第五話 幼馴染
稲月麻衣子。年齢十四歳。
市立夢見中学校に通う女子中学二年生だ。
身長はクラスで一番低く、顔立ちも幼いため、小学生に間違われることもあるが、意外としっかり者とクラスでは評判。
最近夢見市に引っ越して来たばかりだが、持ち前の社交性と適応力で新しい環境にもすぐに溶け込むことができていた。
趣味は園芸で、好きなものはプリン。嫌い物はナスと高い場所。
ごくごく普通の少女と言っても過言ではなかった。
しかし、ある日を境に彼女の境遇は一変する。
不思議なウサギに似た生き物・ヨーグッドの出会いにより、麻衣子は人間の負の感情から生まれる化け物『悪意ある幻影』と戦う正義の味方・「魔法少女アリス」となったのだ。
しかし、凶悪な化け物との命懸けの戦いは彼女にとって過酷で、時には他人の犠牲を必要とするその在り方に彼女の心は耐えられそうになかった。
そんな時に出会ったのが、魔法少女を自称する愚かな青年・栗山佐雄也だった。
彼は特別な力を持っていないにも関わらず、自分の身を呈して、助けられないと言われた命を救った。
その姿に、その在り方に、麻衣子は自分が進むべき道を見つけたのだ。
彼女は佐雄也に弟子入りを申し込んだ次の日から、彼と行動を共にしていた。
学校の授業が終わると友達に別れを告げ、すぐに校舎から出て行く。
向かう先は、佐雄也が通う高校の校門前。そこで彼が出て来るまで忠犬ハチ公のように待つ。
それが彼女の日課の一つになっていた。
放課後を伝えるチャイムが鳴ると、ちらほら学生が校舎から出て来る。
生徒の何名かは中学校の制服姿の麻衣子を物珍しそうに見つめて通り過ぎていく。
そこに気恥ずかしさを感じつつも、お目当ての人物が出て来るまでしばらく立っていると、中から佐雄也が現れた。
「あ、お師匠さん!」
「流石にもう師匠呼びは止めてくれよ。俺がそんな大層な奴じゃないって分かっただろ? 俺は単なる一介の魔法少女志望の男だ」
『一介の魔法少女志望の男』という言葉が果てしなく意味不明なのだが、照れているというよりは困ったように麻衣子に言う。
だが、彼女は首を横に振る。
「お師匠さんは私にとって紛れもなくお師匠さんなんです! どうか、この呼び方で呼ばせてください!」
麻衣子は鼻息を荒く、興奮気味に佐雄也を見る。どうやら彼の発言は麻衣子には謙遜に聞こえたらしい。
佐雄也はその熱意溢れる言葉と態度に押され、なし崩し的に了承した。
「まあ、麻衣子ちゃんがそこまで言うなら」
「はい! それで、お師匠さん。今日は何をするんでしょうか?」
この街に来て日が浅い彼女は、佐雄也の魔法少女活動について初めて知ったのだが、彼は街中を魔法少女姿でパトロールするだけではなく、さまざまな奉仕活動を行っていた。
一昨日は地域の美化活動のため、河原で延々とゴミ拾いをし、昨日は難病の子供のために街頭募金に協力した。
どれもが地味で魔法少女とは無縁だったが、かえってそれが麻衣子には、他人のために地道に尽くす佐雄也への印象を良いものにしていた。
「今日は児童養護施設に訪問する予定だよ」
「そこってどういうところなんですか?」
佐雄也は麻衣子と歩き出しながら、彼女に教える。
児童養護施設とは、保護者のない児童や虐待されている児童などの児童を入所させて、養護し、自立のための援助を行うことを目的とした施設。
一言で表すなら、現代の孤児院だ。
佐雄也の説明を聞いて、麻衣子は僅かに表情を硬くする。
「孤児……虐待児童……ですか」
単語から暗いイメージを感じ、不安に顔を陰らせた。
そんな彼女の態度を見て、佐雄也は朗らかに笑って安心させる。
