50話 溢れ出す憎しみ
「――くっ!」
ガァンと音を出しながら刀が弾かれる。バックステップをとりながら後ろへ後退する。
「この!」
もう一度攻撃を仕掛ける。柄を握り締め、霧を纏わせながら。
だがあの時と同じ、見えない壁にその進路を遮られる。カチャカチャと刀が音を出しながら震える。
「――退けぇ!!」
カイダールを斬ろうとするのを邪魔するスクードに対して叫ぶ。
スクードは冷静な目つきをしたまま退こうとはせず、俺の刀を何度も受け止める。
「出来ませんね、社長を守るのが私の役目ですから」
手を突き出し刀に向ける、その瞬間あの時のように謎の衝撃波が襲い掛かる。
衝撃は体全体に響渡り、髪やコートをなびかせるようだった。周りの椅子が倒れるほどの衝撃。放物線を描くように飛んでいき、アルマの横まで飛ばされた。
「零さん! 大丈夫ですか!?」
「ゲホッ! 大丈夫だ……まだ戦える!」
身体を屈ませて、安否を気遣うように叫ぶ。アルマ自身は戦う事は出来ない。あの力を抑える刻印がある限り力を使えないからだ。
するとカイダールはスクードの会話を聞いていて、何かわかったのかスクードを見る。
「おいスクード。こいつがお前の言っていた餓鬼か」
「そうですよ社長。サンプルを攫い、神の子を二人保有している少年です」
「ほお、こんな餓鬼がな……」
「驚かれますか?」
「当然だ、まさかこんな愚かな餓鬼が――帝国でテロを起こしたゼロだと言うんなら尚更だ」
どうやらスクードはカイダールにあの日の情報を伝えているらしく、カイダール俺の正体に気づいた。
しかしそれが重要ではなかった。別に正体がわかったところでどうでもいい。この後こいつらが話す内容が……戦慄させたからだ。
「これなら奴が倒されたのも納得がいくな」
「あーライナス君ですか」
スクードが口に出したその名前を俺は知っている。シュトラスの町を襲い、町の人を皆殺しにして……シンを殺した奴ら。
あいつらは子供達を優先的に狙っていた……まさか。頭の中でパズルが組み合わさるように、わかっていく。
「なんでお前らが……あいつを知ってるんだ!」
「知ってるもなにも……ライナス君は社員ですから」
「あの馬鹿は最後の最後でしくじったからな」
「まさか……シュトラスが襲われたのも……お前らの仕業なのか? 他の町や村が襲われたのも……全部お前らの差し金か……!?」
「おい餓鬼、今の会話でわからないのか? 言っただろう餓鬼共を集めるのは苦労したと。あれだけの数を揃えるのにはこの街では足らんからな」
歯が砕けると思うぐらい食いしばった。そして身体中から怒りや憎しみと言った負の感情が溢れだす。俺の心は津波のように荒々しく荒れている。
こいつのせいで子供達は姿を変えられて、殺された。シュトラスの人も殺された。こいつがいなければ、シンも死なずにすんだ、レナも泣かずにすんだんだ。みんな悲しい思いしなくてもよかった。こいつはみんなの幸せを食い殺す悪魔だ。
憎い――憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いニクイニクイニクイ。ケシタイ、コロシタイ、コイツヲコロシタイ。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
天井を見上げたながら、悲しみにや憎しみに染まった叫び声を出した。
途端に、俺の周りに霧が一段と白さが増していく。涙を流しながらその元凶であり悪魔のカイダールを睨む。そして我を忘れた状態で突撃する。
「怒りで動きが単調ですよ?」
振り下ろす刀を謎の障壁で受ける。だがスクードの余裕の表情は一瞬にして変わる事になる。
「それで――――なっ!!」
あの時は少しは壁で止まり、少ししてから突破されていた。だがどうしてか、今回は止まることなく、まるでそんな物最初から無かったかのように、突破してきたのだ。
「お前らのせいで……! あいつらは殺された!」
感情に任せた状態で闇雲に刀で攻撃を繰り返す。
「お前らがいなければ、シンは死ななかった! レナは泣かずにすんだ! みんなの幸せは壊れなかった!」
次々と繰り出される刀を辛そうに受けるスクード。刀を振るう速度がまるで人ではない、それが何故なのかはわからない。
「俺は――お前達を許さない! お前達を必ず消す!」
その叫びを聞いているカイダール。眉一つ動かすことなく冷静な顔で聞いていた。まるで心に響いていないようだ。
「偽善の塊の餓鬼が偉そうに説教するな! スクード、さっさと殺せ! 目障りだ!」
そう叫ぶカイダール。だがスクードの顔は歪んでおり苦戦しているようだった。
何故なら神の力ですら防いだ障壁が、豆腐を斬るように一瞬で突破されるから。攻撃をしようにも高速で繰り出される斬撃に防戦を強いられる。
「なんですか……! この力は……まるで、私と同じではないですか!」
受け止めながら辛そうに分析する。だがその時ある事に気づきだす。
スクードは異変に気づき、腕の裾に視線を送る。少しずつだが服が消滅しはじめているのだ。これではまずいと判断し、とっさにあることを叫ぶ。
「トレーセ!」
水を司る神の子である、着物を着た少女の名だ。そう叫んだ瞬間、すぐ横の壁が轟音を立てて壊れる。
そして煙の中から現れたのは、シェリアを貫いた凶悪な水の刃。
どいつもこいつも邪魔だ……! 消えろ!
