10話 侵入者
バイクが走るような音が夜道に鳴り響く。周りは人の気配はなく、街灯すら見当たらない。どこを見ても木、木、木。
正面から激しく顔に風が当たる。俺は今、ミーシャがいるであろう研究所へと向かっていた。リンの所有している乗り物で連れて行ってもらっている。
流石に三人乗るのには狭い、前からリン、リリナ、俺と行った感じでぎゅうぎゅうで乗っている。この乗り物だが、ラインと呼ばれる物で形的にはスノーモービルみたいな物だ。魔力で動くらしい。
「見えてきたわよ」
「あれが、研究所……?」
茶色のポニーテールをなびかせながら喋る。俺も横に身を乗り出し確認する。
見えたのはとても研究所とは思えないような施設。大きさは学校ぐらいだろうか? フェンスのような物も見える。
「ガルム帝国、第一魔学研究所。通称『神の部屋』って言われてるわ」
神の部屋……神の子の関する研究してる感じがプンプンする名前だなそりゃ。
しかし流石神の子に関する研究所だな、ガードも硬そうだし。何より規模がでかい。
「……どうしてわざわざこんな離れたところに作ったんだろうな……?」
ふと疑問に思い口に出す。なんでこんなところに……近くに作ったほうが便利だと思うが。
俺が悩んでいるとに前に座るリリナが答えてくれた。
「神の子の力が大きすぎるからだよ。もし力が暴走でもしたら帝国が滅びかねないもん……」
だから万が一のことを考えて離れたところに作ったわけか。周りにも建物一つないし、被害を最小限に抑えるためか。
リリナも確か、神の子は地形を変えるほどの力を持っているって言ってたな。
「出来るだけ、警備が薄そうな場所に行くけど……覚悟はいい?」
「ああ、大丈夫だ」
「…………私達は離れたところで待機してる……もしも危険だと思ったら逃げなさいよ?」
走りながらリンは前を向いたままそう言う。
もうそろそろ着くか……俺はきっと今から沢山の人を消すかもしれない。それは大量殺人と変わらない。
人を殺すのは怖い。でも……それでもやらなきゃいけない。あいつを助けるためには……
「…………」
手が震える……いまさら怖気ついたのか俺は?
殺すのが怖い。自分が死ぬのが怖い。色々な恐怖が重なってるのがわかる。
すると震える手にリリナの小さな手がそっと乗せられる。
「……大丈夫だよ。零が危なくなったら……私が零を助けに行くから」
「お前……」
全く……俺より幼いのに大した奴だよ。年上の俺がこれじゃ先が思いやられるな。
リリナの顔を見ると、俺は決意を固めたようにうなずく。
この世界を……神の子達を助けるには。決意しなくてはいけない。俺は……逃げない。
「到着……ここが裏ゲートよ」
ラインを木々の間に隠れるように止めると、大きな門のような物を指す。
近くで見ると規模の大きさが身をもってわかった。学校なんて大きさじゃないな、ドームみたいだ。
「…………ありがとう。じゃあ、行ってくる」
「零……」
心配そうな顔でリリナが引き止めるように呼んだ。
「大丈夫……俺を信じろ」
俺は振り返ることなくそのままゆっくりと、木々の間を抜けていく。そしてゲートへと近づく。
ゲートに近づくと警備をしている警備兵が俺に気づく。
「おい貴様、一体何の用だ?」
威圧感たっぷりで、こっちに来るなという雰囲気を漂わせる。
黒い帽子に黒い服を着ていて、ところどころプロテクターのような物を装着している。手には銃だろうか? 俺の世界には無さそうな、マガジンがないライフルのような銃を持っている。
「聞いているのか?」
「ああ、少しばかり……中に用があってな」
黒服は銃を構え俺に「関係者以外立ち入り禁止だ!」と言い放つ。
物騒だな。まあ……俺は今からこれよりも物騒なことするんだけどな。俺は徐々に霧を出し始める。周りが暗く見えにくいため、黒服は気づいていない。