「大丈夫だよ。確かに世間一般から見れば、『可哀想な子供』って思われるかもしれないけど、皆いい子たちだよ。だから、あまり色眼鏡を掛けないでほしいな」
体格のいい彼は少し視線を下げて、麻衣子を見つめる。その瞳には優しさと強さが垣間見え、麻衣子はますます彼への憧れを強めた。
麻衣子は、佐雄也を大きな人間だと感じた。身長や見た目のことではなく、人間として遥かに自分より立派に見える。
最初にあった時は、変な格好をした男性としか思っていなかったが、彼のことを少しずつ知った今では敬意と思慕の情が湧いていた。
よくよく見れば、顔立ちにも穏やかながら精悍さがあり、十分整っている。短く切り揃えたいがぐり頭も男らしく、中性的な美形ではないが、男前と呼べる見た目だ。
これでスポーツウェアでも身に着けていれば、それなりに女子にも好意を持たれるだろう。
しかし、制服から着替えた彼が身に纏うのは薄桃色のアニメ調の魔法少女服だ。
ユニークな存在としては好意を持たれるかもしれないが、異性として見るものはほとんど居ない。
彼女としては、たまには普通の私服姿が見てみたいと思っていた。
麻衣子はぼんやりと佐雄也の顔を眺めて益体のないことを考えていると、隣を歩いていた彼の足が止まる。
「ん……」
彼の家まで着いたのかと思ったが、何度か訪れたことがあるから分かるが、この場所はまだ途中の通学路だ。
不思議に思って佐雄也の視線の先を辿ると、黒髪を肩口まで伸ばした自分と同じくらいの少女が立っていた。
絵に描いたような美少女だった。可愛らしい麻衣子とは別の、正しく「美しい」と形容できる少女。
怜悧な切れ長の瞳とすっきりとした顔立ちは大和撫子に相応しい見た目だ。
「こんにちは、佐雄也さん」
鈴の音色を思わせる声が麻衣子の耳朶に響く。
隣に居た佐雄也はそれに快活な笑みで返した。
「おお、風美ちゃん! こんにちは。ここ最近、顔見なかったから心配したよ」
「すみません。テスト期間中だったもので、家に籠り切りでした」
冷たさすら感じる美貌とは裏腹に、風美という名の少女は佐雄也と楽しげに話す。
微笑みを浮かべ、彼を見ていた彼女は視線をスライドさせ、麻衣子を収めた。
「あの、そちらの方は?」
「えっと、私は……」
普段、見ることのない、整い過ぎた美貌に麻衣子は緊張する。
代わりに佐雄也はそれに何事もなく、平然と答える。
「稲月麻衣子ちゃんだ。ちょうど風美ちゃんと同い年だな。今は俺の魔法少女活動の手伝いをしてくれている」
「へえ、麻衣子さんと仰るんですか。申し遅れました。私は佐雄也さんの幼馴染で、雪川風美と申します。よろしくお願いします」
静々と頭を下げた動作は非常に彼女に似合っていた。名前の通り、雪の降る小川のような品のある佇まいに麻衣子は見惚れる。
だが、黙っているのは失礼だと気が付き、風美に倣って頭を下げた。
「お師匠さんの弟子の稲月麻衣子です。こ、こちらこそ、よろしくお願いします!」
緊張して、硬い挨拶をする麻衣子に風美は小さく笑った。
「ふふっ。佐雄也さんが『お師匠さん』ですか……面白い人ですね。まあ、愉快さなら佐雄也さんの方が上ですけど」
「まあな」
鼻の下を指で擦り、自慢げに言う佐雄也に、また風美が笑った。
冷たい印象があったが、意外によく笑う人なのだなと、風美の見た目の差異に麻衣子は驚く。
「風美さんはお師匠さんの幼馴染なんですか」
「ええ。小さい頃はよく、佐雄也さんや未亜ちゃんと遊んで頂きました」
「未亜ちゃん……?」
新たに出てきた人名に麻衣子は首を傾げると、風美の方は口が滑ったと口元に手を当て、黙って俯いた。
その行動の意味が分からず、麻衣子はますます混乱していると、佐雄也が気遣うように風美に微笑んだ。
