表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/14

第四話 守るべきもの

 砕けたアスファルトの歩道、罅の割れがある道路、ひしゃげたガードレール。

 それらを脇目に二人を乗せたバイクは標的を追い、走り続ける。

「あの化け物と対峙して、何する気なんだ? 何か策でもあるのか」

 前を向いたまま、尋ねてくる総長に佐雄也は返した。

「いえ……」

「いえ、ってあのなぁ」

「ただ、井上は笑われることを異常に恐れていました……今、あいつを蝕んでいるのは劣等感です。……それが原因でああなったのなら……それを発散させてやればいい」

 衣装に身体に着いている大きなリボンを引きちぎり佐雄也は片手で、傷口に巻き付け、止血を兼ねて包帯代わりに結ぶ。

スピードを最大まで出した状態のバイクの上、総長に掴まりながらの応急処置は曲芸じみていた。

一歩間違えば、転落する可能性すらあるのに佐雄也は会話までする余裕がある。

「大丈夫なのか?」

「必ず、助けますよ」

 佐雄也は麻衣子の言葉を思い出す。

 彼女は井上を助けるのを不可能だと言った。殺す以外にないこの状況を打破する方法はないと。

 しかし、それでも彼は諦めない。大のために小を救うなど魔法少女の選ぶ道ではないのだ。

「そうじゃない。お前の身体の方だ」

 総長が言いたいのは、この状況の打破なのではなく、佐雄也の傷付いた身体のことだった。

「……かなりキてるんじゃないのか」

 手当を行っている佐雄也の手のひらは流れた血でべっとりと汚れていた。

 思っていたよりも傷は深く、怪我は重い。

 本来ならば、すぐにでも病院に行くべき重傷なのは明らかだ。

 だが、佐雄也は苦笑して言った」

「俺が頑丈なのは知ってるでしょう?」

「ハッ、違いない。要らない世話だったな」

 それに笑い返して、アクセルのグリップをさらに回す。速度のメーターは急激に上昇した。

 佐雄也の傷付いた肉体を速度が締め付けるが、彼は苦悶の呻き一つ漏らさない。

「見えてきたぞ。(やっこ)さんの背中が」

 加速したバイクの前方には走る銀の猪の姿が見えてくる。

 地面を抉り返すように進むボア・ミラージュは既に街の中まで侵入していた。

 道路に設置してある自動販売機を破壊し、電信柱をへし折る銀色の棘だらけの巨体は破壊の限りを尽くす。

『オレヲォ、ワラウナァァァァァァ』

 唸り声を上げて破壊活動を続けるボア・ミラージュは止まりそうにない。それどころか、周囲を壊せば壊すほど、速さが増し、身体が膨れ上がっていく。

 これ以上先に進まれたら、住宅街まで着いてしまう。そうなれば人的被害は計り知れない。

 何より、あれが『銀の門』に成長すれば、それこそ終わりだ。

「そうだ……笑えばいいんだ」

「はぁ、何言ってんだ? エヴァのシンジ君か、お前は」

「いや、違います。あいつは笑われることを何よりも恐れている……だから、笑い声を出せば(おび)き寄せられるんじゃないかと」

 効果は見込める提案だが、矛先は笑い声を上げた相手へと向かう。ここでそれをすれば佐雄也だけではなく、総長まで襲われることになるだろう。

「光武さん。ここでUターンってできますか?」

 危険に巻き込んでしまい、申し訳なく思いつつ、佐雄也は彼に尋ねる。

 すると、総長は鼻で笑って返した。

「ハッ、俺を誰だと思ってる? 『ブージャム』の総長だぞ? その程度余裕だよ」

 瞬時にバイクのハンドルを切って、ドリフト走行をしながら車体を翻す。

「いや、違うな……超余裕の間違いだった」

速度をほとんど落とさず、華麗に百八十度方向転換をするとそのまま、ボア・ミラージュが通って来た道へ帰っていく。

 佐雄也はそれを確認すると、息を吸い込んでから大声で笑い始めた。

「わっはっはっはっはっは!」

 その声に反応して、ボア・ミラージュの背面が蠢き、棘の隙間から無数の眼球が生まれる。

 その眼球は笑い声を上げる佐雄也を視認すると、憎悪に染まった眼差しを向けた。

 脚部の関節が逆向きに回転し、側面から生えている棘が伸びて、多関節の脚となる。

