51話 その姿は白銀に輝く
『では私はこれで失礼しますね、彼女達とたっぷり――遊んであげてください』
そう言い残すとブツッと音が鳴り、声は聞こえなくなる。反射的に怒りの叫びをあげるが、もうスクードには聞こえていないだろう。
目の前に視線を向ければ、獣と成り果てた二人の少女達。部分部分はまだ人としての形が残っており、顔や首から腰などはまだ人の肌が見え隠れしている。
だが俺を捕らえるその瞳には、人としての理性はなくただ目の前にいる獲物を八つ裂きにしようとしている。
「――グォォォォ!!」
獣に相応しい部屋中を轟かせる咆哮を叫ぶ。ビリビリと空気を振動させるように、その声が身体を強張らせる。
その咆哮は今から狩を行うという合図でもあった。だが同時に、その咆哮からは――悲しみが伝わる。
「――くっ!」
距離にして数メートル。数歩進めば手が届く距離にいたその獣。瞬きをする間もなくその距離を詰めて肉迫にすると、その鋭利な爪で切り裂こうとする。
刀の刃で逸らすように攻撃をかわす。刀の刃部分と爪が擦れ、ガリガリといった音が響く。初撃をかわすと後ろに飛ぶように離れる。
「戦うしかないのかよ……!」
俺は戦いたくなんかない。だって目の前のアレは少女だ。たとえ人の形をしていなくても……あれは人だった。
助けを求めていたのに、斬れるわけがない。消せるわけがない。それにあの子達は襲おうとしているが――その目からは涙が流れているんだ。
まだ人としての意識があるのか、それとも無意識なのかはわからない。だがあの子達の本当の心は、戦いたくなんかないと訴えているんだ。
だがそれは意識に過ぎなかった。獣化した少女達は獣の本能のように、その涙を流す瞳で目の前の獲物を狩ろうと爪を振り、牙を剥き出す。
「やめてくれ……! 俺は――お前達と戦いたくなんかない!」
その獣に対して意識を戻させるように叫ぶ。だが声は耳に入らず、獣ような声を上げながら攻撃を繰り返すだけだった。
防戦一方の状態。これではいずれ本当に八つ裂きにされてしまう。斬るしかないのか?
一瞬、戦うという選択肢が頭の中を過ぎる。だが俺にはその選択肢を選ぶ勇気はなかった……
「――ぐぁ!!」
殴られるようにその爪で長机へと飛ばされる。周りの椅子を辺りに飛ばしながら、机へとめり込む。木で作られていたのか、木片が辺りに散らばっている。
肉を抉られるように殴られた脇腹を押さえながら立ち上がる。赤く滲んだ服から滴るように、赤い液体がポタポタと一滴一滴落ちていく。赤い絨毯と混ざり、滲んだ部分が赤黒くなっていく。
「――っ!」
刹那――立ち上がってすぐに、眼前に近づく白く凶悪な爪。顔を後ろに反らしそれを避ける。爪は空を切り裂き、風が俺の前髪を揺らす。
「もう一人か……!」
俺を飛ばした奴は移動していない。もう一人の少女が、止めを刺すために攻撃を仕掛けたんだろう。
止むを得ず、刃を裏返し少女の脇腹にめり込ませる様に刀を振るう。剣道の胴のように叩き込む、メリッという音が鳴るのではないかと思うほど身体にめり込む。獣の少女は天井を向き痛みの叫びを上げた。
そして出来た一瞬の隙の間に、その場から離れる。
「そう簡単に獲物を逃がすつもりはないか……!」
離れようとしている時に、逃がしまいと残った一人が腕を突き出し身体を貫こうとする。
とっさに近くにあった椅子を盾のようにする。椅子に爪が当たり、木がへし折れる音が聞こえると思ったら一瞬で突破される。
だが勢いは殺した。その隙を突いて、手首に向けて刃のない方を振り下ろす。
「零さん! 左を見てください!」
背後から聞こえるアルマの注意。それに反応し左に視線を向けると、迫り来る木の板。これは……机のテーブル部分か?
その飛んでくる木の板を退けるように刀で払う。だが払った先には高速で接近する少女の姿。
まさか、自身の姿を板の背後に隠していたのか! 少女との距離は手を伸ばせば届くほど。そして爪が腹部を切り裂くように横へ振るう。
「……ハァ……ハァ……!」
一歩二歩と後ろへ下がり、肩膝をつく。防戦だけで一方的に攻撃されているだけだ。
腹部からは血が滲み、肩で息をしている。幸い直前で身体を反らして致命傷は避けれた、だが……もうこれ以上は限界だろう。
その時、背後から叫び声が聞こえる。
「零さん、戦ってください!!」
「でも……この子達は人間だ! 俺には……攻撃なんか出来ない!」
「戦わないと零さんが死んでしまいます!! それにあの子達には……もう人としての理性はありません!」
「わかってるよ……! でもよ! こいつらは助けて欲しいのに……殺すなんて出来ねえよ!!」
涙ながらに攻撃をする獣なんていない。涙を流しているってことは、まだ人としての心が残っている証だ。
「その子達は完全に人としての意識はありません……! 数分後には人としての形も保てなくなって……人じゃなくなります……」
アルマはこの光景が初めてではないというような感じで叫んだ。
部分部分に残っている人としての部分も、時間が経つにつれて変化していくってのか?
