大聖女
「ほつれちゃんの、平成コソコソ噂話2」
「前回は豆知識コーナーじゃなかった?」
「空樽は音が高い、っていうのは、軽薄な人間は内容のない話を声高によく喋る、っていうことわざです。じゃあつまった樽の中身を私に移動させたら、私は身のある人間になるのか」
ほつれのあたまが、ふらりと揺れる。
「答えはNO! 否と書いてNO。空樽が空樽を作って、空樽が2つになっただけです。質量保存の法則はどこにいったのでしょうか。概念は物理法則を超えてしまうのでしょうか、当たり前ですか。でも、いや確かに、ワインは、存在したんですよ。ワインはどこへ消えた。チーズは、チーズはどこへ消えた!」
ほつれがここまでなるのは珍しい。
我々は人の10倍酒に強く、人の9倍飲むのだ。
夜通し酒を楽しめる。
礼拝堂に戻ったのは、樽の中身がだいぶ減ってからだった。
二人ともグラスを持ったままだ。
ほつれに至っては、ワインを移した水差しまで抱えている。
長椅子の間を、ゆらゆらと歩く。
祭壇の奥の女性像を、改めて見上げる。
両手を胸の前で軽く開き、目を伏せている。
さっきは気づかなかったが、埃を被っていない。
この教会でそこだけが異質だった。
「女神ですかね」
「ここのメジャーな宗教かな」
「お賽銭箱ないですね」
「賽銭、とかそういう感じか?」
「遅くなりましたが挨拶しときましょう」
「そうだな。瘴気とやらから守ってくれてるし」
お邪魔させてもらってるし。
なんなら酒も食料もいただいたし。
二人で像の前に並ぶ。
グラスを床に置き、ほぼ同時に手を合わせた。目を閉じる。
――瞬間。
瞼の裏が白く染まった。
あの白い空間と同じ色。
心地よい耳鳴り、のような矛盾した高音。
澄んだ音が満ちていく。
『――よくぞ参りました』
頭の中に直接声が響く。
澄んだ、静かな女性の声だった。
酔いがすっと引いた気がした。
『あなたに与えられし力を、ここに示しましょう』
隣で、ほつれが小さく息を呑む気配がした。
『九厘縷。あなたには特に称号があるわけではありませんが、聖属性以外の全ての、秘めた才能がこの世界トップクラスです』
なんとも似つかわしくない、俗な言葉選びだ。
これは、あれだ。ステータスオープンだ。
『臥待与一。あなたは聖属性のみ最高クラス。その他は一般人並。称号は……』
声が、一瞬途切れた。
『……大聖女』
沈黙。
『ん?』
厳かさが、剥がれた。
『あれ、ここ「隨ャ荳�邂。蛹コ」だよね? さっき女の子転生させたよね? 大聖女スペックで。――男じゃん。え、なんで? あれ? あー、ほつれちゃん、いるじゃん。そう。そのはず。うん。待って待って待って』
なんかボソボソと、声が気持ち遠くで聞こえる。
あってほしくないが、もしマイクがあるのなら、そこから離れた感じだ。
この声。このイントネーション。
――さっきのギャルオペレーター女神だ。
『は? てかなんで二人来てんの? え? 案件一件で受けてるよね? え、二人? ちょっ――え?』
「あの」
「すみません」
『はい。お待ちください。ちょっと持ち帰らせて。ごめん、すぐ戻るから』
ぷつり、と何かが切れる音がした。
そして。
つい最近聞いた、チープなBGMが聞こえてくる。
ナビダイヤルの保留メロディだ。
「……先輩」
「なに」
「いじりどころが多すぎて、逆に思いつきません」
「……」
「大聖女」
「言うな」
保留メロディは、いつまでも鳴り止まなかった。
◇
保留メロディは流れ続けた。恐らく脳内で。
目を開けても手を合わせるのをやめても、メロディは鳴り続けることがわかった。
