ポイズンラット
声の主は、少年だった。年は十五か十六ほど。背負い袋は大きいが、腰の短剣はまだ新しい。金属プレートには、グラムと同じFランクの印がある。
グラムは図鑑を見下ろした。
「逆さでも草は草だ」
「いや、根と葉の向きが分からなくなります」
「そうか」
グラムは図鑑を直した。
少年は少し笑いかけてから、グラムの顔と剣を見て表情を引き締めた。
「あなた、昨日ギルドで噂になっていた人ですよね。百勝剣闘士の」
「グラムだ」
「僕はリックです。Fランクです。薬草採取ですか?」
「ああ」
「初めてですか?」
「草を仕事で採るのは初めてだ」
「じゃあ、一緒に行きます? 僕、採取は何度かやってます。戦うのは苦手ですけど、薬草なら少し分かります」
「なぜ教える」
リックは困った顔をした。
「同じ区域で毒草を混ぜられると、確認する受付さんが大変だからです」
「ミレーヌか」
「その人です。怒ると静かに怖いんですよね」
「確かに、そうかもしれない」
二人は浅森の手前へ入った。
リックはしゃがみ、足元の草を一本指した。
「今回の指定薬草は、葉の裏が白くて、茎が赤いものです。似た毒草は、根元に黒い斑点があります」
「聞いた」
「聞いただけだと間違えます。見て、触って、確かめないと」
リックは薬草を丁寧に掘り、根を傷つけないよう土を払った。
グラムも真似をする。剣を振るうより、はるかに細かい作業だった。
「力を入れすぎです」
「折れるか」
「薬草は折れます」
「弱いな」
「草ですから」
リックは真面目に答えた。
しばらくして、グラムは似た葉を見つけた。葉の裏は白い。茎も赤い。彼はそれを掘ろうとして、リックに腕を掴まれる。
「待ってください!」
「敵か」
「違います。それ、薬草じゃなくて毒草です!」
グラムは草を見た。
根元に、小さな黒い斑点がある。
「……似ているな」
「だから危ないんです」
グラムは少し考え、隣に生えている薬草を見た。葉の裏は白い。茎は赤い。根元には黒い斑点がない。
「これは」
「当たりです。でも、根を傷つけないようにお願いします」
「根を残すのか」
「根まで納品します。状態が悪いと買い取り額が下がるんです」
「根も使うのか」
「そうらしいですよ。僕はポーション作ったことないのでわからないですけど」
グラムは小型ナイフを握り、土を掘った。
刃を入れる角度が浅い。土は硬くないが、根は思ったより細い。力を入れすぎればすぐ切れる。
「力を抜いてください」
「抜いている」
「もっとです」
「不便だな」
「薬草側もそう思っているかもしれません」
グラムはもう一度手を止めた。
剣なら、相手の骨ごと断てばよかった。だが、この依頼では壊してはいけない。目的は勝つことではなく、決められたものを決められた形で持ち帰ることだった。
数本目になると、さすがに少し慣れてきた。
土の硬さ、根の広がり、ナイフを入れる深さ。草を相手にしているはずなのに、グラムの中では、相手の間合いを測る作業に近づいていた。
「早くなりましたね」
「一度やった」
「一回やっただけでできるものではないんですけどね」
「そういうものか」
「百勝できる人は手先も器用なんですか?嫉妬するなぁ」
リックは呆れながらも、採取袋の中身を確認した。
「数は足りそうです。あとは、状態のいいものを少し余分に採っておきましょう。傷んでいるものが混ざると、受付で弾かれますから」
「弾く。受付で戦うのか」
「戦いません。確認されるだけです」
「ミレーヌは強いのか」
「僕たちはあの人には勝てませんよ。あの人がいなきゃクエスト受けられないんですから」
グラムは少しだけ納得した。
あの受付は、剣を抜かずに人を止める力を持っている。たぶん、それもこの国で生きるための強さなのだろう。
その時、草むらの奥で乾いた音がした。
枝を踏んだ音ではない。何か硬いものが、葉にこすれた音だった。
グラムは顔を上げる。
リックも気づいたらしく、声を落とした。
「……ポイズンラットかもしれません」
「鼠か」
「小さいですけど、毒針を飛ばします。近づきすぎると危ないです」
「逃げるか」
「はい。ミレーヌさんからそう言われていますから」
リックは採取袋を抱え、後ろへ下がろうとした。
だが、草むらが揺れる方が早かった。
灰色の小さな影が三つ、葉の間から飛び出した。
普通の鼠より大きい。背中には細い針が並び、怒ったように毛を逆立てている。黄色い目が、リックの足元を見た。
「下がれ」
グラムはリックの前に出た。
ポイズンラットの一匹が背を丸める。次の瞬間、針が一本、弾かれるように飛んだ。
グラムは避けなかった。
リックの肩へ向かっていた針を、左腕で受ける。
「グラムさん!」
針は袖を抜け、皮膚に刺さった。
