49話 処理された子供達
薄暗い中、部屋を照らす唯一の黄色い灯りがぼんやりと部屋中を不気味に照らす。
俺は瞳孔を開き、身体を震わせながら一歩一歩とゆっくりと足を前に出す。そしてある程度進んだところで膝をつき、前に無造作に並べられたそれを見た。
「……なんで……」
見えるのは、獣のような毛皮、トカゲのみたいな無数の鱗。鋭い爪や牙、これだけだとただの魔物の死体に見える。だが……これは違う。
そんなのは一部に過ぎない。人の手、足、自分と一緒の人間の部位が見える。それも全てまだ小さく子供のものだとわかる。
「なんで……この子達がこんな酷い目に遭うんだよ」
呼吸が荒くなり、胸が締め付けられる。心臓の鼓動が早くなり、精神が不安定になり始めているのがわかった。
この子達は何をした? 罪もなく、親を亡くし、行き場が無い子供達。そんな子供達を待ち受けていた運命がこれなのか……?
「こんなの……あんまりじゃねえか……!」
視界がぼやけて、暗い床に一つ一つと悲しみを含んだ涙が落ちていく。
人ではない物に姿を変えられて、まるで道具のように捨てられ、殺されて。こんな辛い運命しかないのか……この世界は?
「これが私達が受けていた実験の末路なんです……使い物にならないと判断されると――ここで処分される……」
「使い物にならない? 道具扱いかよ……! この子達は俺達と同じ人で、命だってある。なのにどうしてこんなことが出来るんだよ……」
「零さんは……私達のこんな姿を見ても……まだ人だと認めてくれるんですね……」
「この子達は人間だ……誰が何と言おうと、俺は人だと思う」
目を閉じて一言も喋らない亡骸を見ながら悲しく呟く。
殺されてからも……この子達は酷い扱いを受けている。弔いもされずに、ただこうやって放置される。
ここの人間を一人残らず消してやりたかった。でも……俺は殺しに来たんじゃない、まだ無事な子供達を助けるために着たんだから。
「ありがとうございます……きっとこの子達も、最後に零さんに人として認めてもらえて嬉しいと思います……」
アルマは俺の横に来るとしゃがみ、前に寝ている亡骸の手を持ち上げる。狼のような鋭い爪を持つ手を見ながら「間に合わなくて……ごめんね……」と悲しく言っていた。
この子達はきっと弔ってもらえないだろう。魔物同然の扱いを受け、ゴミのように処理される。そう考えると、このままにしておけないと思う。
「……あいつらに捨てられるくらいなら……俺が弔う」
ここに墓地があるわけでもない、焼却炉があるわけでもない。それにこれだけの数はかなり時間がかかるのは明白。
時間の無い今……俺に出来る事は、これ以上無造作に扱われる前に……この子達を――安らかに消してやること。
自身から霧を伸ばしていくと、丁寧にその身体を包み込む。白く包まれたその少女の亡骸は、消えていく。
「ごめんな……こんなことしか出来なくて」
一人、また一人と同じように続けていく。その亡骸が消えていくたびに、悲しみで身体が圧迫されそうだった。
消えていくその光景を、アルマは辛そうな瞳で見つめていた。
「零さん……無理しなくても……」
身体を震わせ、涙ながらに続けている俺に心配そうに声をかける。
正直、胸が張り裂けそうで辛い。俺が殺したわけじゃない、俺のせいじゃない。それはわかってる、でも堪えきれないんだ。
「いいんだ、やらせてくれ。このままじゃ可哀想だ……」
途中で止めたくなるほど辛かった。その悲惨な姿を直視できなかった。それに、ここにいる子全員が……辛く悲しそうな顔をしているんだから。
吐きそうになっても続けた、泣き出しそうになった。でも全て我慢した。そして最後の一人を霧で包んでやる。
誰もいなくなったその部屋で、暗い顔でゆっくりと立ち上がる。そしてフラフラと出口へ向けて歩き出す。アルマはその光景を心配そうに見ながら後ろから着いてくる。
「大丈夫ですか……?」
「問題ない……行くぞ」
目から光が消えたような顔で前を向きながら歩く。
よく感情を暴走させなかったと思う。前の俺なら、間違いなく感情を暴走させて、辺りを塵に変え始めていただろう。
早く終わらせよう。この非道な実験を。そして助け出そう、子供達を。今にも壊れてしまいそうな不安定な心でそう思った。
あの悲劇から結構時間が経った。心をようやく落ち着かせ、なんとか表情は元に戻った。だが心の中はまだ暗いままだ。
歩いていると、他の部屋とは違う大き目の扉が見えてくる。青白い壁とは違い、白と黒で作られた扉。二つあり、中の部屋は結構広いものと思われる。
黒い取っ手を掴んでゆっくりと開けていく。部屋は細長く前方に伸びていた。中央に奥まで伸びる木製のテーブル。周りに並べられる高そうな椅子。会議室だろうか?
