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マティアス・クロイツァーその人。  作者: Kentarou Tou
第九章 フワンと、秘密の旋律

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第一話「歌を覚えた日」


フワンは、両親の顔を知らなかった。

物心ついた時には、もう、いなかった。

父も、母も。

理由を聞いたことはなかった。

聞いてはいけない気がした。


旋律を教えてくれたのは、エルザだった。


「フワン」

「なに」

「この歌、覚えておいて」


エルザの声は、いつもより低かった。

言葉のない歌だった。

旋律だけの歌だった。


「名前は」

「ないの」

「ないの?」

「ええ。だから、誰にも取られない」


「エルザが作ったの」

エルザは、少し首を振った。

「私も、教わったのよ」

「誰に」

「……多分、お母さんに」

「覚えてるの、お母さんのこと」

「ほとんど、覚えてない」とエルザは言った。「でも、赤ちゃんだった頃、抱っこされながら、これを聞いてた気がするの。うっすらとだけど」


フワンは小さく繰り返した。

旋律をなぞった。

何度も間違えた。

エルザは何度も、同じところを、同じように、歌い直した。


「フワン」

「なに」

「これは、誰にも聞かせちゃ駄目よ」

「なんで」

「聞かせていい人と、駄目な人がいるの」

「どうやって分かるの」

エルザはしばらく黙った。

それから、フワンの頭を撫でた。

「あなたが大きくなったら、分かるわ」


その夜、フワンは布団の中で、こっそり旋律をなぞった。

誰にも聞かせなかった。

最初の約束は、それだけだった。


つづく


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