腕の奥に鈍い痺れが広がる。痛みはある。だが、闘技場で受けた毒刃に比べれば浅い。
「問題ない」
「問題あります! 刺さってます!」
「動く」
「動けるかどうかで判断しないでください!」
リックの声が裏返った。
その間にも、二匹目が背中を震わせる。
グラムは一歩、横へずれた。
針が、さっきまで彼の腕があった場所を通る。
「今のは避けた」
「実況しなくていいです!」
三匹目が針を飛ばす前に、グラムは踏み込んだ。
剣は抜かない。ここは採取区域で、周囲には薬草がある。強く斬れば、草ごと荒れる。
グラムは鞘ごと腰の剣を抜き、柄尻でポイズンラットの頭を打った。
ボンッという音がしてポイズンラットの頭がはじけ飛んだ。
胴体だけになった小さな魔獣が地面に転がる。
もう一匹がリックの方へ走ろうとした。グラムはそれを足で進路だけ塞ぎ、鞘で横へ払う。
最後の一匹は逃げようとしたが、背を丸めた瞬間には、もうグラムの手が届いていた。
首の後ろを押さえられ、ポイズンラットは動けなくなる。
グラムはリックを見た。
「どうする」
「え?」
「殺すのか。逃がすのか。依頼は採取だ」
「……危険ですから、仕留めてください。ただ、追いかけて巣まで行くのは駄目です」
「分かった」
グラムは短く頷き、必要な分だけ力を入れた。
ポイズンラットは動かなくなった。
リックはしばらく口を開けていた。
「凄い……これが、百勝剣闘士」
「大きく剣を触れないのは窮屈だな」
「ポイズンラットとの戦闘経験があったんですか?」
「いや、初めてだ」
「嘘でしょう……?」
リックは何か言いたげだったが、すぐに我に返った。
「腕を見せてください。解毒薬を使います」
「いらない」
「いります。グラムさんが平気でも、報告で怒られるのは僕です」
「なぜリックが怒られる」
「一緒にいたのに処置しなかったからです」
それは、グラムには少し分からない理屈だった。
自分の傷は自分のものだ。そう思っていた。
だが、依頼では一緒に帰る者の状態も報告に含まれるらしい。
「なら俺の袋から探してくれ」
「はい」
リックはグラムの革袋から小瓶の解毒薬を取り出し、針を抜いた傷口へ薬を垂らした。
しみる。グラムは眉ひとつ動かさなかったが、リックはその顔を見て少しだけ不満そうにした。
「痛いなら痛いって言ってもいいんですよ」
「痛い」
「今言われると、逆に怖いです」
「難しいな」
「普通にしてくれればいいんです」
「普通が分からん」
「……それは、まあ、少しずつで」
リックは倒したポイズンラットを見た。
「針は討伐証明になることがあります。今回は討伐依頼じゃないですけど、持ち帰って報告した方がいいです」
「素材か」
「証拠です。勝手に全部持っていくと、また受付で説明が増えます。後ポイズンラットはほぼ素材になりませんよ」
「そうか。そうかもな」
グラムは一度ポイズンラットの方を向きなおし、使えそうな部位を探したがどこも使えなさそうだった。
「皮も骨も弱く、肉は毒のせいで食べれません。針と毒袋を綺麗に解体出来たら、多少のお金にはなるかもしれませんが、割に合わないらしいです。」
二人は採取を再開した。
グラムは、さっきより少しだけ丁寧に土を掘った。リックが驚くほどではない。だが、薬草の根を切る回数は減っていた。
指定数を満たした頃には、日が少し傾いていた。
リックは採取袋を閉じ、ポイズンラットの針を布に包む。
「これで戻れます。初依頼としては、十分成功です」
「鼠が出た」
「出ましたけど、薬草も採れています。僕も生きています」
「それが成功か」
「その通りです」
グラムは頷いた。
敵を倒したから成功ではない。
薬草を採り、余計な危険を追わず、二人で帰る。そういう形の勝ちもあるらしい。
森を出る前に、リックが小さく息を吐いた。
「ただ、これ……薬草採取だけの報告じゃ済まないかもしれません」
「なぜだ」
「ポイズンラットが採取区域の浅い場所まで出たこと、グラムさんが毒針を受けたこと、それと……その戦い方です」
「戦い方も報告するのか」
「たぶん、バルドさんが聞いたら気にします」
「面倒だな」
「冒険者は、そこまでが仕事です」
リックはそう言って、先に歩き出した。
グラムは採取袋を背負い直す。
薬草は軽い。ポイズンラットの針も軽い。
だが、これをどう説明するかは、剣を振るうより少し難しそうだった。
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この作品とは別で「スローライフってそういう事じゃなくって」という作品を書いております!
この奴隷剣闘士よりも情景描写や心理描写に焦点を当てた作品となっております。気になる方はぜひそちらも読んでください!!