「――なっ!」
水の刃は身体を貫くどころか、俺に届く前に蒸発するように消えていく。そして片手でトレーセの腕を掴むと、そのまま反対側の壁に向けて投げつける。
弾丸のような速度で壁に激突し、痛そうな声を上げる。その一瞬の光景に驚きを隠せないスクード。
「まさか……トレーセの攻撃を消し、簡単にあしらうとは……! ですが、彼女はこれでは倒せませんよ!」
その言葉の後、上空から水の針が雨のように襲い掛かる。周りの机や椅子に穴が開いていることから相当な殺傷能力だとわかる。
「邪魔だぁぁ!」
刀でスクードを押し切ると、そのまま上空へと垂直に跳躍する。その行動に目を見開いて驚くトレーセ。
「妾の攻撃を受けて……無傷じゃと!?」
拳を握り締めると、床に叩きつけるように全力で振り下ろす。その拳をトレーセは小さな手で受けとめる。
「――重い……! 神力で強化しておるのに……押し負ける!?」
そのまま抵抗する事もなく、床へ叩きつけられる。落下地点では床が少し凹んでおり、衝撃が強かった事を教える。
床に着地すると、陸上のスタートダッシュのような姿勢で、スクードのすぐ傍に接近し肉迫にする。
「――くっ! 速い!」
咄嗟に防御しようとするが――間に合わない。そのまま右腕を下から切り上げられるように切断される。
ここである異常に気づいた。切断したはずの右腕から血が流れていない。床に落ちた右腕はゴンと鈍い音を立てている。
「ハハハ……君はすごいですね、まさかゴスペルで出来ている義手を切断するなんて」
その金属が相当硬いのか、切断した事を賞賛している。それによく見ると腕だけじゃない、両足の服の切れ目から見える、緋色の物体。まさかアレも義足か?
すると苦戦しているスクード達に苛立ちを覚えたのか、怒鳴りだすカイダール。
「何しているスクード! さっさと始末せんか!」
「そう言われましても社長。この少年が強すぎて。とても私じゃあ太刀打ち出来ませんよ」
「お前が勝てなければ誰も勝てないではないか!」
「心配ありませんよ。彼には弱点がありますから」
スクードは不敵な笑みを浮かべると、とある提案をカイダールに持ち出す。
「社長。――神獣を使いませんか?」
「お前でも勝てないのに、あんな失敗作で勝てるわけなかろう」
「いえいえ、彼は優しいですから。とても……彼女達を傷つけることは出来ませんよ」
その言葉に納得したようで、カイダールは渋々スクードの言う事を了承した。
俺にはその会話は聞こえていない。だが何か良からぬことを企んでいるのはわかる。
「今のままでは君には到底勝てないですからね……ここは退いて、彼女達にお任せします」
「彼女達……? まさかてめえら!!」
すると突然トレーセが大量の水煙を発生させて、目くらましをする。大量の水煙に視界が見えない。
そして数十秒後、水煙が晴れていく。そこにはカイダール達の姿はなく、変わりに――二人の少女が横たわっており。手錠なようなもので拘束されていた。
『やあ聞こえるかな? 神城零君』
スピーカのような物から部屋中に響き渡る、スクードの声。どうやら逃げて別のところにいるらしい。
『今から君に実験をしてもらおうと思ってね、前にいる少女達は――神獣遺伝子をいつでも打ち込める状態だ』
その言葉に俺は驚愕した。まさか今ここでこの子達を……実験に使うつもりか!?
「やめろ!! その子達に罪はねえだろ!」
『それじゃあ――実験開始』
俺はその声が聞こえる少し前に少女達に向かって走り出した。おそらくあの手錠から打ち込まれるはずだ。ならあれを破壊すればいいだけだ!
そしてあと数メートルのところで、少女達に異変が起こりだす。目を見開いて、うめき声を上げながら苦しむ少女。
「アァァァァァ!!」
言葉にならない叫びを上げる。そして徐々にその小柄な身体を変化させていく。
腕が獣同然のごつく太い物へと変わり。身体中から毛が生えだし、骨格も変わっていく。
まだ少女としての意思が残っている中で、涙ながらに変わりたくない、助けてというように俺を見ていた。
「やめろよ……やめてくれ……!」
その場に膝を着き絶望に浸る。苦しみながら姿を変えていく少女を俺は、見ていることしか出来なかった。
数十秒も経たないうちに、さっきまで可愛らしい少女の姿は醜い狼のような獣へと成り果てた。もう一人も同様に。
『失敗か……まあ通常より多めに打ち込んだから当然ですね。もう完全に変わってますし』
「スクード!!」
『おっと、私に注意を向ける前に、彼女達を見ていたほうがいいですよ? 彼女達は完全な魔物、それも――神力を扱う強力な』
俺の目のにはもはや人としての理性を失い、瞳に映る俺を獲物としてしか見えていない変わり果てた少女達の姿。
この子達と戦わなきゃならないのか? その絶望の空間の中、さらなる絶望が俺を襲い掛かった。