 悪夢の中から這い出してきたかのような悍ましい姿へと変わったそれは、もはや猪の原形さえ保っていない。

異形の生物となったボア・ミラージュは、佐雄也を乗せたバイクの追跡を始めた。

 その様を振り返って見ていた佐雄也は笑い声が止まりそうになる。

「わっ……はっはっはっはっはっは!」

しかし、それでも彼は気を引き締め、周囲に笑い声を轟かせて、銀色の異形を引き寄せ続けた。

 バイクは来た道を戻り、少しでも街からボア・ミラージュを引き離していく。

『オレヲ……ワラウナァァァァァァァアア‼』

 多脚になったボア・ミラージュは先ほどよりもさらに加速して距離を縮めている。バックミラーで後方を確認していた総長も追い縋る異形の速度に表情が引き()らせた。

 彼我の距離はおよそ数メートル。追い付かれるのは時間の問題だ。

「……ありがとうございます。これで奴は大分街から離すことができました」

 感謝する佐雄也の声にも総長は返答する余裕はない。限界までアクセルグリップを回し、少しでも距離を離す作業で頭が一杯だった。

「光武さん。何があっても止まらずに逃げてくださいね」

 だから、総長は佐雄也がこれからしようとしている行為に気付くことができなかった。

 彼は一際大きく声で笑うと、バイクから飛び降りた。限界まで加速したバイクから降りた彼は身体に残る勢いと共に地面へ転がった。

 傷口が完全に開き、そこと口から生臭い血液を吐き出す。衝撃で折れた骨が肉や臓腑に突き刺さり、焼けるような激痛を味わった。

 総長は驚愕して、振り返ろうと首を回すが、その背中に佐雄也は叫んだ。

「振り向くな! 迷わず走れっ!」

 血の混じった言葉に総長は、佐雄也の覚悟を感じ取った。ここで彼の言葉を無駄にすることこそ、最大の侮辱だ。

 佐雄也を降ろした分、軽くなったバイクは止まらずに遠ざかって行く。

 それを背景に地面を砕き、突き進んで来るボア・ミラージュと佐雄也は対峙する。

 滑るように輝く銀の色の巨体が佐雄也へと迫るが、彼にそれを回避できる術はなかった。

 そして、また回避する気も毛頭ない。

 骨折の痛みに耐えながら、両腕を広げ、ボア・ミラージュを迎えるように立ち上がる。

 諦めた訳ではない。むしろ、その逆だ。

 何としても井上を助ける。そのためには己の命など二の次。

 目の前の化け物が、井上の悪意から生まれたというのなら、その悪意ごと受け止めるまで。

『オレヲォワラウナァ‼』

 強い意志を籠めた佐雄也だが、圧倒的な衝撃には耐え切れる訳もなく、ボア・ミラージュに激突され、高く舞い上がる。

 吹き飛んだ身体は道端の道路標識に突っ込むと、それに衝突し、棒の部分をぐにゃりと歪曲させた。

「ごほっ……!」

 肺に砕け散った肋骨が突き刺さり、圧迫された空気は血液と混じって宙に撒かれる。口内に生臭い鉄の味が広がり、呼吸ができずに激しくむせ込んだ。

跳ねた佐雄也の肉体は頭を垂れるように崩れ落ちる。

 それだけではない。ボア・ミラージュの外側から鋭く伸びた棘が彼の身体を抉り、真っ赤な穴をいくつも作っている。

 満身創痍。否、それどころか、死亡寸前の肉体。

 まともな人間ならばこの一撃で息絶えていただろう。

 仮に奇跡的に助かったとしても、貧血と損傷で意識を保っていられるはずがない。

 だが、佐雄也は魔法少女を名乗る愚かな青年。まとも、などという形容詞は彼には無縁の言葉だ。

 佐雄也は屹立する。

捻じれた折れた手足に構うことなく。

 出血の止まらない傷口を気遣うことなく。

 微笑みを顔に乗せて、優しい眼差しをボア・ミラージュに――井上に向けた。

「……井上。これが……お前の、感じていた痛み……なんだな。お前の、抱えていた……苦しみなんだな……」

 ボア・ミラージュはなおも笑う佐雄也に突進を放つ。助走による加速がほとんどないせいで威力は先ほどよりも下がったが、それでも人ひとり殺すには申し分ない一撃だった。

 されど、佐雄也は立ち上がる。

 肉は潰れ、骨は砕かれ、臓腑も破けている。肉体の限界は既に突破していた。

 いくら肉体を鍛え上げているとはいえ、彼の怪我は死に到るレベル。脳内アドレナリンの有無などでは到底語れない。

