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自由を手に入れた奴隷剣闘士の成り上がり冒険譚  作者: 寛太郎


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ノルン

 セントレアの西門が見えた時、リックはほっと息を吐いた。

 荷車は軋んでいたが、どうにか街道を進んでいる。商人の娘は荷台の奥で毛布に包まれ、疲れた顔で眠っていた。マッドタスクボアの牙と魔石はバルドが布に包み、ホーンラビットの角が入った小箱はリックが両手で抱えている。


「……本当に、帰ってこられましたね」

「帰るまでが依頼だと言われた」

「はい。今日はそれを何回も思い出しました」


 グラムは頷いた。

 敵は倒した。荷車も戻した。子どもも生きている。だが、終わりではないらしい。

 前を歩くバルドが振り返る。


「グラム。報告は短くていい。だが、必要なことは抜かすな」

「ホーンラビット三体。角三本。帰りに荷車が襲われた。マッドタスクボアを倒した」

「そこに、子どもの救助と負傷者ありを入れろ」

「子どもを助けた。負傷者あり」

「よし。余計なことをだらだら言うよりはましだ」


 リックが小箱を抱え直しながら苦笑した。


「前回より、かなり報告っぽいです」

「そうか」

「はい。草を採った、鼠が出た、よりはずっと」


 グラムは少し考えたが、否定はしなかった。


 冒険者ギルドに入ると、受付にいたミレーヌがすぐに顔を上げた。


「お帰りなさい。ホーンラビット討伐の報告ですね」

「ホーンラビット三体。角三本」


 グラムは小箱を受付台に置いた。


「帰りに荷車が襲われていた。子どもを助けた。マッドタスクボアを一体倒した。負傷者あり」


 ミレーヌの筆が止まった。


「……ホーンラビット討伐依頼、でしたよね?」

「そうだ」

「マッドタスクボアも、いたんですね」

「いた」


 ミレーヌは一度だけ深く息を吸い、バルドを見た。


「確認します。冗談ではありませんね」

「冗談で牙と魔石は持ち帰らん」


 バルドが布包みを置く。重い音が受付台に響いた。

 ミレーヌは頭を抱えかけたが、すぐに表情を戻した。


「分かりました。たまたまとはいえ、バルドさんがいてくれて助かりました。報告書はこちらで分けます。ホーンラビット討伐、依頼外魔獣遭遇、荷車救助。バルドさんは監督報告を」

「分かった。グラムが最初に突っ込みかけたことも書くぞ」

「書け」

「そこは嫌がれよ」

「事実だ」


 バルドは鼻で笑い、リックは小声で「強くなりましたね、報告への覚悟が」と呟いた。

 商人は震える手で礼状と証言を書いた。ミレーヌはそれを受け取り、必要な印だけを押していく。細かな処理は職員に回され、長い説明はそこで切られた。


「報酬計算は後になります。ホーンラビット分だけ先に処理し、マッドタスクボアと救助分は確認後です」

「分かった」

「それと、グラムさん」

「何だ」

「治療院へ行ってください。今すぐです」

「動く」

「それは返事になってませんよ」


 ミレーヌは、受付台越しにグラムの腕と肩を見た。袖口には乾いた血が残り、泥の下には擦り傷がいくつもある。マッドタスクボアの突進を受け流した時の打撲も、隠しきれていない。


