンが手を取り合って、一つの大きな宴が成立していた。
文化と文化の融合。
心揺さぶる何かがそこにはあった。
そうして宴も半ばに差し掛かったころ、俺はジグザドスさんとゴブシャマさんと酒を飲み交わしていた。
「ぷはぁ……っ。それにしても……ここの酒には味があるな!」
俺が今飲んでいるのはユークリッドエール。
辛くてサッパリ――シンプルだが王道を往く、素晴らしい一杯だ。
「ふぅむ……っ。確かに人間の酒も悪くないですね……っ」
ゴブシャマさんは酒をぐびっと飲み干すと、しみじみとそう呟いた。
「んぐんぐ……ぷはぁ……っ! でしょう? 先祖代々伝わるユークリッドエール! 秘蔵の製造法があるんですよ!」
自信満々にユークリッドエールの旨味のポイントを話すジグザドスさん。
二人ともなかなか酒がいける性質らしく、素晴らしい飲みっぷりだ。
するとゴブシャマさんは、突然立ち上がった。
「クリッド酒が高いポテンシャルを持つ、素晴らしい一品であることはよぅくわかりました……っ」
両のほっぺは既に真っ赤っかであり、完全にできあがっている。
「しかし! 我らゴブリン族の酒も負けてはおりませんぞ! ――おい! ゴブ酒を三杯頼む!」
するとゴブシャマの注文を聞きつけたゴブリンが、四杯の酒を持ってきた。
全員に行き渡ったことを確認したゴブシャマさんが「ささっ、どうぞ!」と囃し立てる。
「では、ありがたくいただきます」
そうして俺は、木のグラスいっぱいに並々と注がれたゴブ酒を一気に飲み干した。
「んぐんぐんぐ……ぷはぁーーーっ!」
「い、いかがでしょうか?」
「あぁ、かなり独特の味だが……うまいな」
苦みこそ強いが……その中には確かな旨味がある。
実に後を引く味だ。
脂の乗った肉とさぞ良く合うことだろう。
「ん、ん……ふぅーっ。……これもなかなかっ! 濃い味の肴が欲しくなりますなぁ……っ!」
一拍遅れて酒を飲み干したジグザドスさんも、ゴブ酒を気に入ったようだ。
「でしょう! 我が部族に代々伝わるゴブリン米から作られているんですよ!」
そうしてゴブシャマさんが自慢げにゴブ酒の良さを語り始めた。
その話の半ばごろ、ぼんやりといい案が浮かんできた。
「ユークリッドエールの辛みにゴブ酒の苦み――この二つが合わされば、さらにうまい酒になりそうだなぁ……」
ポツリとそう呟くと、
「「っ!?」」
ハッとした表情で、二人は顔を見合わせた。
「確かに、この二つが合わされば……っ」
「さらなる酒のうまみが……っ」
そうして話題は酒の製造方法に移っていた。
その後も俺は酒を浴びるように飲み、適度に会話に参加しながら、時折チラリとみんなの様子を確認する。
(どれ、アイリとヨーンは……)
二人は広場の中心から少し離れたところにある倒木の上に、チョコンと座っていた。
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