第一話「歌を覚えた日」
フワンは、両親の顔を知らなかった。
物心ついた時には、もう、いなかった。
父も、母も。
理由を聞いたことはなかった。
聞いてはいけない気がした。
旋律を教えてくれたのは、エルザだった。
「フワン」
「なに」
「この歌、覚えておいて」
エルザの声は、いつもより低かった。
言葉のない歌だった。
旋律だけの歌だった。
「名前は」
「ないの」
「ないの?」
「ええ。だから、誰にも取られない」
「エルザが作ったの」
エルザは、少し首を振った。
「私も、教わったのよ」
「誰に」
「……多分、お母さんに」
「覚えてるの、お母さんのこと」
「ほとんど、覚えてない」とエルザは言った。「でも、赤ちゃんだった頃、抱っこされながら、これを聞いてた気がするの。うっすらとだけど」
フワンは小さく繰り返した。
旋律をなぞった。
何度も間違えた。
エルザは何度も、同じところを、同じように、歌い直した。
「フワン」
「なに」
「これは、誰にも聞かせちゃ駄目よ」
「なんで」
「聞かせていい人と、駄目な人がいるの」
「どうやって分かるの」
エルザはしばらく黙った。
それから、フワンの頭を撫でた。
「あなたが大きくなったら、分かるわ」
その夜、フワンは布団の中で、こっそり旋律をなぞった。
誰にも聞かせなかった。
最初の約束は、それだけだった。
つづく




