商店の倉庫で…
ガタースライムの駆除報告は、拍子抜けするほど早く片づいた。
水路係の確認書。潰した核の数。奥へ薬剤を流した位置。酸で傷んだ革袋。
バルドが持ち帰った革袋を受付台に広げると、ミレーヌは焼き印を見て、少しだけ顔をしかめた。
「これが落ちてたんですか?」
「知ってるのか」
グラムが聞くと、ミレーヌは指先で焼き印の端を示した。
「下層区の端にある雑貨店です。獣人街へ行く手前の通りですね。作業用の革袋や手袋を扱っています」
「落とし物か」
「その可能性もあります。ただ、水路で溶けかけていたなら、何かあるかもしれませんね」
ミレーヌは書類を一枚抜き、羽ペンを置いた。
「私も行きます。店主に話を聞くなら、受付職員がいた方が揉めません」
「お前も来るのか」
バルドが嫌そうに眉を上げる。
「なにか不満でも?」
「いや。店主より先に俺が叱られそうだと思っただけだ」
「叱られる心当たりがあるなら、今日は大人しくしてください」
「グラムに言え」
二人の視線がグラムに向く。
グラムは短く答えた。
「必要なら動く」
「その“必要”のさじ加減が難しいから、いつも念を押しているんです」
ミレーヌは少し息を吐き、柔らかい声に戻した。
「商品がある場所です。まず剣は抜かないでください」
「まず」
「ええ。ただし、命に関わるなら別です。」
「分かった」
バルドが鼻で笑った。
「棚を斬ったら弁償だぞ。お前の報酬が消える」
グラムは少しだけ考えた。
「それは困る」
「だろ」
雑貨店は、下層区の石畳が荒れ始める辺りにあった。
表は小さな店で、奥には布、陶器、保存食、薬草箱、作業用の革袋が積まれた倉庫が続いている。
店主の中年男は、冒険者ギルドの職員が来たとあって少し動揺していた。
「なぜうちに来られたので……?」
「これが排水用水路で見つかりました。事実確認の為にお話を伺わせていただけますか?」
「あぁ、そうだったのですね。実は……」
店主は、この頃店の倉庫が何者かに荒らされているという事をミレーヌたちに伝えた。
「そうですか。では、倉庫の方を確認させていただきます。もし、モンスターが出た場合でも彼らが対応しますのでご安心ください」
ミレーヌはグラムとバルドを指し示す。
店主はグラムを見て、ふと何かに気づいたように顔をこわばらせた。
「この方が、例の……」
「今は冒険者です」
ミレーヌがさらりと言う。
店主は慌てて頭を下げた。
「す、すみません。悪気はないんです。」
バルドは倉庫の扉へ近づき、隙間から漏れる臭いを嗅いだ。
「獣人じゃねえな」
「分かるのか」
「もっと粗野な匂いだ」
グラムは扉の向こうを見る。
湿った獣臭。小さな足音。梁の上でこすれる爪。
「中にいる」
「だろうな」
バルドは丸盾を構えた。
「グラム、入るぞ。」
倉庫の中は狭かった。
壁際には木箱が積まれ、布の巻物が柱に立てかけられている。陶器の壺は藁を詰めた箱に並び、薬草箱には赤い封印紙が貼られていた。
天井の梁で、小さな影が動く。
グラムの手が剣の柄へ伸びかけた。
「抜くなよ」
バルドが低く言った。
次の瞬間、緑色の小さな影が飛び降りた。
ゴブリンだった。背は子どもほど。黄色い目をぎょろつかせ、欠けた陶器の破片を片手に握っている。
グラムは半歩引き、飛びかかってきた腕を掴んだ。
床へ叩きつける寸前で、足元の薬草箱が目に入る。
手首の角度を変える。ゴブリンの体は麻袋の上へ落ちた。鈍い音を袋が吸い、ゴブリンは泡を吹いて動かなくなる。
「悪くねえ」
バルドが言った。
「箱があった」
「見えてりゃ十分だ」
二体目と三体目は、保存食の箱の裏から飛び出した。
グラムが踏み込もうとした瞬間、バルドが横に並ぶ。
「右はやる。お前は左をやれ」
「わかった」
グラムは左、保存用の棚に登ろうとしているゴブリンに対して素早く近づき、その首根っこを掴んで引き離す。
グラムの腕力の前にゴブリンは手も足も出ないが、ばたつかせた足が棚に当たり、積んである箱がバランスを崩した。
店主が外で悲鳴のような声を上げる。
グラムはゴブリンを片手で押さえ、もう片方の手で箱を受け止める。中の壺がカタカタ鳴ったが、割れる音はしなかった。
「割れていない」
「そのまま、ゆっくり戻してください」
ミレーヌが言う。