礼拝堂から離れるのも良くない気がしたので、ここで飲んだ。
床の埃でマルバツゲームをしたが、無限に外枠を増やすほつれと、@や星など別勢力を投入する俺とで収拾がつかなくなった。
『――お待たせしましたぁ』
戻ってきた声は、さっきより三割増しで愛想がよかった。
謝罪の電話の声だ。俺はこの声をよく知っている。
『えーっと、まず確認なんですけどー。お二人って、同時に亡くなってます?』
「たぶんそうです」
「同時っすね」
『だよねー……』
深いため息が、頭の中に響いた。
『なんか技術課に聞いたらさー、転生の一次受けシステムが時間と座標と心停止でざっくり処理する仕様、だとかなんとかでさ』
ずいぶんと他責な物言いだ。
『今までは受付室にあたしらが直でピックしに行ってたんだけど。ほら、ナビダイヤル入ってたじゃん? あれになって本人確認弱くなってさ――ほつれちゃんだけが転生対象だったのに、それが二人に。与一くんも入っちゃった感じ。で、ひとり用のチートスペックが、こう、いい感じに割れちゃった』
いい感じではないだろう。
残っていた酔いが完全に消えた。
『で、聖属性と称号が与一くんの方に行っちゃって、残りがほつれちゃんで――』
「女神さん」
『なに?』
手を合わせなくとも、そして目を開けていても会話できるようだ。
女神像の顔を見据えて話す。
「ほつれ一人が転生する予定だったんですか?」
「先輩」
ほつれが俺の袖を軽く引いた。
『そうだよ。つか今からごめんって言う流れじゃん。気ぃ短くない? 怖ぇ顔すんなし』
この廃教会に、一人で降り立つ予定だったのか。
ほつれ一人で。
『人が説明してるときに割り込むのだめじゃない? 最後まで聞けよ』
あのとき、スポーツカーが少しズレていたら。
いや――まぁうまくはやるだろう、ほつれももう大人だ。
廃教会を調査して、寝床と食料を見つけて、黒パンとワインをつまむ。
ほつれ一人で。
『ほつれちゃんも何その男の袖持つ感じ。ダルいんだけど? 表情もまんま出過ぎ。いじめられてます顔すんなや。同性の友達いないタイプの女だろ』
……あ、全然即反撃してくるタイプだ。
強めギャルだ、この女神。
キツめ濃いめ圧力マシマシ、ヤサシサ抜きだ。
「あ?」
ほつれの顔が、その、治安悪い感じに。
今度は俺がほつれの袖を引く。
『「あ?」じゃねーよ、言いたいことあんなら言えば?』
「……先輩、廃仏毀釈です」
ほつれは腰を落とし、右足をゾリゾリと後ろに引いている。
埃に書いたマルバツゲームのバツが2つ3つと消えていく。
「仏じゃないけどな」
「女神像の頭を、空樽とすげ替えてやりましょう」
ほつれはもう臨戦態勢だ。
ただ、女神像を破壊してもたぶん八つ当たりで終わる。
声は聞こえるが、恐らく女神はここに居るわけではない。
『あー。ボコすか。チュートリアルってことにすりゃあノーカンだろ』
女神もやる気らしい。
やり口が半グレだ。
スパーリング扱いにして暴行逃れみたいな。
女神像の肩に、女が座っていた。
今現れたはずだが、まるで元から座っていたかのように。
神々しく、ぼんやりと発光している。
錆色の長い髪。メイクもネイルも控えめ。元々の顔立ちを活かした幼めの仕上げか。
ショート丈のゆったりめオーバーサイズのブルゾンジャケットに、タイトなフレアパンツ。
白系淡色の統一感。いいバランス感覚だ。――あのジャケットの下はオフショルでは!?
ギャルの女神は高所から我々を見下ろして、にっこりと笑った。
「ぜってえ夜系ギャルだと思ってた! 清楚系ギャルだった!」
俺は大はしゃぎだった。
「……先輩。私すごく嫌な気持ちです。その発言」