恐らく、医学的観点から見れば、この現象を説明することは不可能だ。奇跡と言っても過言ではない。

彼を支えているのは魔法少女としての矜持と不屈の意志。

 助けを求めるものを救えずして、何が魔法少女か。その意気込みだけが佐雄也の肉体の限界を超えて、動かしている。

「全部……俺が受け止めて、やる……お前の心が、晴れるまで……」

 口と鼻からも出血が止まらず、むせ込みながらも彼は慈悲に溢れた顔で笑う。

 それを見たボア・ミラージュの中で異変が起こる。

『ゥウ……オレヲ……ワラゥ……』

 少しずつ。少しずつだが、巨体が霧散して大きさが縮んでいく。

 井上の心に積もっていた劣等感や憎しみが真正面から受け止められたおかげで徐々に減っているのだ。

 それは本来、あり得ないことだ。

 マリス・ミラージュに取り込まれた母体が外部からの反応や刺激を受けることはまずない。

 だが、佐雄也の度を越えた献身が奇跡を起こそうとしていた。

 霞む視界でその異変に気が付いた彼はさらに声高に叫ぶ。

「井上! 思い切り……ぶつかって来い!」

 自分の限界はとうに越えている。次に受ければ命はないだろう。

 しかし、今ここで魔法少女としての在り方を貫けるならば明日は要らない。

 例え、息絶えようとも井上を助け出す。覚悟と信念を胸に佐雄也はボア・ミラージュの突撃を迎えた。

 銀の異形はその外面を削りながら、佐雄也の元へと駆け寄って来る。

 銀色が剥げ落ち、霧のように消失していくボア・ミラージュは彼のすぐ前で掻き消える。代わりに呑み込まれた井上の姿が現れ、ぐらりと膝から崩れ落ちた。

「……井上!」

 力なく倒れる井上を佐雄也は抱き留めた。

 自分もまた彼の重さに引きずられて、倒れそうになるがそれを気合で耐える。

 井上はぼんやりとした瞳で佐雄也を見つめる。表情から察するに意識は朦朧としているのだろう。

 彼は独白にも似た言葉を佐雄也に語る。

「……栗山。俺さ、お前のこと羨ましかったんだ。独りぼっちの俺と違って、誰かに囲まれて楽しそうにしているお前が羨ましくて堪らなかった……」

 佐雄也はそれに「そうだったのか」と小さく答えると井上は幼い子供のようにこくりと頷いた。

「笑い声が聞こえる度、寂しくって泣きそうになるんだ。だから、俺……」

 井上を苦しめていた本当の原因。それは劣等感などではなく孤独感だった。

 ずっと誰かに思いの丈をぶつけたかっただけなのだ。

寂しい、とたった一言叫ぶ相手が欲しかっただけなのだ。

「大丈夫だ、井上。俺がお前を、笑わせてやる……寂しさなんて……感じない、くらいに」

 優しい笑顔を向けて佐雄也に井上は不思議そうに尋ねた。

「何だって、お前はそんなこと言えるんだよ。俺はお前に散々酷いことしたんだぞ?」

 その問いに佐雄也は当然のように返答する。

「俺は、魔法少女。……魔法少女マジカルマロン、だから……な」

「なんだよ、それ……」

 理由にもならない馬鹿な返しに井上は自然と頬が弛んだ。微睡(まどろ)む意識の中で自分が安らいでいることに気付く。

心の中で常に渦巻いていた嫌なものがいつの間にか綺麗に洗い流されていた。

「栗山……」

「なんだ?」

 聞き返す佐雄也の顔は穏やかで、井上は素直に謝罪の台詞を吐露した。

「酷いこと言って、ごめん、な……」

 それだけ言うと、井上の目蓋が下がり、眠るように意識を失った。

彼を優しくその場に寝かせると、呼吸と脈拍があることだけ確認する。規則正しい寝息と心音を聞いた佐雄也は泥のように倒れ伏した。

視界はほとんど黒ずんでいる。もう息も覚束(おぼつか)ない。死が眼前に迫っていることが肌で感じられた。

眼の端に麻衣子とヨーグッドが映る。どうやら後を追ってこの場所に辿り着いた様子だった。

「本当に……完全体になったマリシャス・ミラージュから母体を救い出したヨグか? あり得ない、あり得ないヨグ……」

「大丈夫ですか!? ヨーグッドさん! 早く治療を!」

 目を見張るヨーグッドだが、麻衣子の声で今すべきことを思い出し、倒れている佐雄也の元まで麻衣子と一緒に飛んで来る。