「前回、負傷は報告対象だと言いました。今回は、治療院まで行ってもらいます。紹介状も出しますから」

「報酬は」

「なくなりません」


 リックが大きく頷いた。


「行きましょう。僕も小箱を預けたら付き添います」

「付き添いはいらない」

「必要です。グラムさん、途中で帰りそうなので」


 バルドも頷く。


「行け。治すまでが仕事だ」


 治療院はギルドの裏通りにあった。

 白い壁の小さな建物で、薬草と湯の匂いがする。受付でミレーヌの紹介状を渡すと、奥から淡い栗色の髪をまとめた女性が出てきた。年は若いが、視線はまっすぐだった。


「ノルンです。あなたがグラムさんですね」

「ああ」

「紹介状には、毒針の跡、打撲、裂傷、本人が痛みを軽視するとあります」

「軽視はしていない」

「では、痛みはありますか」

「ある」

「なら、軽視しています」


 ノルンは即答し、椅子を指した。


「座ってください」


 グラムは座った。リックは入口近くで背筋を伸ばしている。

 ノルンは袖をまくり、左腕の毒針跡を見た。赤みは残っているが、腫れはひどくない。次に肩、脇腹、膝。泥を拭き取るたび、小さな切り傷と打撲が見つかる。


「痛いですか」

「痛い」

「顔に出ませんね」

「出す必要がない」

「あります。治療する側が困ります」


 ノルンの声は静かだったが、言葉は鋭かった。


「どこまで触っていいのか、どこが本当に悪いのか、患者さんの反応も手がかりです。黙って耐えられると、悪化を見逃します」

「そういうものか」

「そういうものです」


 ノルンは布に薬を含ませ、裂傷を一つずつ拭いた。

 グラムは動かなかった。傷口に薬が染みても、眉ひとつ動かさない。

 その反応に、ノルンの手がわずかに止まる。


「過去に、治療を受けた経験は有りますか?」

「闘技場で」

「それは……どんな治療です」

「次に動けるようにする」

「治すためではなく?」

「動ければ、次に出られる」


 ノルンは言葉を失った。

 リックが気まずそうに目を伏せる。グラムは、なぜ二人が黙ったのか分からない顔をしていた。

 少しして、ノルンは包帯を手に取った。


「ここでは違います」

「何がだ」

「あなたを次に使うために治すのではありません。あなたがこれからも生きるために治します」


 グラムは黙った。

 怒鳴られてはいない。だが、ミレーヌに言われた時と同じように、言葉がまっすぐ届いた。


「体は道具ではありません。壊れたら替えがきくものでもありません」

「剣も替えはきかないものがある」

「なら、手入れしますよね」

「ああ」

「それと同じです。いいえ、それ以上です」


 ノルンは包帯を巻き終えると、グラムの肩を軽く押した。


「骨は折れていません。打撲も、普通ならもう少しひどくなっていてもおかしくありません。頑丈なのは事実です。でも、傷がないわけではありません」

「動ける」

「今日はもう動かないでください」

「依頼は」

「受けさせません」


 即答だった。

 リックが少しだけ笑った。


「ミレーヌさんと同じ言い方ですね」

「その方とは気が合いそうです」


 ノルンは小さな紙に薬の使い方を書き、グラムに渡した。


「明日の朝、もう一度見せに来てください。来なかったら、ギルドに連絡します」

「連絡するのか」

「します」

「分かった。来る」


 グラムは紙を見下ろした。薬の名前、塗る回数、包帯を濡らさないこと。依頼書ほどではないが、決まりが並んでいる。


「多いな」

「生きるための説明です」


 グラムは紙をたたみ、金属プレートの紐に挟んだ。


「覚える」

「ええ、ではお大事に」


 外に出ると、日が傾き始めていた。リックはほっとしたように伸びをし、グラムの横を歩く。


「次は、何の依頼になるんでしょうね」

「分からない」

「でも、今日は休みましょう」

「ああ」


 グラムは包帯を巻かれた腕を見た。

 勝って終わりではない。報告して、治して、次に備える。

 まだ面倒だと思う。だが、面倒なものにも意味があるらしい。

 ギルドの灯りが、夕方の通りに滲んでいた。


最後まで読んでいただき誠にありがとうございます。

是非、評価 リアクション 感想をお願いします!

誤字脱字の指摘も歓迎です!

よろしくお願いいたします!


この作品とは別で「スローライフってそういう事じゃなくって」という作品を書いております!

この奴隷剣闘士よりも情景描写や心理描写に焦点を当てた作品となっております。気になる方はぜひそちらも読んでください!!

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