「でもよ……そんなのって……!」
心ではわかっているつもりだった。もうこの子達は助からないと。でも底では、何か方法がある、どうにか出来るという淡い希望があった。
でも現実ってのは酷く残酷だ。どれだけ叫ぼうと、この子達は眉一つ動かさず俺を攻撃してきた。
その光景は一方的な戦いだった、次々と襲い掛かる攻撃を受けて防ぐことしか出来ない。防御だけでは限界が来て、腕が震えだす。
「――っ!」
カァンという音が響くと、刀は中を回転しながら床へ落ちていく。
武器を失い攻撃はこれ以上はかわせない。もう残された手は一つ。霧によって――消してやること。
好機と見たのか、二人同時で襲い掛かる。その光景を見て俺は消す事を覚悟する。だけど――その悲しそうな瞳を見てしまい、霧を直前で消してしまう。
やっぱり俺は……甘いんだな。心の中でそう思った。でもあんな悲しそうな目をされると、俺には消せなかった。
あと一瞬で身体を切り裂こうとする二つの爪。風のような勢いで振り下ろされるそれを、さらに速い何かが軌道を遮る。
「……本当にあなたは……優しいんですね」
声の主はアルマ。なんでこいつ……? 戦えないんじゃないのか?
両腕をクロスするように攻撃を受け止めている。その腕はあの時のように、キラキラと光っており、青い鉱石のようなものが腕の外側にコーティングされている。
そして腕を払い、二人を少し飛ばすように退ける。
「あんな姿になっても、私達を人として認めてくれる。助けようとしてくれる。そんな零さんだから、あの子達も……あなたを好きになったんですね」
するとアルマは着ていた上着を脱ぎだす。突然の行動に頬を真っ赤にしながら目線をずらす。
「零さんお願いです、目を開けて見てください」
その言葉を聞いて、細めで視界を開けていく。そこに映ったのはアルマの白い背中に刻み込まれる大きな痕。肩にもあった1という数字。それが背中にもあるのだ。
「あなたにもう辛い思いはさせません。私が終わらせます」
「終わらせる? 待てよ……お前は刻印で力が使えないんじゃ?」
「使えませんよ。ですけど、刻印を破るほどの力を出せば使えます……」
「それってまさか……この子達みたいに!」
「はい、獣化です。正確には私のは神獣化ですけどね……」
でもこいつはその形態になったら最後、人の姿には戻れないと言っていた。それに神力を見てきたからわかる。多すぎる神力はその肉体を――崩壊させる。
「駄目だ! 止めろ!!」
静止の声を上げて、立ち上がろうとする。だが身体に力が入らない。スクードとの戦闘に、この子達との戦いの疲労が今出たのか!
顔を歪め、必死に止めようと叫ぶ。アルマはゆっくりと振り返ると俺に告げた。
「ありがとう――私達を認めてくれて。私達の存在を肯定して、涙を流してくれたあなたを――死なせたくない」
そして最後に涙ながらに小さく呟いた。
「私の姿を見ても――嫌いにならないでね」
すると突然アルマから白い光が漂いだす。そして徐々に薄くなるように消えていく背中の刻印。
その時、背中から二つの翼が皮膚を突き破るように飛び出す。それは白銀に輝き、太く肉厚がある。骨格も変わっていき、腕も鱗のような光る鉱石に覆われる。
先ほどまで美しい体をしていた少女とはとても思えないような、強靭な肉体へと変わる。腕も足も太く、鋭い爪。腰からは白い尻尾が伸びている。
その姿は――竜だった。
「竜……? いやドラゴンか?」
「わかりますか?」
俺の問いに答えるように、アルマがその身体で振り向いて見る。顔の一部や肉体の一部分が人なだけでほぼ竜だ。
身長も俺を遥かに超えて、2メートルはあるのではないだろうか?
「竜の遺伝子と、妹の神力を打ち込まれました……どうですか? 醜いでしょ?」
「いや……醜くなんてねえよ。すごくかっこいいさ」
「フフ、かっこいいですか。可愛いって言ってほしかったですけど。でも……ありがとうございます」
その時だ、アルマの背後から二つの影が接近していた。
「アルマ!」
「大丈夫ですよ」
ニコッと答えると、振り向くことなくその攻撃をその身体で受ける。
振り下ろされた腕、アルマの頭上を回転するように飛んでいる一本の白い爪。
「言ったでしょ? 私は頑丈ですって。だって私は身体中をオリハルコンで覆ってますから」
部屋の光に照らされ、身体中を乱反射するアルマ。オリハルコンで身体を覆う、ということはアルマに対して魔法的な攻撃は意味はなく、さらに神力にも対抗可能、そして強固な防御。まさに絶対防御だ。
これが……神獣なのか? その神々しい姿に思わずそう感じる。
「零さん、すぐに終わらせます。だから見ててください――最後の姿を」
『最後の姿』それが何を意味しているのか。
あの時、ミーシャが消えたときに言った『最後』と重なって聞こえた。