 佐雄也は声も上げる余力もなく、それらを眺めた。

 彼の身体のことは彼自身が一番分かっていた。もう傷が治癒したところで出血多量で助からない。

 (じき)に死ぬのは確定事項だ。

 遅れてきた彼女たちに恨み言はない。彼は自分がやるべきだと思ったことをしただけだ。

 勝手にやって、勝手に死ぬ。そこに他者の介在する余地はない。

 魔法少女として、助けを求める人を守るという使命は果たした。本物の魔法少女になれなかったことが心残りだが、仕方がない。

 井上が自分を殺したことに苦しむことが心配だったが、ヨーグッドに記憶を抹消する能力があるのなら、それも無用な心配だろう。

 目を瞑り、死が来るのをただただ待つ。

 だが、ヨーグッドは毛皮の中から質量保存の法則を無視して、大きな懐中時計を取り出すと時計盤を見つめた。

「まだ、十五分以内……間に合うヨグ」

 耳の内側の目玉のような模様の中心にある瞳孔のような部分がぐるりと反時計回りに動き始めた。

 すると、佐雄也の傷が見る見るうちに消えていく。

 それだけではない。破れたファンシーな魔法少女の衣装も修復されている。

 傷口を縛っていたリボンもいつの間にか、なくなり引きちぎった衣装の箇所に戻っていた。

 血液に汚れていた生地は最初の薄桃色になり、身体にあった倦怠感すら消失する。

 まるで時間が巻き戻ったかのようにすべての怪我が完治していった。

「ひょっとしてこれは……」

 佐雄也の懐いた疑問に麻衣子が答える。

「ヨーグッドさんは、物や人の時を戻すことができるんです」

 ヨーグッドも彼女の発言に補足するように付け加えた。

「まあ、十五分以内っていう制限付きヨグけど。それにマリシャス・ミラージュには効かないヨグ」

 人の記憶を消すにも、この能力で脳の状態を巻き戻しているのだと、ヨーグッドは言った。

 その言葉を聞いて、自分の記憶が消えていないことに佐雄也は気が付く。

「俺の記憶は消えていないけど」

「時間を巻き戻す部位を指定することができるヨグ。それとも消して置いた方がよかったヨグか?」

 そんなことはない。今日体験したことは佐雄也にとっては重要なものだ。決して忘れる訳にはいかない。

「いや、消さずに置いてくれてよかったよ。ありがとう」

「感謝するのはこちらです。あなたが居なかったら、私は……この人を殺すことになっていました」

 麻衣子は佐雄也に深々と頭を下げる。傍で見れば彼女の瞳が泣きそうに潤んでいることが分かった。

 彼女も、彼女で相当に追い詰められていたのだろう。

「いや、魔法少女として当然のことを……」

 そこまで言いかけて、目の前の少女は正真正銘の魔法少女であることを思い出し、失言だったと口を(つぐ)む。

 しかし、麻衣子は首を横に振って、言った。

「私が魔法少女として、未熟だということは理解しています。あなたの……マロンさんの方がその名に相応しいことも」

 項垂(うなだ)れる彼女にヨーグッドが慌てて、横からフォローを入れる。

「麻衣子ちゃんは今日、魔法少女アリスになったばかりヨグ。上手くいかないのは当たり前ヨグよ」

 井上の件で余裕がなく、今まで気に留めていなかったが、ヨーグッドに猫を被った態度に佐雄也は少し呆れた。このウサギの本当の姿を彼女はきっと知らないのだろう。

 邪悪な悪魔の如き顔と現在のマスコット然とした顔のギャップに表情を引きつらせていると、麻衣子は意を決したように佐雄也に述べた。

「あの、マロンさん!」

「うん?」

「私を弟子にしてください!」

 ぺこりと頭を下げて頼み込む彼女の姿に佐雄也は戸惑う。

「えっ? えぇ~!? 俺の弟子に?」

だが、彼以上に、お付きのマスコットは困惑した。

「しょ、正気ヨグか、麻衣子ちゃん!? この人は魔法少女のコスプレした単なる変態ヨグよ!? 危ない人ヨグよ!? 変質者ヨグよ!?」

 指差して佐雄也を罵倒してくるヨーグッドだが、麻衣子は憤慨して、それを否定する。

「マロンさんほど、魔法少女らしい方は居ません! どうしてヨーグッドさんはそんな失礼なこと言うんですか? マロンさんがマリシャス・ミラージュから人を救うところを見ていたでしょう!?」