「会議室か……? それにこんなに沢山の椅子……」
そんなに偉い研究員が沢山いるのか? それに椅子が結構高そうな物だ。
部屋の作りも明らかに違い、接客用といった感じだ。一体何の部屋だ? そうすると奥の木製の扉がゆっくりと開きだす。
「全く、虫が二匹入り込んだと思ったら……お前だったかアルマ」
そこから出来たのは薄緑色のスーツを着た男。鼻の下に白いひげを生やし、丸い眼鏡を着けている。
「カイダール……!」
「心配したぞ……? お前は貴重な存在だからな」
カイダール、そうかこいつがここの社長か。名前と一緒でわかりやすい。
こいつが心配しているのはアルマ自身ではなく、アルマを力を心配しているのだろう。
そしてカイダールはアルマの横の俺を見る。
「それがお前の協力者か? 我社に楯突く愚か者がよくいたものだなぁ」
「零さんは、あなたみたいな人とは違います!」
声を荒げて答えるアルマ。するとカイダールは俺を見たまま、あることを質問する。
「愚かな少年よ、お前はどうして我社に敵対した? この薄汚い小娘が言った事をまさか信じたのか?」
「アルマの言っている事に嘘はなかったからな」
「ストリアの国民の声は信じなかったのか? 奴らは我社を信じているぞ」
「あの人達の言葉に嘘は無いさ。でもな、俺はアルマが追われてるのを見た、そして理由も聞いた……それにな」
脳裏に焼きついたあの光景が浮かぶ。あの悲惨な光景が……
「……ここに来るまでに、実験の惨状を見てきたんだよ……!」
「そうか、あれを見たか……」
静かに呟くカイダール、あの光景を知っているようだ。だがこいつは悲しむ素振りも、心痛む仕草もなく、冷血な目で見ていた。
「どうだ、醜い奴らばかりだっただろう? まさに人の形をした化け物と言ったとこだな、とても人間とは思えん」
淡々と説明するように口にしやがった。化け物、醜い……こいつ……本気で言ってるのか? 誰のせいでそうなったと思ってる。
胸の底から怒りが湧き上がる。溜まりに溜まった、怒りの感情が目の前の男を食い殺すように飛び出す。
「てめえは本気で言ってるのか!? あの子達が化け物だと、人間じゃないと!!」
「なら逆に聞くが、あれを見て果たして誰が……人間だと思う? 私はあれは人とは思えんな」
「ふざけんな! お前らの都合で変えられたんだろうが! あの子達が何をしたんだよ、お前はなんでこんな酷い事が平然と出来るんだよ!!」
胸のうちに溜まった鬱憤を声に表すように、カイダールに向けて叫んだ。だがこれだけで治まるはずがない。
だがカイダールから帰ってきた返答は、冷たく、残酷な物だ。
「ふん、正義の見方にでもなったつもりか? まあ答えてやろう、ビジネスだよ」
「ビジネス……金のためにやったのか? そんな汚い金のために、子供達の命を使ったのかよ……」
「子供のお前にわかるわけが無いだろう。まあいい、せっかくだワシが直々に講師してやる」
カイダールはゆっくりと俺達に向けて歩みだす。そして途中で止まり、机に置いてある紙を取ると俺達に風で流すように投げる。
その白い紙は足元まで飛んでくると、カシャっと音を立てながら床に落ちる。それを拾い上げる、内容を目にする。それに目を通し始めると同時に、カイダールがその紙の内容を説明するように淡々と喋る。
「――神獣化計画。神力を使った強力な生物兵器を作り出す計画だ。そして神獣を作り出すために魔物の遺伝子と神力を合成させた、神獣遺伝子を素体に組み込むことによりその固体は進化し、人ではない、神に近い生き物……神獣へと進化する。はずだった」
苦虫を噛み潰したように、悔しそうな顔をしてアルマを見ると。続けて喋る。
「だが結果は失敗ばかりだ、失敗作ばかりでまともに製品ができない。素体となる餓鬼を集めるのも楽じゃなくてな、苦労した。今日までに完成したのはわずか数十人程度だ、それ以外は不良品だ」
そして最後にため息をついた。その表情は悔しそうで、後悔したような感じだ。
「金になるはずだったが……見当はずれだ、兵器を他国に売るつもりがこうも上手くいかないとはな……全く、大損したよ。使い物になる奴らを売って少しでも金になるといいんだがな」
グシャッと手に握る紙を握りつぶした。不良品、失敗作、大損……子供達は売り物か?
「なんの権利があって命を弄ぶ、どうして子供達を道具として扱える? あの子達がどんな人生を送ってきたのか……あんた知ってるんだろう!?」
「親がいない、親を失った行き場の無い子供だが? それがどうした?」
「そんな可哀想な子供達をどうしてそんなに酷く扱えるんだよ!?」
「酷く扱う? 馬鹿を言うな、ワシはむしろあの餓鬼共を助けたんだぞ?」
助けただと? こいつ何を言ってんだよ……あんな事しといて、白を切るつもりか?
こいつが何を言っているのか理解出来なかった。
「行き場の無い、生きる価値の無い餓鬼に……存在理由を与えてやった。我社に貢献するという存在理由をな」
こいつのこの一言で、俺は言葉を失った。そうか、考えが違うんだ。何を言ってもこいつからは残酷な答えしか返ってこない。
もうカイダールと話しても無駄だと感じた。
「本当に生きる価値の無い奴ってのはなぁ……! お前みたいな外道野郎の事だ!」
こいつを消す! 命を道具としか見ていない、こんなクソッタレな奴は生きる価値なんて無い!
憎しみの感情を抱いて、腰から刀を抜きカイダールへと向かう。
「気性の荒い餓鬼だ。この程度で取り乱すとは……いるんだろう? この愚か者を始末しろ」
その言葉を放った瞬間、ガァンという鉄と鉄が当たるような音が室内に響く。そして刀は何かにその先を阻まれる。
脇差のような小さな剣で受け止められており、それを持つ藍色の髪の男。
「やあ、また会いましたね――神城零君」
あの夜、俺達を追い詰めた執事服の男。スクードが立ち塞がった。