「気にしなくていいって風美ちゃん。麻衣子ちゃんにはまだ話してなかったけど、俺には妹が居たんだ。それが未亜だ」
居る、ではなく居たと言う佐雄也の台詞と風美の行動から麻衣子は、未亜という少女は既に他界していることを理解した。
「あ、ごめ……」
気付いた瞬間、彼の口から言わせてしまったことに申し訳なくなり、謝ろうとするが佐雄也はそれを先んじて制す。
「謝らなくていい。未亜が死んだのはもう七年も前のことだ。もう心の整理だって付いている」
それを聞き、麻衣子は謝罪をすることの方が失礼だと悟り、言葉を漏らしかけた口を閉ざした。
雰囲気が重くなりかけたが、それを打破するように佐雄也が喋る。
「そうだ、風美ちゃん。これから着替えて、児童養護施設に訪問するんだけど、時間があったら一緒に来ないか?」
「私がご一緒しても宜しいんですか?」
風美がちらりと麻衣子を一瞥する。
麻衣子はそれに答えるように首肯した。
「もちろんですよ。私、風美さんともお友達になりたいです」
「お友達、ですか……」
一瞬だけ風美の表情が陰る。だが、すぐに元の微笑みに戻ると嬉しそうな声で言う。
「私はあまり交友関係が広くないので、そう言ってもらえると光栄です」
「じゃあ、決まりだな。俺はすぐマジカルマロンの衣装に着替えに戻るが、良かったら二人とも家に寄っていかないか?」
「ではお言葉に甘えて、お邪魔させて頂きますね。麻衣子さんはどうします?」
風美は淑やかに佐雄也の提案に同調した後、麻衣子にも尋ねた。
今まで麻衣子は、佐雄也の自宅を外から見たことはあっても、家に上がったことはなかった。
魔法少女の師匠である佐雄也とはいえ、彼女は異性の家に一人で入った経験はない。
普段なら絶対に意識してしまうのだが、自分以外にも同性が居るおかげか素直に受け入れられた。
「お師匠さんの家ですか、私もお邪魔したいです!」
「よっし、そうと決まればレッツゴーだ」
佐雄也は二人を連れて、自宅へと歩を進めた。
彼に先導され、そのすぐ後ろを風美と並んで歩く麻衣子は隣を横目で見る。
学生鞄を両手で手前に持ち、淑やかに歩く彼女は本当に美人だと思う。
佐雄也とは幼馴染という話だが、本当にそれだけだろうか。
風美のような美しい少女が幼い頃から傍に居て、果たして幼馴染の関係に甘んじていられるものなのだろうか。
そんなことを考えて、不躾に見つめていると風美は麻衣子の方を見て、クスリと小さく笑みを零した。
「麻衣子さん。私と佐雄也さんの関係が気になりますか?」
小声で内心を言い当てられた麻衣子は言葉に詰まり、数拍の後彼女の問いに答える。
「……少しだけ」
「佐雄也さんのこと、好きなんですね」
「…………」
好きか嫌いかで言えば、断然前者なのだが、異性としてというよりは一人の人間としてに近い。
あくまで敬意や憧れの範疇と言える。
恋愛感情と呼べるほど麻衣子の佐雄也への感情ははっきりしていなかった。
だが、そんな彼女に風美は耳元に口を近付け、囁く。
「……私は好きですよ。佐雄也さんのこと。もちろん、異性として」
ぞっとする妖艶な声音に麻衣子は思わず、両目を見開き硬直する。
囁かれた声に含まれたものは少女の恋心というにはあまりにも重く、湿った感情。
立ち止まり、引きつった顔の麻衣子に風美はけろりと明るい表情を浮かべ、小さく舌を出す。
「冗談ですよ。麻衣子さんがあまりにも可愛らしかったもので」
「はあ……そ、そうなんですか」
風美の豹変ぶりに戸惑いを隠せない麻衣子だったが、愛想笑いを浮かべて必死に取り繕った。
掴みどころのない人だと思いつつも、また彼女の隣を歩き出す。