 麻衣子の剣幕に押され、ヨーグッドも二の句が継げない。

 佐雄也としては自分の行動が変質者のそれであることを正しく理解しているので、ヨーグッドの方が可哀想に見えてならなかった。

「まあ、それは置いといてさ」

「置いといちゃ駄目ヨグっ! キミも早急に断るヨグ!」

 唾を飛ばして(さえず)るヨーグッドの顔を押さえて佐雄也は彼に聞く。

「落ち着けって。それよりも壊れた道や物を直してくれない? 十五分前の状態にしか戻せないんだろ?」

 彼に言われ、ハッとしたヨーグッドは慌てた素振りで周囲のものを直すため、てきぱきと動き出す。

 砕けた路上やへし折れた道路標識の時間を巻き戻すと、街の方の損壊の修理と目撃者の記憶消去のために一旦、その場を離れた。

 その間に佐雄也は麻衣子にさっきの話を確認する。

「えーと、麻衣子ちゃん。俺に弟子入りって……本気?」

 冗談ではないかと思って、そう尋ねると彼女は元気よく両の小さな拳をむんと握り締めた。

「はい! 私、稲月(いなづき)麻衣子(まいこ)不束者(ふつつかもの)ですが、ご鞭撻(べんたつ)の程どうかよろしくお願いします!」

 眼差しと口ぶりから嘘でも冗談でもなく、本心からの言葉だった。

 本気でこの魔法少女は彼の弟子になることを希望している。

自称・魔法少女でしかない佐雄也としてはむしろ、逆に彼女の弟子にしてもらいたいくらいなのだが、きらきらと期待する瞳で見られては拒否などできようはずもなく、受け入れてしまった。

「俺なんかでよければ」

「ありがとうございます。お師匠さん!」

 その後、帰って来たヨーグッドに散々怒られることになるが、佐雄也はこの時の交わした約束を破棄することはなかった。


 ***


 翌朝、佐雄也は高校へ登校すると、教室には井上の姿があった。

 机には参考書や教科書が並べられ、ノートを開きながら、問題と答えを書いている。

 周囲に居るクラスメイトは当然、登校した不良が熱心に勉強している様を不気味に思い、遠巻きに眺めていた。

 中には小声で彼を馬鹿にする声や、好奇の笑い声が微かに聞こえている。

 黙々と勉強している井上は周囲の反応に目もくれず、黙々と問題を解いていた。

 佐雄也はそれを見て、嬉しそうに微笑むと井上の席まで速足で歩いて行く。

 彼の席の正面に立つと、佐雄也は元気よく挨拶をした。

「おはよう、井上。今日もいい天気だな」

近くに行くと彼の右頬には白いカーゼの貼られており、やや腫れ上がっている。

そこから察するに、彼なりに『ブージャム』とはしっかりとケジメを付けたようだ。

「何だよ……何か用かよ、栗山」

 しかし、不機嫌そうに佐雄也を見つめ返す井上には昨日気を失う前に見せた素直さはなかった。

 井上のボア・ミラージュに関する記憶はヨーグッドによって、完全に消されていた。

 だが、彼の心に起きた変化までは消えてはいない。

 心の奥に積もっていた濁った感情は佐雄也の献身によって、彼の中から消滅していた。

 井上は佐雄也を煩そうに見るが、瞳の奥では何かを期待しているようだった。

「井上、今日の昼休み、飯一緒にどう?」

「はあ? 何でだよ。てか、まだホームルームもまだだし」

 視線を逸らして、誤魔化すように言う井上に佐雄也は駄目押しの一言を見舞う。

「友達になりたいんだよ。お前と」

「……意味、分かんねぇよ」

「駄目か?」

 少し悲しそうに尋ねると、しばしの沈黙の後、返事が返って来る。

「…………まあ、いいけどよ」

 その答えを聞き、佐雄也は満面の笑みを浮かべた。

「じゃあ、今日から友達だな、井上」

 ノートに目を落とし、佐雄也の顔を見ていない振りをしている井上も連れられて、照れの混じった笑みをこっそりとする。

 それは井上が今までの人生の中で最も楽しそうな笑顔だった。


 ***


 魔法少女マジカルマロンこと栗山佐雄也は、魔法を使えない。奇跡も起こせない。少女ですらない自称・魔法少女のコスプレ男だ。

 だが、彼は人の笑顔を守るため、助けを求める人を救うため、己の身の犠牲を厭わず努力を続ける。

 最愛の亡き妹との約束を果たすため、彼は魔法少女を目指すことを止めはしない。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