第三話「成長と、村の外への憧れ」
エルザが十五歳になる頃には、村での暮らしに、すっかり慣れていた。
畑仕事も、家事も、一通りこなせるようになっていた。
フワンは十歳になり、エルザの後をついて回る代わりに、自分なりに村の手伝いをするようになっていた。
「エルザ、見て」とフワンは、ある日、得意げに言った。「鶏の世話、ぼく一人でできるようになったよ」
「すごいじゃない」
「もう子供じゃないからね」
「十歳でしょ」
「十歳は、もう子供じゃないよ」
エルザは笑った。
フワンは、むくれた。
でも、すぐに、にやにやした。
その頃から、エルザは、村の外の世界に、少しずつ興味を持つようになっていた。
年に何度か訪れる行商人たちが話す、王都の様子。
大きな町の賑わい。
エルザは、その話を聞くたびに、目を輝かせた。
「王都って、どんな所なんだろう」とエルザは、よく言った。
「行ってみたいの」とフワンが聞いた。
「行ってみたいわね、一度くらいは」
「ぼくは、ここがいいな」
「フワンは、村が好きなのね」
「だって、エルザも、犬たちも、みんなここにいるから」
エルザは、フワンの素直さに、少し笑った。
ある日、村に、珍しい客が来た。
王都の貴族の一行だった。
狩りの途中、道に迷って、たまたま村に立ち寄ったらしかった。
村中が、騒然となった。
これほど立派な身なりの人々が、村に来たことは、これまで一度もなかった。
エルザは、その一行を、遠目に見ていた。
きらびやかな服。
立派な馬。
村では、決して見ることのない光景だった。
一行の中に、若い男がいた。
エルザと、同じくらいの年頃に見えた。
男は、村を見回しながら、何か、興味深そうな顔をしていた。
「珍しい村だな」と、その男の声が、エルザの耳に届いた。「地図にも載っていないとは」
「噂には聞いておりましたが」と、付き従う者が言った。「実際に見るのは、初めてです」
エルザは、その会話を、何となく、聞いていた。
何かが、引っかかった。
地図にも載っていない、と男は言った。
村の外の人間も、それを知っているのだろうか。
一行は、村長の家で、しばらく休んだ後、礼を言って、去っていった。
去り際、若い男が、エルザの方を、一瞬、見た気がした。
エルザは、その視線に、少し戸惑った。
「エルザ」とフワンが言った。「あの人たち、誰だったの」
「分からない。貴族の人たちみたい」
「王都から来たの」
「そうみたい」
エルザは、しばらく、去っていく一行の後ろ姿を見ていた。
「私たちの村のこと、王都の人も、知ってるのね」とエルザは、誰に言うでもなく、呟いた。
その夜、エルザは、なかなか眠れなかった。
村の外の世界が、急に、近くに感じられた。
それと同時に、何か、はっきりしない不安も、心の片隅に、生まれていた。
「エルザ、起きてる?」とフワンが、暗闇の中で聞いた。
「起きてるわよ」
「今日の人たち、なんか変だったね」
「変?」
「エルザのこと、じっと見てた人がいた」
エルザは、少し驚いた。
フワンも、気づいていたらしかった。
「見てた、かしらね」
「見てたよ。ぼく、見てたから分かる」
「気のせいよ」
「そうかな」
エルザは、それ以上、話さなかった。
フワンも、すぐに、眠ってしまった。
エルザは、しばらく、暗い天井を見ていた。
何かが、少しずつ、動き始めている気がした。
それが何なのか、まだ、エルザには分からなかった。
それでも、いつものように、白い花の香りが、窓の外から、漂ってきた。
変わらない、いつもの夜だった。
それで十分だった。
今は、まだ、それで十分だった。
つづく