「それと、ゴブリンの首に力を入れすぎないでください」
グラムは手の中の小さな体を見た。
「まだ生きている」
「できれば、そのままで」
「分かった」
バルドが喉の奥で笑った。
「お前、だいぶ器用になってきたな」
「壊すと報酬が減る」
「理由はともかく、いい傾向だ」
グラムが振り返ると、バルドの方もゴブリンをしっかりと仕留めていた。
ゴブリンは三体。
二体は気絶、一体は死んでいる。バルドが慣れた手つきで縛り直した。街中に入り込んだ小型モンスターは、門外の処理場へ運ばれることになる。
倉庫の奥には、壁の下に小さな穴があった。水路へ続く排水の隙間を、ゴブリンが広げて入り込んだらしい。
酸で傷んだ革袋は、その逃げ道に落ちたものだった。
「これで原因ははっきりしました」
ミレーヌは店主に確認書を差し出した。
「ゴブリン侵入です。獣人街とは関係ありません。店先に貼っておいてください」
「はい。ありがとうございます。うちも、あちらと揉めたいわけじゃないんです」
「なら、早めに貼った方がいいです。噂は足が速いですから」
グラムは穴を見ていた。
「塞ぐのか」
「石工を呼びます。費用は店負担ですが、再発防止ですね」
「そうか」
バルドが縛ったゴブリンを担ぎ上げる。
「来たら来たで仕事にはなるがな。店主の顔を見るに、二度目は勘弁してやれ」
ギルドへ戻ると、ミレーヌはすぐ報酬計算に入った。
薬草採取、ホーンラビット三体、マッドタスクボアの追加分、ガタースライム駆除、ゴブリン倉庫駆除。わずかな期間でかなりの数のクエストをこなしていたため、手続きが遅れていたのだ。
受付台に銅貨と銀貨が小分けに置かれていく。
グラムは黙って見ていた。
「今回までの精算です。」
ミレーヌは別の紙を置いた。
グラムは硬貨の山と紙を見比べる。
「少し少ない」
「はい、ギルド併設の治療院や、備品の貸し出し料金を引いています」
バルドが横で肩を揺らす。
「稼いだ分が全部残るなら、俺は今ごろ酒場を買ってる」
「買えないのか」
「買えねえよ。だいたい酒に消える」
ミレーヌが冷たい目を向けた。
「それは参考にしないでくださいね」
「酒は飲まない」
「お前、酒呑まねぇのか?」
バルドが心底驚いた様な顔をする
「飲んだことがない。それに、飲んだやつは弱くなる」
「確かに、違いねぇな」
ミレーヌは小袋に硬貨を入れ、グラムの前へ置いた。
「これが、あなたが自分で受けた依頼の初めてのまとまった報酬です」
グラムは小袋を持ち上げた。
闘技場で勝っても、金を渡されたことはなかった。食事も寝床も、傷の処置も、次の試合も、誰かが決めていた。
この袋は軽い。だが、手の中に残っている。
「俺の金か」
「はい。宿代に使うのも、食事に使うのも、残すのも、あなたが決めます」
「宿代はいる」
「ええ」
「飯もいる」
「ええ。とても大事です」
「包帯もいる」
バルドが笑った。
「なんだ、もう財布の中身を心配してやがる。立派な冒険者だな」
「そうなのか」
「半分くらいはな」
その時、ギルドの扉が開いた。
外の風と一緒に、泥のついた外套の男が入ってくる。腰には弓、背には旅荷。男は受付に近づきながら、ミレーヌへ声を投げた。
「北西街道でマナウルフの足跡だ。小商隊が明日の護衛を欲しがってる。本人達も後で来るだろうが、人員を選定してやってくれ」
「北西街道の護衛依頼ですね。わかりました。cランクパーティを斡旋します。それと…」
ミレーヌはグラムを見た。
「護衛依頼です。明日のご予定は?」
「何もない」
「わかりました。ではCランクパーティ‘遠望の刃’と貴方にこのクエストは受けていただきます。」
「わかった」
バルドが口を挟む
「俺の時みたいにあんまり無茶苦茶やるなよ。」
「無茶苦茶したか?」
「したよ。まぁ、ともかく頑張れよ」
「ああ」
右手にかかる硬貨の重みを感じながら、なんとなく冒険者として生きて行く実感をつかみ出していた。
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この作品とは別で「スローライフってそういう事じゃなくって」という作品を書いております!
この奴隷剣闘士よりも情景描写や心理描写に焦点を当てた作品となっております。気になる方はぜひそちらも読んでください!!




