最終話「春の誓い」
春になった。
ヴァイス村の丘に、白い花が満開になった。
村中の人間が、丘に集まっていた。
村長。行商人。オットー。リゼット。クルト。マルタ。
カイルとアンナも、来ていた。
「オッホン」とカイルが言った。
「何が言いたい」とマティアスが言った。
「何も」とカイルは言った。「ただ、お前の引き出しが、とうとう本人になったことに、感慨深いだけだ」
「余計なことを言うな」
「事実だ」
アンナが、隣で、静かに笑っていた。
「カイル様は、本当に、いつも、こうなんですか」
「いつもだ」とマティアスは言った。
「悪くないでしょう」とカイルは言った。
アンナは、頷いた。
「悪くないと思います」
フワンが、白い花を摘んで、花冠を作っていた。
ルドルフが、その周りを、走り回っていた。
名前を知らない犬が、花の匂いを嗅いでいた。
エルザが、丘の上に立った。
白いドレスを着ていた。
村の女たちが、総出で仕立てたドレスだった。
豪華ではなかった。
それでも、エルザには、よく似合っていた。
マティアスが、その隣に立った。
軍服ではなかった。
ただの、平服だった。
鎧は、どこにもなかった。
村長が、二人の前に立った。
「誓いの言葉を」
マティアスは、エルザを見た。
エルザも、マティアスを見た。
「エルザ」
「なに」
「言えていない言葉は、もうない」
エルザが、少し止まった。
「本当に」
「本当だ」
「全部、言い終えたの」
「言い終えた」
エルザの目に、涙が浮かんだ。
「じゃあ、これからは」
「新しい言葉を、探す」
「一生かけて?」
「一生かけて」
エルザは、泣きながら、笑った。
「バカね」
「そうかもしれない」
「でも」
「なんだ」
「それが、いいわ」
二人は、手を取り合った。
去年よりも、確かに。
その前の年よりも、もっと確かに。
村中が、拍手をした。
白い花が、風に揺れた。
名前を知らない花が、二人を祝福するように、揺れ続けていた。
夕方、丘の上で、皆で夕日を見た。
雲が多かった。
複雑な色の夕日だった。
橙色が赤に変わって、赤が紫に変わって、紫が青に混じった。
「きれいね」とエルザが言った。
「そうだな」とマティアスが言った。
「この夕日、覚えてる? 初めて一緒に見た日のこと」
「覚えている」
「あの時、あなたは単純な夕日の方が好きだった」
「今は違う」
「いつから」
「エルザが教えてくれてから」
カイルが、遠くで、「オッホン」と言った。
マティアスは、それを無視した。
エルザは、笑った。
夕日が、ゆっくりと沈んでいった。
橙色から、紫へ。
紫から、青へ。
やがて、星が出た。
夜明け前の空のように、まだ何にでもなれる時間ではなかった。
もう、決まった時間だった。
二人で歩む時間が、そこから、始まっていた。
鎧は、もう、どこにもなかった。
ただ、二人の間に、隙間のない、静かな約束だけが、残っていた。
それだけだった。
それだけで、十分だった。
マティアス・クロイツァーその人。 完
本当はもっと書きたい内容がたくさん御座いましたが、ここらで潮時と断念した次第で御座いマス。長らくのご愛読誠に恐悦至極に存じましたぁぁぁぁ~テンテンテンテケテンテンドンドンパフパフ