二分ほどそうしていると一軒の家の前で前方を歩いていた佐雄也は立ち止まった。
「ここが我が家だ。って言っても二人とも知ってるか」
「中に入るのは初めてです」
「私は時々来ますが、学校帰りに寄るのは久しぶりですね」
口々に言う少女二人に佐雄也は頷くと、玄関の扉を開いて中に招き入れる。
「まあ、それほど大きくない家だが上がってくれ」
麻衣子たちはお邪魔しますと挨拶をしてから、靴を脱いで綺麗に揃えた。
居間まで通された彼女たちは佐雄也に言われてテーブルに着く。
佐雄也は一旦台所に引っ込むと、ティーカップに入れられた紅茶と皿に入ったクッキーをお盆に乗せて持ってきた。
「じゃあ、二人とも俺はマジカルマロンの衣装に着替えるからそれまで寛いでてくれ。ちなみにそのクッキーは俺の手造りだから後で感想を教えてくれると助かる」
二人の前にそれらを並べると、彼はさっと身を翻して二階にある自室へと上がって行った。
残された麻衣子は対面に座る風美と顔を見合わせる。
さっきの一件からどうにも風美に苦手意識ができてしまい、複雑そうな表情を浮かべる麻衣子だが目の前の彼女は気にした素振りもなく、紅茶に手を付けていた。
「どうしてんですか? 麻衣子さん。紅茶、冷めてしまいますよ?」
「そ、そうですよね。頂きます」
佐雄也が淹れた紅茶なので風美に言うのはおかしな話だが、無言で口にするのも何かと思い、そう言って紅茶を啜る。
砂糖の入っていない紅茶は好きではなかったのだが、不思議とその紅茶は渋味がなく、すっきりした味わいが口内に広がった。
「美味しい……」
「クッキーも一緒に食べるとなおのこと美味しいですよ」
風美に言われ、お皿に乗ったクッキーを一枚取って齧る。さくりと耳障りのいい音と共に程よい砂糖の甘さとほんのりリンゴの風味がした。
これだけで十分美味だったが、紅茶を一口含む。
リンゴ風味の砂糖が爽やかな紅茶の味と合わさり、絶妙な味を舌に伝えてくる。
「これは……美味しすぎます!」
「でしょう。佐雄也さん、紅茶を淹れるのも上手ですけど、お菓子作りの腕も凄いんです」
少しだけ誇らしげに言う風美に麻衣子は自分の知らない佐雄也の一面を自慢されたようで僅かに嫉妬してしまう。
だが、首を振って自分の中のその感情を吹き飛ばすと彼女に質問した。
「お師匠さんのこと、もっと聞いてもいいですか?」
「ええ。私に答えられることであれば」
優雅に紅茶を飲む彼女に麻衣子は最も気になっていたことを直球で尋ねる。
「お師匠さんの妹さんのことをもっと教えてください」
「未亜ちゃんのこと、ですか。いいですよ」
風美は昔を懐かしむように遠い目で視線を飛ばし、語り出す。
栗山未亜。彼女を初めて見た風美が受けた印象は美しい西洋人形、だった。
黒い髪と瞳は日本人のそれだが、目鼻立ちや髪の質感は異国めいていた。
何より酷く大人びた静かな雰囲気がなおのこと、彼女の人形のような印象を強くしていた。
周りにも常に素っ気ない対応で、幼馴染である風美を除けば友達と呼べる相手は一人も居なかった。
何もかも拒絶するような彼女が唯一心を許したのは兄である佐雄也だけ。
それ以外は実の両親や風美すらも敵視していたように思えた。
風美の話に黙って耳を傾けていた麻衣子は、漠然と想像していたよりも遥かに問題のある人物像に苦言を呈す。
「死んだ方にこういうのは何ですけど、あまりいい性格の子じゃなかったんですね……」
「……そう思われても仕方のないことだと思います。ただそうなった原因は彼女のせいばかりではありません」
風美は麻衣子の意見に同意しつつも、俯いてティーカップの中に目を落とし、話を続ける。