そして俺は無言で二階建ての家ほどの高さはある、大きな壁に向かってゆっくりと歩き出す。
「動くな! 撃つぞ!」
黒服が銃を俺に照準を合わせながら叫ぶ。だが俺の足は止まらない。
「――くっ!」
ドンッという低い音が鳴り響く。まるで俺の世界の銃みたいな音だった。
黒服は銃を持つ手が震える。なぜか? それは簡単だった、撃ったはずなのに、俺が――無傷だから。
「く、来るな!!」
今度は連続で銃を発砲する。銃口から次々と発射される弾。周りには薬莢がなく弾は実弾ではなく、魔力によって作られた弾だと判断する。
しかし弾は全て俺の少し手前で塵になって行く。そして黒服はようやく異変に気づく。
「き、霧? なんだこれは……?」
周りを警戒するように見渡す。すると銃の先端が霧に触れ、徐々に消えていく。
「なんだ!? 消えて――ヒィ!!」
霧が手元まで迫っており、着けていたグローブの指先が消えたのだ。
黒服は霧から逃げるように後ずさり、焦るように腰からなにやら長方形の物体を取り出す。
「こ、こちら南ブロック第一ゲート!! 何者かの襲撃を受けています!!」
なるほどあれは無線みたいな物か。あまり仲間を呼ばれても厄介だ。
俺は霧を操ると、黒服の手にある無線を削り取るように塵に変えてみせる。出来るだけ人は殺したくない。
黒服はその場にペタンと力が抜けたように崩れると、恐怖で震えるように俺を見ている。自分は死ぬと思っているのだろう。
「通してもらうぞ?」
男を無視して俺は止まることなく、壁に向かって突き進んだ。
壁に当たると、壁はまるで雪のように溶けていくようだった。通った後は人一人通れるほどの穴がぽっかりと空いている。
結構壁厚いんだな。2メートルはあるんじゃないか?
「あいつはどこにいるんだ……?」
周りを見渡す。見えるのは何かのタンクや巨大なモーターのような物ばかりだ。
奥に建物らしき物が見えるが、あの中にいるのか? それにまださっきみたいな壁もあるし……おそらくそうだろう。
ひとまず中央にある建物を目指して歩こうとすると、上から何やら眩しい物で照らされる。
「そこの貴様、動くな!!」
俺は気づけば回りを完全に包囲されていた。上も左右も全て。数は視界に入っただけでも10人以上いる。
眩しいなーあのライトみたいなの、いやなんか棒みたいなの持ってるけど杖から出てるのかあの光?
「何が目的は知らんが……この施設に入った時点で貴様の死は確定だ」
確かにこの警備の数、この施設の頑丈さ。そして何より統率のとれた警備兵の動き。
並みの奴なら入ったとたん蜂の巣にされてお陀仏だろうな。まあ……並みのやつならね。
「構えろ!!」
リーダーらしき男が壁の上から周りの警備兵に指示をだす。すると周りの警備兵は一斉に銃を構える。
「撃てぇ!!」
次の瞬間、低い音が連続で鳴り響く。その騒音は鳴り止むことなく、何度も何度も鳴り続けた。
俺がいた場所は砂煙などで姿が見えないほどだ。そして「やめ!」という声と同時に銃声も鳴り止む。
「愚か者が……軍に逆らうか……ら?」
その場にいた全員がその光景に唖然とした。あれだけの銃弾を浴びて生きている者などそうそういない。
なのに俺は平然と立っていたからだ。それも無傷で。
「…………終わりか?」
周りからは「嘘だろ?」「化け物かよ!」「まさかランクSの魔術師!?」などなど様々な声が飛び交う。
俺は一息つくと、何事もなかったかのように歩き出す。
「……撃て! 撃ちまくれ!!」
リーダーの男からの指示で再び銃声が鳴り始める。
四方八方から飛ぶ魔力の弾は全て俺の霧に触れた瞬間塵へと変わる。そしてこれでは無理だと判断したのか、一人の警備兵が腰から剣を抜く。
物理攻撃なら効くと判断したのだろうか。しかしそれは……もっとも危険な行為だぞ?