未亜は両親に疎んじられていたのだ。
暴行にまでは発展してはいなかったが、彼女に対する扱いはネグレクトに近いものだった。
理由は、未亜の容姿にある。
日本人離れした彼女の顔は両親どころか、親戚にも似ておらず、父親は母親の不貞を疑った。
母親はそれを否定するために、未亜を露骨なまでに冷遇し、父親もそれに倣っていた。
彼女が自身のものを買い与えられたことは一度もなく、衣服に到るまで佐雄也のお下がり。食事にも置いてもテーブルではなく、一人だけ床に座らせて食べさせていた。
まるで異物でも扱うような彼女の扱いに佐雄也だけが意を唱えていたが、彼女が死ぬまで両親の未亜への扱いは変わることはなかった。
子供たちは大人のそういった空気には敏感で、親に大切にされていない子供は「虐めてもいい子」というレッテルを無意識の間に未亜に貼る。
何せ、どれだけ虐めても親が出て来ないのだ。善悪の区別も付いていない子供が弄ぶ対象としては正に格好の獲物だった。
佐雄也はそれに一人で抗い彼女を守っていたが、それでも彼女の靴や鞄が汚されたり、隠されたりすることは日常茶飯事。
幼稚園から小学校に上がっても嫌がらせはなくなるどころか、次第にエスカレートしていった。
風美もまた、未亜のためにそういう嫌がらせを受けないように彼女の傍に居たが、女の子一人では子供たちの共通認識となった彼女への虐めの輪は消すことはできなかった。
そんな時だった。未亜が原因不明の病が発症したのは。
彼女の両親はもう顔を見ずに済むと喜び、病院に入院させた。
半年間、彼女は入院していたが、両親は一度たりとも彼女の見舞いに訪れることはなかった。
風美と佐雄也は欠かさず彼女の見舞いに足を運んだが、彼女の病は悪化の一途を辿るばかり。美しかった見た目はやせ細り、きめ細やかな肌は乾いて行った。
ふわふわとした豊かな長い髪は抜け落ち、両目も落ち窪んだ彼女は、自分の醜くなった姿を見られることを嫌い、面会に来るなと風美たちに言った。
しかし、佐雄也はそれに思いがけない方法で答えたのを風美は今でも思い出せる。
「佐雄也さん、自分の髪形を坊主にしたんです。ご丁寧に綺麗に剃り落として、『これで未亜とお揃いだぞ』って未亜ちゃんに会いに行ったんです」
麻衣子はその佐雄也の姿がありありと脳裏に浮かんだ。
小学生の男子が髪を全て剃り落とすのに、どれだけ勇気が居るのか分からない。だが、確実に次の日からクラスでは嘲りの対象になるだろうことは容易に想像が付いた。
同時に酷く佐雄也なら間違いなく、そうするだろうと感じた。
彼は誰かの助けになるのなら、周囲に笑われることなど気にもしない。大切な妹の心を和らげるためなら、髪くらい平気で一本残らず剃るはずだ。
「お師匠さんらしいですね」
「ええ。格好いい人です。佐雄也さんは必死になって未亜ちゃんのために何かできることはないか、常に探していました」
難しい医学書を図書館で漁り、漢字辞書を片手に勉強して、少しでも未亜のために病気のことを調べた。時には医師に相談しながらも、未亜の回復に繋がることを探したが、本職の医師でも匙を投げる病気に当時小学三年生の彼がどうこうできるはずもなく、結果は徒労に終わった。
それでも佐雄也は諦めず、現代医学が駄目ならば、宗教だと鞍替えし、神仏に祈りを捧げ、毎日大きな神社に行き、裸足で百度参りを続けた。
血豆ができて、それが破れても何度も何度も佐雄也は未亜の回復だけを祈り、参拝した。
「『自分の命と引き換えでいいから未亜を助けてくれ』と佐雄也さんは祈り続けました。けれど……世界は妹想いの兄の願いが成就することはありませんでした」