「消えるぞ? 止めとけ」
俺は忠告をする。しかし警備兵は聞く様子もなく突撃する。
そして剣先があと数十センチで届くと思われた時、警備兵の表情が驚きに変わる。
白い何かに触れたと思った瞬間、剣が消えたからだ。自身も勢いをつけていたのか俺とぶつかるように接触する。
「剣が消――――!!」
それが最後の言葉となり、身体はまるで俺に吸収されたかのように塵に変わった。
また一人……俺は人を殺したのか。
「……お前らもこうなりたくなかったら……俺に近寄るな」
ギロッと睨みながら俺は周りの警備兵に言い放つ。
しかしこれだけで戦いは終わらない。
「――――くっ! どんな手を使ってもいい! あいつを殺せ!!」
慌てるように叫ぶリーダーの男。周りの警備兵は慌てるようにその指示に従う。
電撃や炎、水などの魔法が飛んできた。でも俺に当たる前にそれらは全て塵へと変わる。
「魔法も効いてないぞ!」
「もっと上位の魔法を使え!!」
すると俺の足元に巨大な青白い円が広がり始める。青い線はぼんやりと怪しく光っている。
「なんだ? 魔方陣?」
次の瞬間俺は巨大な氷の柱の中に閉じ込められるように氷付けにされる。
「効いたぞ!!」
「四人の連携魔法だからな。当たり前だ」
俺を仕留めたことに喜ぶ魔法を使ったであろう四人組。
しかしその表情はすぐに絶望へと変わることとなった。
「すっげぇなぁ。魔法ってこんなことまで出来るんだな」
先ほどの氷の魔法に驚きの声を上げながら、氷に穴を開けるように出ていく。
流石にこれだけすごい魔法は消せるか心配だったけど、余裕だったみたいだ。
「ちょっと怖がらせてやれば撤退するかな?」
俺は霧を伸ばすと、周りにいた数人の警備兵を斬るように攻撃した。
霧を剣のように薄くし、裂くように身体の一部を切り傷のように消す。
斬られた男達はうめき声をあげながらその場に倒れたり、撤退した。
「なにが起きた!?」
「わかりません!! ただ、あの白い霧に触れたら……」
「まさかさっきの奴が消えたのも……あの霧の能力じゃ……」
ようやく警備兵達は俺の力に気づいたのか、回りに漂う霧を警戒するように見る。
「こいつ……スキル所持者か……! アレを使え!! こいつもろとも吹き飛ばせ!!」
その一言で俺の周りにいた奴らは逃げるように距離をとる。
すると前に見える二つ目の壁がゆっくりと開く。そして現れたのは直径50センチはある巨大な砲台だ。全体は戦車のような大きさだった。
「残念だったな侵入者。これでチェックメイトだ」
「なんだよ……あれ」
「本来は神の子を鎮圧する兵器だが……特別だ、貴様に使ってやろう!」
キュイインというような音が聞こえたと思うと、砲身に黄色い光が集まっていく。
見ただけでわかった。あれはヤバイ、かなり危険な兵器だと。
「ガルム帝国の新兵器『天の光』だ! とくと味わえ!!」
次の瞬間俺の視界は黄色い光で塗りつぶされた。
夜空に響く轟音、そして地響き。あたりに飛び散る瓦礫や岩石。
「……所詮はこんなものか! スキル所持者と言っても大した事な――」
「いやーすごいな今の」
男は目が飛び出るほど驚いた表情をしていた。
そりゃそうだ、だって視界に入ったのは――――相変わらず無傷の俺がいるんだから。
俺の辺りはキレイさっぱりに吹き飛んでいて、クレーターのようになっていた。かなり強力な兵器なんだな……霧がなかったら俺が塵になってたな。
「……本当にどうなってんだ俺の能力……」
改めて自分の能力の恐ろしさを体感した。
今のを受けて無傷とは流石に思えない。しかし俺は傷一つついていない。
「――馬鹿な……!」
その場にガクリと膝をつくリーダーの男。目の前で起きていることが解せない、そんな顔をしていた。
俺はキョロキョロと辺りを見渡し、一人の警備兵に狙いをつける。
そしてその警備兵の元へズンズンと歩いていく。俺が近づくにつれて、男の顔は恐怖に染まっていく。
「なあ?」
「ヒィィィ!!」
腰が抜けて座っている男の襟を掴み、引き寄せる。
男は目に涙を浮かべ、今にも失神しそうな感じだ。
「神の子はどこにいる?」
「か……神の子? そ、それなら……あの建物だ!」
男が指すのは俺が見ていた中央の建物。予想は当たってたのか。
意外と簡単に教えてくれて助かった。恐怖で思考がおかしいのだろうか?
俺は男を放す。男は殺されると思ったのか、泡を吹いてカニのように倒れてしまった。
「殺すつもりないんだけどな……とりあえず、あの建物を目指すか」
中央に見える建物に向かって歩き出した。
向かう最中、懲りずに他の警備兵が立ち向かってくるが全て無力化した。中には突撃して消えていく奴も数人いた。無駄だとわかっていても戦うのか……お前らは。
あと少し……あと少しであいつの元へ行ける。頼む、間に合ってくれ。俺が助けに行くまで。




